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番外編・処罰の後

29 処罰の後(18)

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 持って行くものと残していくものをどんどんより分けていく。
 そうはいってもほとんどが残していくものだ。カルヴィエ前伯爵が用意してくれた家は小さくて沢山のものを持って行くことは出来ない。

 ジョッシュと話し合って購入していた嫁入り調度品はすべて手放すことにした。新しい家に持って行ってもきっと中に入りきらないし、見せる人もいない。
 幸い既に購入したものは好きにして良いと言われているので、持って行ってから持て余すよりも売り払って手頃な品に買い替え、残りを当面の生活費に充てることにした。



 クレールに頼むと以前来ていた買取業者が来てくれることになった。
 業者が来る前日、エミリーは久しぶりに調度品が保管されている部屋へ入り、調度品を眺めた。


 ジェーンの嫁入り調度品のはずなのに、選んだのはアンジェとエミリーだ。
「いずれあなたのものになるのだから」と言われて、何の疑いもなくはしゃぎながら選んでいた。
 ジョッシュと結婚するのはエミリーだと信じていたからだ。

 今はジェーンと婚約しているけれど、本当に愛し合っているのは私たち。
 お父様もお母様も、私の方がジョッシュ様に相応しいと言ってくれているもの。

 この邸の中で、エミリーはお姫さまだった。望みはすべて叶えられている。
 だからこの望みも叶うのだと信じていた。

 愛人になるつもりなんて、少しもなかった。


 結果的に、望みは叶った。
 だけどあの頃想像していたものとは全く違う形になっている。
 あんなに輝いて見えていたハーヴィーの調度品にも今は全く惹かれない。
 何もなくなった部屋や廊下を見慣れた今、派手な色遣いで大柄の模様が描かれた調度品はエミリーの目にも悪趣味に映った。侯爵家に相応しくないというのが良くわかる。

 エミリーは調度品と一緒に並べられたウェディングドレスへ視線を向けた。
 このデザインもアンジュとエミリーが一緒に選んだ。

 処罰の日、アリシアやマルグリットは、デミオンとアンジュがこのドレスをジェーンに着せて参列者へ痣が見えるようにして、ジョッシュを怒らせるつもりだと言った。
 だけどエミリーはこのドレスをジェーンが着るとは思っていなかった。
 エミリーが着るつもりで選んだ、娼婦の様なドレスだ。

 ドレスを作り直すことはできない。
 エミリーはこのドレスで結婚式を挙げる。
 それを思うと参列者が少なくて良かったのかもしれない。

「………」

 エミリーは無言のまま部屋の中を見渡すと、部屋を出た。
 エミリーが犯した罪や間違いが詰め込まれたような部屋だ。
 だけどやっぱりエミリーはあの時の母を恋しく思う。
 今でも使用人棟では日に何度もアンジュの悲鳴が聞こえているという。

 足音に怯えるアンジュを訪ねて行くことはできない。
 デミオンもきっとエミリーを歓迎しないだろう。また怒鳴られるかもしれない。
 2人とは会わないまま、エミリーはこの邸を出ていく。


 
 エミリーは頭を振って物思いを断ち切った。
 調度品は既に運び出されて、あの部屋に残っているのはドレスだけだ。
 手元にあるリボンをぎゅっと握り締める。アンジュに選んでもらったお気に入りのリボンだ。
 今のアンジュに会えなくても、思い出の中のアンジュにはいつでも会える。

 そこでエミリーはハッとした。
 考える前にマーサを呼んでいた。

「マーサ!すぐに来てちょうだい!急いで!!」

 最近のエミリーがこんな風に使用人を呼ぶことはない。
 何事かとマーサは急いで駆けつけた。

「片づけをしているの!この部屋にお義姉様のものがないか見てちょうだい!」

「っ!!」

 エミリーはジェーンのものを何でも奪ってきた。
 最初は羨ましかったから。いつの頃からか逆恨みをして。
 奪うのが目的だったから、奪った後は大切にしなかった。もうどれがジェーンのものだったのか覚えていない。
 最近はエミリーの興味を引くものを持っていなかったから、最近のものはない。

「できるだけ、お義姉様に返すわ。返せるものがあればいいのだけど」

「エミリー様が欲しかったものではないのですか?」

「…良いのよ。どうせ置いていくものだもの」

 残されたものからジェーンが見つけ出すこともあるだろう。
 だけどできるだけ、返すことにしたかった。

 
 部屋中をくまなく探すとジェーンのものが少し出てきた。
 数着のドレスと少しの装飾品、数冊の本だ。
 だけどどれもジェーンが社交界に出るようになってからのもので、サンドラとの思い出の品はない。
 諦めかけた時、エミリーは幼い頃の宝箱を見つけた。
 宝石箱ではなく、エミリーの宝物を入れた宝箱だ。

「…このブローチには見覚えがありますね」

 マーサがエメラルドのついた小さなブローチを取り上げた。
 エメラルドはジェーンやエミリーの瞳の色だ。ルトビア公爵家の瞳の色とも言える。

「ジェーンお嬢様と妃殿下がお揃いのブローチが欲しいと言って、奥様と公爵夫人が話し合って作られたブローチだと思います」

「お母様との思い出のブローチなのね!良かった!!」

 この宝箱は幼い頃に使っていたものだ。
 あの頃は本当にジェーンのものが羨ましくて奪っていた。エミリーの瞳の色と同じ色のブローチが羨ましくて、手に入れたのが嬉しくて、宝箱へ入れていたのだろう。
 成長すると共にこの宝箱は開かなくなっていた。

「お義姉様にお返ししてね。そしてできれば…ごめんなさいと伝えて欲しいの」

 目を伏せたエミリーにマーサはふっと笑う。

「エミリー様がジェーンお嬢様と顔を合わせることはもうないでしょうが、ジェーンお嬢様に文を書くことはできますよ。ジェーンお嬢様はいずれこの邸に戻ってくるのですから」

 マーサの言葉にエミリーはパッと顔を上げた。
 これまでジェーンに文を書こうと思ったことなんて、一度もなかった。だから思いつかなかったのだ。
 だけど文でなら自分の言葉で謝ることができる。
 例え許してもらえなくても、謝りたい。

「…そうよね。そうするわ」

 そう言ったエミリーにマーサは頷いて部屋を出て行った。



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