347 / 697
番外編・処罰の後
30 処罰の後(19)
しおりを挟む
結婚式の日になった。
エミリーは邸の中を見て歩く。
エミリーは4歳の時にこの邸へ来た。それから約14年間をこの邸で過ごしたのだ。
今日邸を出たらもう戻ることはない。
この邸のどこを見ても思い出がある。
エミリーはこの邸でお姫様だった。
今思えば間違いだらけの生活だったけれど、それでもエミリーは幸福に暮らしていたのだ。
昨日はあれから長い長い文を書いた。
もう何年も真面に話をしていなかったのに、書き始めたら止まらなかった。
どんなに書いても読んでくれないかもしれない。封も切らずに捨てられてもおかしくない。
だけどジェーンなら……、少しだけでも読んでくれる気がする。
庭園を歩いていると、遠いところから人の声がした。何かを壊しているような、修理をしているような音もする。
何をしているのか気になるけれど、マーサもクレールも何も教えてくれない。
もうエミリーには関係のないことなのだ。
庭園をひとまわりしたエミリーは、テラスの入り口の前でもう一度庭園を振り返った。
じっくりとその姿を目に焼き付ける。
これが見納めだ。
邸の中へ入ると使用人たちが忙しそうに働いしていた。
昼前になるとエミリーの準備が始まる。その前に1日の仕事を終えなければならない。
エミリーは邸の中をゆっくりと歩いていく。
部屋のほとんどは鍵が掛けられていて入ることが出来ない。
人手が足りていない為、使う部屋を限定して手を入れる部屋を減らしているのだ。どの部屋からも調度品や置き物がすべて運び出されてしまったので、開けたところで何もない部屋である。
2階に上がったエミリーは、両親が使っていた寝室の扉をそっと開けた。
子どもの頃はよく来ていたけれど、成長してからはほとんど来ることがなくなっていた。最後にここを訪れたのはデミオンに怒鳴られて追い払われた時である。あの時のアンジュの姿とデミオンの怒声に怯えていたけれど、2人はもうここにいない。ベッドは綺麗にメイキングされていてあの時の面影はなかった。
エミリーはアンジュの部屋へ行った。寝室から続いているのでそのまま行くことができる。
ロバートは個人の持ち物には触れないと言っていた。
その言葉の通り、アンジュの部屋は以前のままだ。派手で品のないハーヴィーの調度品が並び、衣裳部屋には娼婦の様なドレスが多く吊るされている。
エミリーはこのドレスを着た母を見て育った。
少しもおかしいと思わず、大人になって同じドレスが着れる日を楽しみにしていた。
初めて同じデザイナーに仕立てて貰った時は嬉しかった。私も大人になった、と思ったのだ。
今はもう、着たいとは思わない。
このドレスはどうなるんだろう、とエミリーはぼんやりと思った。
ロバートは残してくれたけれど、アンジュがこの部屋へ戻ることはあるのだろうか。
アンジュは今、使用人棟の質素なベッドの上で震えている。ドレスや装飾品に気を遣う余裕はない。
次の侯爵夫人はジェーンである。
ジェーンが戻った時に、すべて捨てらるのかもしれない。
エミリーはデミオンの部屋へ移った。
ここもよく訪れていたなじみ深い部屋である。処罰を受ける前のデミオンはエミリーに優しかった。
使用人棟に移ったデミオンは、完全に人の出入りを拒んでいるらしい。
今2人がいる部屋へ入れるのは、アンジュを診察にきた医師だけである。その医師が来た時でさえ、アンジュは悲鳴を上げて失禁をする。その世話をするのもデミオンだ。
部屋の掃除も、アンジュの世話も、食事を厨房まで取りに行くのもデミオンが1人でしているらしい。
だけどアンジュはデミオンの足音にも悲鳴を上げて失禁をする。
食事をするのはアンジュが汚した体を拭いて夜着を着替えさせ、シーツを替えて、震えるアンジュが落ち着くのを待ってから。
2人が温かい食事を摂れることはないだろう。
使用人たちはエミリーにデミオンの様子を教えてくれない。
だけど使用人同士の噂話が聞こえることはある。
デミオンは毎日大量の洗濯物を使用人棟の裏庭で洗っているらしい。
本邸の洗濯場に来ないのはそんな自分を恥じているからなのか。
これまで洗濯などしたことがないデミオンは、毎回泡だらけでびしょ濡れになっているという。
エミリーも初めて洗濯をした時はびしょ濡れになってしまった。だけどマーサや使用人たちがコツを教えてくれたから段々と上手くできるようになった。
これまでの態度を謝り、ちゃんとお願いをすれば、使用人たちはきっとデミオンにも教えてくれる。
初めは嫌な顔をされると思う。冷たくあしらわれるかもしれない。それでも諦めずに何度も頭を下げてお願いをすれば聞いてくれる人たちだ。
だけどデミオンが頭を下げることはない。
謝ることも、頼むこともない。
だからデミオンは隠れるように裏庭へ出て、1人でびしょ濡れになっている。
コンコン、と扉を叩く音がした。
エミリーは扉の方を振り返る。今ここを訪れるのはデミオンに用がある人ではない。
返事をするとマーサが扉を開けて入って来た。
エミリーに見せたいものがあるという。
エミリーはマーサについて部屋を出た。
エミリーは邸の中を見て歩く。
エミリーは4歳の時にこの邸へ来た。それから約14年間をこの邸で過ごしたのだ。
今日邸を出たらもう戻ることはない。
この邸のどこを見ても思い出がある。
エミリーはこの邸でお姫様だった。
今思えば間違いだらけの生活だったけれど、それでもエミリーは幸福に暮らしていたのだ。
昨日はあれから長い長い文を書いた。
