上 下
397 / 697
第2部 4章

21 出発準備

しおりを挟む
 視察へ向かう日が近づくと、周囲が慌ただしくなってきた。
 アリシアはエレノアを中心として視察へ同行させる使用人を選び、それと同時に不在中の王太子宮の管理を任せる者を選んだ。
 王太子宮の管理は女主人であるアリシアの管轄となる。例えアリシアが不在であっても問題が起こらないよう信頼できる者を責任者として選ばなくてはならない。

 そこでアリシアは、ケイトという年長の侍女を不在時の責任者として選んだ。
 ケイトはエレノアのようにレイヴンとアリシアの婚姻に合わせて雇われた侍女ではなく。レイヴンが幼少の頃から仕えている侍女である。
 レイヴン付きというわけではないが、レイヴンの好みを良く知っているので普段はレイヴンの部屋の掃除など、身の回りのことをしている。
 アリシアとはこれまであまり接点がなかったけれど、王太子宮のことを良く知っているのは間違いない。そしてレイヴンの為にしっかり宮を守ってくれるのも間違いなかった。

 アリシアがケイトを呼び出し、「留守中の管理を任せたい」と伝えると、ケイトは驚きながらもその顔には喜びと長年勤めてきた誇りが浮かんでいた。それからは留守中の業務の引継ぎを進めている。

 また、アリシアは王領までの旅装と領地を見回る時のドレスや装飾品をいくつか購入した。この時はマルグリットにも同席を頼んだ。その数日前に王太子宮を訪れていたオレリアに、同じ経験をしているマルグリットから助言を受けるべきだと言われたからだ。
 マルグリットも初めて義娘に頼られたと嬉しそうな顔を見せ、熱心に選んでくれた。

 王領は王都に比べて田舎である。皆が裕福なわけでもない。
 そんな中で社交界で身につけているような煌びやかなドレスや装飾品を身につけていれば反感を買うだけで親しみを持ってもらうことはできない。
 だからといって領民に阿り過ぎてもいけない。
 アリシアは王太子妃だ。
 領民にとって王太子妃とは、友人ではなく女主人である。
 
 領民に反感を買うことなく見下されることもなく、親しみを感じてもらえる服装というのは難しい。
 アリシアはマルグリットの助言を受けながらひとつずつ慎重に選んだ。
 マルグリットは、「私も初めての時はお義母様と一緒に選んだのよ」と朗らかに笑っていた。

 出発する前日にはレオナルドが訪ねてきた。
 レオナルドは王宮を留守にするレイヴンに代わって執務を行う立場にある。視察に同行することはできない。
 この時にはエレノアたちの手で荷造りは終わっていたし、アリシアの執務も可能な限り終わらせていた。
 アリシアはこの日を出発するまでに疲れが残らないよう体を休める日に当てていた。

「すっかり準備は整ったようだね」

 向かい合って座るレオナルドは柔和は表情をしていた。
 こうしてレオナルドとお茶を飲むこともしばらくはできなくなるのだ。

「ええ。王宮のことも、お父様とお母様のことも、よろしくお願い致します」
 
 オレリアはあれから何度か王太子宮を訪れていた。そのオレリアを迎えに来るという名目でアダムも来ている。

 自由な出入りを許可されたからといって無暗に権利をひけらかす人たちではない。
 それなのに何度も訪れるのは、王都を離れるアリシアを心配しているからだ。レオナルドもここの所、毎日現れては部屋の様子を確認していく。

「そんなに心配しなくても大丈夫ですわ。私が王都を離れるのは半月だけで、警護の騎士は沢山いますし、レイヴン様も守って下さるもの」

「そうだね、殿下はアリシアを守ろうと必死で鍛錬をされているよ」

 レオナルドが苦笑する。
 レイヴンは心配し過ぎだと思っているが、こうして毎日様子を見に来る自分も同じようなものだとわかっているのだ。
 それでもレオナルドは言わずにいられない。

「充分に気をつけて、アリシア。決して無茶なことはしないように。何かあっても兄様は助けにいけないんだから」

 もう何度目かになるその言葉に、アリシアは嬉しそうに頷いた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

👨一人声劇台本【日替わり彼氏シリーズ】(全7作)

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
月曜~日曜まで曜日のイメージから一話1分半ほどで読める短いシチュエーション台本を書いてみました。 あなたが付き合うならどんな男性がお好みですか? 月曜:人懐っこい 火曜:積極的 水曜:年上 木曜:優しい 金曜:俺様 土曜:年下、可愛い、あざとい 日曜:セクシー ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

