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番外編・処罰の後

30 処罰の後(19)

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 結婚式の日になった。
 エミリーは邸の中を見て歩く。
 
 エミリーは4歳の時にこの邸へ来た。それから約14年間をこの邸で過ごしたのだ。
 今日邸を出たらもう戻ることはない。

 この邸のどこを見ても思い出がある。
 エミリーはこの邸でお姫様だった。
 今思えば間違いだらけの生活だったけれど、それでもエミリーは幸福しあわせに暮らしていたのだ。

 昨日はあれから長い長い文を書いた。
 もう何年も真面に話をしていなかったのに、書き始めたら止まらなかった。
 どんなに書いても読んでくれないかもしれない。封も切らずに捨てられてもおかしくない。
 だけどジェーンなら……、少しだけでも読んでくれる気がする。


 庭園を歩いていると、遠いところから人の声がした。何かを壊しているような、修理をしているような音もする。
 何をしているのか気になるけれど、マーサもクレールも何も教えてくれない。
 もうエミリーには関係のないことなのだ。

 庭園をひとまわりしたエミリーは、テラスの入り口の前でもう一度庭園を振り返った。
 じっくりとその姿を目に焼き付ける。
 これが見納めだ。

 邸の中へ入ると使用人たちが忙しそうに働いしていた。
 昼前になるとエミリーの準備が始まる。その前に1日の仕事を終えなければならない。

 エミリーは邸の中をゆっくりと歩いていく。
 部屋のほとんどは鍵が掛けられていて入ることが出来ない。
 人手が足りていない為、使う部屋を限定して手を入れる部屋を減らしているのだ。どの部屋からも調度品や置き物がすべて運び出されてしまったので、開けたところで何もない部屋である。
 

 2階に上がったエミリーは、両親が使っていた寝室の扉をそっと開けた。
 子どもの頃はよく来ていたけれど、成長してからはほとんど来ることがなくなっていた。最後にここを訪れたのはデミオンに怒鳴られて追い払われた時である。あの時のアンジュの姿とデミオンの怒声に怯えていたけれど、2人はもうここにいない。ベッドは綺麗にメイキングされていてあの時の面影はなかった。

 エミリーはアンジュの部屋へ行った。寝室から続いているのでそのまま行くことができる。
 ロバートは個人の持ち物には触れないと言っていた。
 その言葉の通り、アンジュの部屋は以前のままだ。派手で品のないハーヴィーの調度品が並び、衣裳部屋には娼婦の様なドレスが多く吊るされている。

 エミリーはこのドレスを着た母を見て育った。
 少しもおかしいと思わず、大人になって同じドレスが着れる日を楽しみにしていた。
 初めて同じデザイナーに仕立てて貰った時は嬉しかった。私も大人になった、と思ったのだ。
 今はもう、着たいとは思わない。

 このドレスはどうなるんだろう、とエミリーはぼんやりと思った。
 ロバートは残してくれたけれど、アンジュがこの部屋へ戻ることはあるのだろうか。
 アンジュは今、使用人棟の質素なベッドの上で震えている。ドレスや装飾品に気を遣う余裕はない。
 次の侯爵夫人はジェーンである。
 ジェーンが戻った時に、すべて捨てらるのかもしれない。

 エミリーはデミオンの部屋へ移った。
 ここもよく訪れていたなじみ深い部屋である。処罰を受ける前のデミオンはエミリーに優しかった。

 使用人棟に移ったデミオンは、完全に人の出入りを拒んでいるらしい。
 今2人がいる部屋へ入れるのは、アンジュを診察にきた医師だけである。その医師が来た時でさえ、アンジュは悲鳴を上げて失禁をする。その世話をするのもデミオンだ。
 部屋の掃除も、アンジュの世話も、食事を厨房まで取りに行くのもデミオンが1人でしているらしい。
 だけどアンジュはデミオンの足音にも悲鳴を上げて失禁をする。
 食事をするのはアンジュが汚した体を拭いて夜着を着替えさせ、シーツを替えて、震えるアンジュが落ち着くのを待ってから。
 2人が温かい食事を摂れることはないだろう。
 
 使用人たちはエミリーにデミオンの様子を教えてくれない。
 だけど使用人同士の噂話が聞こえることはある。

 デミオンは毎日大量の洗濯物を使用人棟の裏庭で洗っているらしい。
 本邸の洗濯場に来ないのはそんな自分を恥じているからなのか。

 これまで洗濯などしたことがないデミオンは、毎回泡だらけでびしょ濡れになっているという。
 エミリーも初めて洗濯をした時はびしょ濡れになってしまった。だけどマーサや使用人たちがコツを教えてくれたから段々と上手くできるようになった。

 これまでの態度を謝り、ちゃんとお願いをすれば、使用人たちはきっとデミオンにも教えてくれる。
 初めは嫌な顔をされると思う。冷たくあしらわれるかもしれない。それでも諦めずに何度も頭を下げてお願いをすれば聞いてくれる人たちだ。
 
 だけどデミオンが頭を下げることはない。
 謝ることも、頼むこともない。
 だからデミオンは隠れるように裏庭へ出て、1人でびしょ濡れになっている。


 コンコン、と扉を叩く音がした。
 エミリーは扉の方を振り返る。今ここを訪れるのはデミオンに用がある人ではない。 

 返事をするとマーサが扉を開けて入って来た。
 エミリーに見せたいものがあるという。

 エミリーはマーサについて部屋を出た。



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