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番外編
艶本 1※ ※3章と4章の間にあったお話です
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「可愛い、アリシア…」
レイヴンはアリシアの頬に口づけた。
先程までレイヴンの下で揺さぶられていたアリシアはくったりとして眠っている。
いや、気を失ったと言った方が正しいかもしれない。
レイヴンはアリシアの体を甲斐甲斐しく清めていく。
立場としてはレイヴンの方が世話をされる側のはずだが、そんなことは少しも気にならない。むしろアリシアの世話ができることを嬉しく思っている。
体を清めていきながら、レイヴンはアリシアの手を取った。
レイヴンの頬が緩む。
アリシアの爪が両手とも短く揃えられているのは、レイヴンの背中に傷をつけない為だ。
レイヴンはアリシアにつけられるのならその傷も嬉しい。だけどアリシアが気にするので口には出さないようにしている。
「愛している、アリシア」
レイヴンはアリシアの指先に口づける。
少し前まで、アリシアが閨でレイヴンを抱きしめてくれることはなかった。気持ちのない政略結婚だから仕方がないと、レイヴンも諦めていた。
むしろ正妃の義務として気持ちのない相手との閨を受け入れるしかないアリシアを可哀想だと思っていたのだ。
レイヴンは初めての閨教育の日を思い出す。
あれは学園へ入学する少し前のことだった。
学園では年頃の令嬢と身近に接することになる為、そこで間違いを犯さないように、入学前に閨教育を受けるのだ。
さて、この国にも当然艶本は存在している。
レイヴンが艶本を初めて見たのは閨教育の時だった。艶本は教材のひとつとして閨教育の教師を務める未亡人によってレイヴンの元へもたらされた。
「い、痛いのか…?」
レイヴンは未亡人の言葉に青褪めていた。
女性は初めて男性を受け入れる時、強い痛みがあり出血するという。
真顔で頷く未亡人に、レイヴンは恐る恐る訊いた。
「痛みをなくす方法は…?」
「ございません。こればかりは誰もが通る道。妃殿下には耐えて頂かなければなりません」
レイヴンはクラリと眩暈がした。
まさか、自分がアリシアを傷つけることになるなんて。
自分が痛みを与えて出血させることなんて、思ってもいなかった。
「ですが痛みを軽くする方法はございます。…殿下?聞いてらっしゃいますか?」
未亡人の声が遠くで聞こえている。
だけど強いショックを受けたレイヴンは少しも聞いていなかった。刺激的な艶本の内容も頭に入ってこない。
この日、レイヴンはふらふらと部屋に戻ると何年かぶりに寝込むことになった。
未亡人は困惑していた。
閨教育の教師として雇われた未亡人にとって、レイヴンに閨教育を施すのは職務である。
王太子であるレイヴンが無事に子を成すことができるよう導くのが未亡人の役目であり、それが国の繁栄と安定に繋がる。
だけどレイヴンは閨に対してすっかり腰が引けてしまっていた。
艶本を開いて年頃の男性が興味を持ちそうな体位を見せてみても、全く興味を示さない。
このままでは閨教育は失敗である。
「…座学ではあまり興味が湧かないようですね。実際に閨を体験なさいますか?」
実地訓練である。
元々未亡人が選ばれたのは、レイヴンが希望すれば実地訓練も行う為だ。
未亡人もそれには同意していて、そこに下心はない。
王家とはしっかり取り決めをしていて、多額の報奨金を得る代わりに未亡人は避妊薬を飲んでいる。万が一に懐妊してもその子はレイヴンの子とは認められず、継承権も与えられない。
実地訓練の提案にレイヴンは悩んだ。
女性は初めての時だけではなく、慣れるまでは閨で痛みを感じること。