もう何年も真面に話をしていなかったのに、書き始めたら止まらなかった。
どんなに書いても読んでくれないかもしれない。封も切らずに捨てられてもおかしくない。
だけどジェーンなら……、少しだけでも読んでくれる気がする。
庭園を歩いていると、遠いところから人の声がした。何かを壊しているような、修理をしているような音もする。
何をしているのか気になるけれど、マーサもクレールも何も教えてくれない。
もうエミリーには関係のないことなのだ。
庭園をひとまわりしたエミリーは、テラスの入り口の前でもう一度庭園を振り返った。
じっくりとその姿を目に焼き付ける。
これが見納めだ。
邸の中へ入ると使用人たちが忙しそうに働いしていた。
昼前になるとエミリーの準備が始まる。その前に1日の仕事を終えなければならない。
エミリーは邸の中をゆっくりと歩いていく。
部屋のほとんどは鍵が掛けられていて入ることが出来ない。
人手が足りていない為、使う部屋を限定して手を入れる部屋を減らしているのだ。どの部屋からも調度品や置き物がすべて運び出されてしまったので、開けたところで何もない部屋である。
2階に上がったエミリーは、両親が使っていた寝室の扉をそっと開けた。
子どもの頃はよく来ていたけれど、成長してからはほとんど来ることがなくなっていた。最後にここを訪れたのはデミオンに怒鳴られて追い払われた時である。あの時のアンジュの姿とデミオンの怒声に怯えていたけれど、2人はもうここにいない。ベッドは綺麗にメイキングされていてあの時の面影はなかった。
エミリーはアンジュの部屋へ行った。寝室から続いているのでそのまま行くことができる。
ロバートは個人の持ち物には触れないと言っていた。
その言葉の通り、アンジュの部屋は以前のままだ。派手で品のないハーヴィーの調度品が並び、衣裳部屋には娼婦の様なドレスが多く吊るされている。
エミリーはこのドレスを着た母を見て育った。
少しもおかしいと思わず、大人になって同じドレスが着れる日を楽しみにしていた。
初めて同じデザイナーに仕立てて貰った時は嬉しかった。私も大人になった、と思ったのだ。
今はもう、着たいとは思わない。
このドレスはどうなるんだろう、とエミリーはぼんやりと思った。
ロバートは残してくれたけれど、アンジュがこの部屋へ戻ることはあるのだろうか。
アンジュは今、使用人棟の質素なベッドの上で震えている。ドレスや装飾品に気を遣う余裕はない。
次の侯爵夫人はジェーンである。
ジェーンが戻った時に、すべて捨てらるのかもしれない。
エミリーはデミオンの部屋へ移った。
ここもよく訪れていたなじみ深い部屋である。処罰を受ける前のデミオンはエミリーに優しかった。
使用人棟に移ったデミオンは、完全に人の出入りを拒んでいるらしい。
今2人がいる部屋へ入れるのは、アンジュを診察にきた医師だけである。その医師が来た時でさえ、アンジュは悲鳴を上げて失禁をする。その世話をするのもデミオンだ。
部屋の掃除も、アンジュの世話も、食事を厨房まで取りに行くのもデミオンが1人でしているらしい。
だけどアンジュはデミオンの足音にも悲鳴を上げて失禁をする。
食事をするのはアンジュが汚した体を拭いて夜着を着替えさせ、シーツを替えて、震えるアンジュが落ち着くのを待ってから。
2人が温かい食事を摂れることはないだろう。
使用人たちはエミリーにデミオンの様子を教えてくれない。
だけど使用人同士の噂話が聞こえることはある。
デミオンは毎日大量の洗濯物を使用人棟の裏庭で洗っているらしい。
本邸の洗濯場に来ないのはそんな自分を恥じているからなのか。
これまで洗濯などしたことがないデミオンは、毎回泡だらけでびしょ濡れになっているという。
エミリーも初めて洗濯をした時はびしょ濡れになってしまった。だけどマーサや使用人たちがコツを教えてくれたから段々と上手くできるようになった。
これまでの態度を謝り、ちゃんとお願いをすれば、使用人たちはきっとデミオンにも教えてくれる。
初めは嫌な顔をされると思う。冷たくあしらわれるかもしれない。それでも諦めずに何度も頭を下げてお願いをすれば聞いてくれる人たちだ。
だけどデミオンが頭を下げることはない。
謝ることも、頼むこともない。
だからデミオンは隠れるように裏庭へ出て、1人でびしょ濡れになっている。
コンコン、と扉を叩く音がした。
エミリーは扉の方を振り返る。今ここを訪れるのはデミオンに用がある人ではない。
返事をするとマーサが扉を開けて入って来た。
エミリーに見せたいものがあるという。
エミリーはマーサについて部屋を出た。
0
お気に入りに追加
1,724
あなたにおすすめの小説
【R18】騎士たちの監視対象になりました
ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。
*R18は告知無しです。
*複数プレイ有り。
*逆ハー
*倫理感緩めです。
*作者の都合の良いように作っています。
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
壁の花令嬢の最高の結婚
晴 菜葉
恋愛
壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。
社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。
ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。