物語のようにはいかない

わらびもち
恋愛
 転生したら「お前を愛することはない」と夫に向かって言ってしまった『妻』だった。  そう、言われる方ではなく『言う』方。  しかも言ってしまってから一年は経過している。  そして案の定、夫婦関係はもうキンキンに冷え切っていた。  え? これ、どうやって関係を修復したらいいの?  いや、そもそも修復可能なの?   発言直後ならまだしも、一年も経っているのに今更仲直りとか無理じゃない?  せめて失言『前』に転生していればよかったのに!  自分が言われた側なら、初夜でこんな阿呆な事を言う相手と夫婦関係を続けるなど無理だ。諦めて夫に離婚を申し出たのだが、彼は婚姻継続を望んだ。  夫が望むならと婚姻継続を受け入れたレイチェル。これから少しずつでも仲を改善出来たらいいなと希望を持つのだが、現実はそう上手くいかなかった……。

高嶺の花

鳫葉あん
BL
若く端正な恋人に童貞処女だとバレたくなかった受けが自己開発して経験ありますアピして面倒なことになった話。または年上の恋人に切り捨てられそうになった青年がキレて調教した話。

【完結】結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが

Rohdea
恋愛
結婚式の当日、花婿となる人は式には来ませんでした─── 伯爵家の次女のセアラは、結婚式を控えて幸せな気持ちで過ごしていた。 しかし結婚式当日、夫になるはずの婚約者マイルズは式には現れず、 さらに同時にセアラの二歳年上の姉、シビルも行方知れずに。 どうやら、二人は駆け落ちをしたらしい。 そんな婚約者と姉の二人に裏切られ惨めに捨てられたセアラの前に現れたのは、 シビルの婚約者で、冷酷だの薄情だのと聞かされていた侯爵令息ジョエル。 身勝手に消えた姉の代わりとして、 セアラはジョエルと新たに婚約を結ぶことになってしまう。 そして一方、駆け落ちしたというマイルズとシビル。 二人の思惑は───……

【完結】11私は愛されていなかったの?

華蓮
恋愛
アリシアはアルキロードの家に嫁ぐ予定だったけど、ある会話を聞いて、アルキロードを支える自信がなくなった。

夫と妹に裏切られて全てを失った私は、辺境地に住む優しい彼に出逢い、沢山の愛を貰いながら居場所を取り戻す

夏目萌
恋愛
レノアール地方にある海を隔てた二つの大国、ルビナとセネルは昔から敵対国家として存在していたけれど、この度、セネルの方から各国の繁栄の為に和平条約を結びたいと申し出があった。 それというのも、セネルの世継ぎであるシューベルトがルビナの第二王女、リリナに一目惚れした事がきっかけだった。 しかしリリナは母親に溺愛されている事、シューベルトは女好きのクズ王子と噂されている事から嫁がせたくない王妃は義理の娘で第一王女のエリスに嫁ぐよう命令する。 リリナには好きな時に会えるという条件付きで結婚に応じたシューベルトは当然エリスに見向きもせず、エリスは味方の居ない敵国で孤独な結婚生活を送る事になってしまう。 そして、結婚生活から半年程経ったある日、シューベルトとリリナが話をしている場に偶然居合わせ、実はこの結婚が自分を陥れるものだったと知ってしまい、殺されかける。 何とか逃げる事に成功したエリスはひたすら逃げ続け、力尽きて森の中で生き倒れているところを一人の男に助けられた。 その男――ギルバートとの出逢いがエリスの運命を大きく変え、全てを奪われたエリスの幸せを取り戻す為に全面協力を誓うのだけど、そんなギルバートには誰にも言えない秘密があった。 果たして、その秘密とは? そして、エリスとの出逢いは偶然だったのか、それとも……。 これは全てを奪われた姫が辺境地に住む謎の男に溺愛されながら自分を陥れた者たちに復讐をして居場所を取り戻す、成り上がりラブストーリー。 ※ ファンタジーは苦手分野なので練習で書いてます。設定等受け入れられない場合はすみません。 ※他サイト様にも掲載中。

あなたへの初恋は胸に秘めます…だから、これ以上嫌いにならないで欲しいのです──。

櫻坂 真紀
BL
幼い頃は、天使の様に可愛らしかった俺。 でも成長した今の俺に、その面影はない。 そのせいで、初恋の人にあの時の俺だと分かって貰えず……それどころか、彼は他の男を傍に置き……? あなたへの初恋は、この胸に秘めます。 だから、これ以上嫌いにならないで欲しいのです──。 ※このお話はタグにもあるように、攻め以外との行為があります。それが苦手な方はご注意下さい(その回には!を付けてあります)。 ※24話で本編完結しました(※が二人のR18回です)。 ※番外編として、メインCP以外(金子さんと東さん)の話があり、こちらは13話完結です。R18回には※が付いてます。

男子校的教師と生徒の恋愛事情

蒼月さわ
BL
男子校教師副島一成は、入学して一ヶ月しか経っていない教え子の桐枝伝馬から告白される。 それに対する返答はストレートパンチだった…… 男子校を舞台に、個性的な教師や生徒たちがわちゃわちゃと入り乱れ、毎日が賑やかに展開する。 その中で、告白し告白された伝馬と一成はどうなっていくのか。 体育系の猪突猛進な生徒×男前な三白眼の教師。

処理中です...