しっかりほぐし、濡らすことで痛みを軽減できることは教えられた。
だけど破瓜の痛みと出血は避けられず、アリシアには耐えてもらうしかないという。
レイヴンはアリシアに痛みや傷を与えたくない。
だけどどうしても与えなければならないのなら、少しでも軽くしたい。
その為にはお互いに初めてよりも、レイヴンが経験を積んで余裕を持っていられた方が良いのではないか。
レイヴンは悩んだ。
長く長く悩んだ。
レイヴンはアリシアしか欲しくない。
だけど未亡人は教師であり、そういった相手ではない。
長く長く悩んだ結果、レイヴンはやっぱりアリシアしか抱きたくない、という結論に達した。
未亡人は不安を隠した顔で微笑み、「それでは初夜では妃殿下をよく濡らして、しっかりほぐしてから挿入してください」と言って艶本を置いていった。
レイヴンは艶本を読んだ。
むさぼるように読んだ。
だけど気持ちのないアリシアに艶本に描かれているような無体な真似はできない。
結局レイヴンはアリシアが少しでも苦痛を感じないですむよう、時間を掛けてほぐすことを決めた。
アリシアの体を清めたレイヴンは、隣に滑り込んだ。
眠っているアリシアの髪をそっと撫でる。
初夜の時、アリシアは痛みを感じていてもそれを隠そうとした。
苦痛に顔を歪め、体を強張らせていても、手で口元を覆い、声をかみ殺していた。
レイヴンはそんなアリシアが可哀想で、酷いことをしていると感じていた。
それなのに体は初めて繋がれた歓喜に震え、腰を打ち付けるのを止めることができなかった。
翌朝起きた後も、アリシアは体が辛いはずなのにそれを見せない様に振舞おうとする。
レイヴンはそんなアリシアに優しい言葉を掛けることもできずに、ただ月日だけが流れた。
「愛している、アリシア」
レイヴンはアリシアをぎゅっと抱き締めた。
眠っているアリシアは何も答えてくれない。
だけど心が通じた今は、以前にはなかった充足感を感じることができる。
レイヴンはあの時、未亡人を抱かなくて良かったと心から感じていた。
レイヴンはアリシアの頬に口づけた。
先程までレイヴンの下で揺さぶられていたアリシアはくったりとして眠っている。
いや、気を失ったと言った方が正しいかもしれない。
レイヴンはアリシアの体を甲斐甲斐しく清めていく。
立場としてはレイヴンの方が世話をされる側のはずだが、そんなことは少しも気にならない。むしろアリシアの世話ができることを嬉しく思っている。
体を清めていきながら、レイヴンはアリシアの手を取った。
レイヴンの頬が緩む。
アリシアの爪が両手とも短く揃えられているのは、レイヴンの背中に傷をつけない為だ。
レイヴンはアリシアにつけられるのならその傷も嬉しい。だけどアリシアが気にするので口には出さないようにしている。
「愛している、アリシア」
レイヴンはアリシアの指先に口づける。
少し前まで、アリシアが閨でレイヴンを抱きしめてくれることはなかった。気持ちのない政略結婚だから仕方がないと、レイヴンも諦めていた。
むしろ正妃の義務として気持ちのない相手との閨を受け入れるしかないアリシアを可哀想だと思っていたのだ。
レイヴンは初めての閨教育の日を思い出す。
あれは学園へ入学する少し前のことだった。
学園では年頃の令嬢と身近に接することになる為、そこで間違いを犯さないように、入学前に閨教育を受けるのだ。
さて、この国にも当然艶本は存在している。
レイヴンが艶本を初めて見たのは閨教育の時だった。艶本は教材のひとつとして閨教育の教師を務める未亡人によってレイヴンの元へもたらされた。
「い、痛いのか…?」
レイヴンは未亡人の言葉に青褪めていた。
女性は初めて男性を受け入れる時、強い痛みがあり出血するという。
真顔で頷く未亡人に、レイヴンは恐る恐る訊いた。
「痛みをなくす方法は…?」