アメリアは自棄になって家出を決行する。
行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。
そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。
助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。
乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。
「俺が出来ることなら何だってする」
そこでアメリアは考える。
暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。
「では、私と契約結婚してください」
R18には※をしています。
【R-18】年下国王の異常な執愛~義母は義息子に啼かされる~【挿絵付】
臣桜
恋愛
『ガーランドの翠玉』、『妖精の紡いだ銀糸』……数々の美辞麗句が当てはまる17歳のリディアは、国王ブライアンに見初められ側室となった。しかし間もなくブライアンは崩御し、息子であるオーガストが成人して即位する事になった。17歳にして10歳の息子を持ったリディアは、戸惑いつつも宰相の力を借りオーガストを育てる。やがて11年後、21歳になり成人したオーガストは国王となるなり、28歳のリディアを妻に求めて……!?
※毎日更新予定です
※血の繋がりは一切ありませんが、義息子×義母という特殊な関係ですので地雷っぽい方はお気をつけください
※ムーンライトノベルズ様にも同時連載しています
げに美しきその心
コロンパン
恋愛
健気な令嬢のお話。
伯爵令嬢のシルヴィアは幼き日の約束により、侯爵家のレイフォードと結婚するため、レイフォードの屋敷へと向かう。
ずっと想い続けていたレイフォードに会える喜びで一杯だったが。
思ってもいない事態に。
相手方の男性がかなり不快な感じですが、変わっていくはずですので、長い目でご鑑賞下さい。
溺愛の話に持って行きたいのですが、中々話が進まずうだうだしています。
最後まで頑張りますのでよろしくお願いします。
大体二千から四千程度の文字を目安に書いています。
のんびりとしたペースで申し訳ないです。
沢山のお気に入り登録ありがとうございます。
これを励みに頑張ります!
ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました
杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」
王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。
第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。
確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。
唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。
もう味方はいない。
誰への義理もない。
ならば、もうどうにでもなればいい。
アレクシアはスッと背筋を伸ばした。
そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺!
◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。
◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。
◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。
◆全8話、最終話だけ少し長めです。
恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。
◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。
◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03)
◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます!
9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!
【R18】熱い一夜が明けたら~酔い潰れた翌朝、隣に団長様の寝顔。~
三月べに
恋愛
酔い潰れた翌朝。やけに身体が重いかと思えば、ベッドには自分だけではなく、男がいた!
しかも、第三王子であり、所属する第三騎士団の団長様!
一夜の過ちをガッツリやらかした私は、寝ている間にそそくさと退散。まぁ、あの見目麗しい団長と一夜なんて、いい思いをしたと思うことにした。が、そもそもどうしてそうなった??? と不思議に思っていれば、なんと団長様が一夜のお相手を捜索中だと!
団長様は媚薬を盛られてあの宿屋に逃げ込んでやり過ごそうとしたが、うっかり鍵をかけ忘れ、酔っ払った私がその部屋に入っては、上になだれ込み、致した……! あちゃー!
氷の冷徹の団長様は、一体どういうつもりで探しているのかと息をひそめて耳をすませた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる