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第2部 4章

2 妬心①

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 初めは他愛のない世間話から始まった。

 席に着いてすぐにレイヴンが自由に話す許可を与えた。今だけは身分を気にする必要はないという。
 その言葉にルーファスとサラは顔を見合わせる。

 身分差を気にするルーファスは、アリシアが子どもの頃から一定の距離を保っていた。アリシアが公爵令嬢の時でもそうなのだから、王太子妃となったアリシアに軽々しく口をきけるはずがない。
 ただその態度がロバートとの距離を広げる原因にもなっている。

「…殿下がそう仰るのなら、我々は従うべきでしょうな」

 戸惑う息子夫婦を横目に重々しい声でライアンが言う。
 普通に接して良いと言われて難しいのなら、それを命令と思えばいい、ということだ。それならば従わない方が不敬になる。
 ルーファスは父の言葉に驚いた顔を見せ、そして受け入れた。



「今日は元からアリシアのところへ来るつもりだったんだ。きっと寂しがってると思ったからね」

 ぎこちない空気を変えたのはレオナルドだった。
 レオナルドはいつもの調子で振舞うだけで、何も特別なことはしていない。
 だけどそれで空気が緩んだ。ライアンやルーファスは、レオナルドほどくだけることはできないけれど、それでも肩の力を抜いて話し出す。誰もが思い思いに会話を楽しみ始めた。

「あの…、以前の様に、ルーファス兄様とお呼びしても良いかしら?」

 アリシアが躊躇いがちに訊くとルーファスは驚いた顔をして、嬉しそうに頷いた。

 こうなると話題になるのはジェーンのことだ。
 みんなジェーンを気に掛けてはいても、これまで具体的な手助けをすることはできなかった。
 それがあんな素晴らしい淑女に生まれ変わったのだ。

「僕はレオがジェーンの勉強を見ていたのを知っているので、スピーチは心配していませんでした。だけど昨日のジェーンの所作は完璧でした。短期間であの所作を身につけるには、相当苦労したと思います。ジェーンは立派ですよ」

 ロバートの言葉に誰もが頷く。
 スピーチをするジェーンを思い浮かべたオレリアは、滲む涙を押さえる。
 オレリアはサンドラと親しかった。サンドラもきっとどこからか立派になったジェーンを見て誇りに思っているはずだ。



「わたしは昨日、壇上のジェーンに教えられたことがあります」
 
 ひとしきり盛り上がった後、ルーファスが静かに口を開いた。ルーファスに視線が集まる。
 その中でルーファスはロバートを穏やかな目で見返した。
 

「わたしはこれまで世間の評価を恐れていました。ほとんど社交界に出ず領地に引き籠っているのは、ロバートの方が優秀だと、次期当主に相応しいと言われるのが怖かったからです。父上やロバートが気を遣ってくれているのもわかっていました。ロバートが国内にあまり留まらないのも、伯爵邸に近寄らないのもその為でしょう」

「…実は昨日、兄上と話をしました。最後に兄上とあんなに話をしたのはいつだったのか、思い出せない程久しぶりでした」

 ロバートは独立以来ほとんど王都にも伯爵邸にも近づいていない。話をするどころか、顔を合わせるのもアリシアの結婚式以来だろう。
 だけどロバートの頬は緩んでいる。久しぶりの会話は良い結果をもたらしたようだ。

「――ロバートと比べられるのが嫌でした。勉強もダンスも作法も、わたしの方が先に習っているのにすぐに追い抜かれてしまう。わたしはずっと劣等感の塊でした。ですが昨日、壇上のジェーンを見て、わたしは自分の思い違いを悟りました。勉学もマナーも作法も、誰かと競うものではありません。身につけるまでに何年かけたとしても、…例え人より遅くなったとしても、自分が目指す高みへたどり着ければ良いのですね」

 ルーファスは決して凡愚なわけではない。寧ろ優秀な方だ。
 ロバートが基準を超えて突き抜けていってしまっただけである。

 ルーファスがジェーンの姿を見て悟ったのは、同じペースで成長することができなくても、努力を重ねていつか同じレベルに達せれば良い、ということだった。
 
「ええ、そう…。そうですわね」
 
 ジェーンは人より随分遅れてしまったけれど、目標までたどり着いた。
 そしてここで学んだことを下地にして、これからも研鑽を続けていく。

 元々ルトビア公爵家の教育もそういうものなのだ。
 成人する日を目標にして、定められたレベルまで達すればいい。
 だけど優秀な兄と弟に挟まれていたデミオンは、そのことに気がつくことなく逃げ出してしまったのだ。



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