「ございません。こればかりは誰もが通る道。妃殿下には耐えて頂かなければなりません」
レイヴンはクラリと眩暈がした。
まさか、自分がアリシアを傷つけることになるなんて。
自分が痛みを与えて出血させることなんて、思ってもいなかった。
「ですが痛みを軽くする方法はございます。…殿下?聞いてらっしゃいますか?」
未亡人の声が遠くで聞こえている。
だけど強いショックを受けたレイヴンは少しも聞いていなかった。刺激的な艶本の内容も頭に入ってこない。
この日、レイヴンはふらふらと部屋に戻ると何年かぶりに寝込むことになった。
未亡人は困惑していた。
閨教育の教師として雇われた未亡人にとって、レイヴンに閨教育を施すのは職務である。
王太子であるレイヴンが無事に子を成すことができるよう導くのが未亡人の役目であり、それが国の繁栄と安定に繋がる。
だけどレイヴンは閨に対してすっかり腰が引けてしまっていた。
艶本を開いて年頃の男性が興味を持ちそうな体位を見せてみても、全く興味を示さない。
このままでは閨教育は失敗である。
「…座学ではあまり興味が湧かないようですね。実際に閨を体験なさいますか?」
実地訓練である。
元々未亡人が選ばれたのは、レイヴンが希望すれば実地訓練も行う為だ。
未亡人もそれには同意していて、そこに下心はない。
王家とはしっかり取り決めをしていて、多額の報奨金を得る代わりに未亡人は避妊薬を飲んでいる。万が一に懐妊してもその子はレイヴンの子とは認められず、継承権も与えられない。
実地訓練の提案にレイヴンは悩んだ。
女性は初めての時だけではなく、慣れるまでは閨で痛みを感じること。
しっかりほぐし、濡らすことで痛みを軽減できることは教えられた。
だけど破瓜の痛みと出血は避けられず、アリシアには耐えてもらうしかないという。
レイヴンはアリシアに痛みや傷を与えたくない。
だけどどうしても与えなければならないのなら、少しでも軽くしたい。
その為にはお互いに初めてよりも、レイヴンが経験を積んで余裕を持っていられた方が良いのではないか。
レイヴンは悩んだ。
長く長く悩んだ。
レイヴンはアリシアしか欲しくない。
だけど未亡人は教師であり、そういった相手ではない。
長く長く悩んだ結果、レイヴンはやっぱりアリシアしか抱きたくない、という結論に達した。
未亡人は不安を隠した顔で微笑み、「それでは初夜では妃殿下をよく濡らして、しっかりほぐしてから挿入してください」と言って艶本を置いていった。
レイヴンは艶本を読んだ。
むさぼるように読んだ。
だけど気持ちのないアリシアに艶本に描かれているような無体な真似はできない。
結局レイヴンはアリシアが少しでも苦痛を感じないですむよう、時間を掛けてほぐすことを決めた。
アリシアの体を清めたレイヴンは、隣に滑り込んだ。
眠っているアリシアの髪をそっと撫でる。
初夜の時、アリシアは痛みを感じていてもそれを隠そうとした。
苦痛に顔を歪め、体を強張らせていても、手で口元を覆い、声をかみ殺していた。
レイヴンはそんなアリシアが可哀想で、酷いことをしていると感じていた。
それなのに体は初めて繋がれた歓喜に震え、腰を打ち付けるのを止めることができなかった。
翌朝起きた後も、アリシアは体が辛いはずなのにそれを見せない様に振舞おうとする。
レイヴンはそんなアリシアに優しい言葉を掛けることもできずに、ただ月日だけが流れた。
「愛している、アリシア」
レイヴンはアリシアをぎゅっと抱き締めた。
眠っているアリシアは何も答えてくれない。
だけど心が通じた今は、以前にはなかった充足感を感じることができる。
レイヴンはあの時、未亡人を抱かなくて良かったと心から感じていた。
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