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第2部 4章

29 憂鬱な理由

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 晩餐の支度を終えたレイヴンはゆったりソファに座っていた。
 まだ少し時間に余裕がある。アリシアはもう少し寝ていられそうだ。

 ベッドへ入ったアリシアはすぐに眠ってしまった。
 本人が自覚するより疲れているのだ。できるだけ長く休ませておきたい。

 ドレッシングルームではレイヴンと入れ替わりでエレノアが選んだドレスや装飾品を運び込んでいる。
 2人で同じ客室を使うということはドレッシングルームや浴室も同じところを使うということだ。勿論その時だけ違う部屋のものを使うこともできるが、レイヴンにはそのつもりがない。
 だからアリシアがこうして眠っているのも、ある意味では都合が良いと言えた。


「晩餐出なきゃ駄目かなあ…」

 レイヴンが小さな声で呟いた。
 答える声はない。
 いつもであればレオナルドが呆れた顔をして、「ご自身のお役目をお忘れですか」と言うところだ。
 だけどレオナルドはここにいない。レイヴンがいない間も業務が滞らないよう王都で代わりを務めているのだ。
 
 レイヴンだってわかっている。
 普段あまり交流のない貴族とこうして交流を持つことは、王家にとっても意味のあることだ。
 不穏分子が潜んでいるかもしれないし、ルーファスのような有望な人物が隠れているかもしれない。 
 有望な人物を見つけ出し、支持勢力に組み込むことができれば大きな力となる。特に今は王女の王位継承権を認めさせる為にも、1人でも多くの味方が欲しいところだ。
 だけど先程会ったミケーレ伯爵はそれほど有能な人物には見えなかった。

「少しの時間の辛抱ですよ。今年は妃殿下がいらっしゃるじゃないですか」

 誰にも返事をもらえることなく溜息を吐くレイヴンを見兼ねたのか、控えていた侍従が口を開いた。
 この侍従はフランクといって常にレイヴンに付き従っている。アリシアにとってのエレノアのような存在で、レオナルドがレイヴンの執務室を訪ねた時に取次をするのもこのフランクだ。

 フランクはレイヴンが子どもの頃から侍従を務めているので、アリシアへの気持ちを昔から知っていた。そして毎年の視察にも同行して為、レイヴンが晩餐を嫌がる理由も理解している。

「そうだね、弁えてくれるといいんだけど」

 晩餐では他者の邪魔が入ることなくレイヴンと交流を持つことができる。それはミケーレ伯爵だけではなく、伯爵の娘や親族にもいえることだ。
 そしてそれがアリシアを視察に同行させたいと思う一番の理由でもあった。

 レイヴンとアリシアが結婚してから既に2年半が過ぎている。
 このまま3年目を迎えると、側妃を迎えるよう求められるようになる。

 側妃を迎える一番の理由は子どもを作ることだ。
 だから議会が推す令嬢は、結婚できる中で一番年の若い者――つまり、その年に学園を卒業する令嬢の中から選ばれる。側妃の座を狙って婚約者を決めていない令嬢が多いのもこの年齢だった。
 
 議会に推薦してもらえない令嬢が側妃になる方法は1つしかない。
 それはレイヴンに見初められることだ。
 レイヴンに選ばれて望まれれば、年上だって側妃になることができる。以前キャロルが目に留めてもらおうと必死になっていたのも、年上のキャロルが議会に推されることは絶対にないからだ。

 レイヴンが王宮にいる時は、誰にも邪魔をされずにレイヴンを独占することなどとてもできない。だけど視察の途次、宿にいる間は誰にも邪魔をされずにレイヴンを独占することができる。
 これまでも毎年、宿で晩餐が開かれる度にその一族の娘がレイヴンの寵を得ようと待ち構えていた。

 先ほどの出迎えの中にもミケーレ伯爵の娘らしき姿があった。一族と思しき娘もいた。
 アリシアの姿を見た彼女たちが弁えてくれるのを祈るばかりである。



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