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番外編・処罰の後
21 処罰の後(12-①)
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それからしばらく、使用人たちに頭を下げてまわる日々が続いた。
もちろん誰も相手にしてくれない。話し掛けただけで、「今忙しいんです」と追い払われることもある。
それでもこれまでと違って癇癪を起すことなく何度も頭を下げに来るエミリーに、使用人たちの目が少しずつ変わってくる。
面倒を見ているマーサに、最近の様子を聞きに来る者もいた。
その時もマーサは嘘をつかず、誇張することもなく、正直にエミリーの様子を伝えた。
子ども用の銀食器を見たエミリーが口にした言葉は、胸を打つものがあったようだ。
我儘三昧でジェーンに嫌がらせを繰り返す嫌な娘だと誰もが思っていた。
だけどエミリーには正しい知識を身につける機会がこれまでなかった。
7歳までとはいえ、ジェーンには正しい道を示してくれる母がいた。
サンドラが亡くなった後も、アリシアやレオナルド、ロバートが正しい道を示し続けてくれた。
だけどエミリーの傍にいたのは、耳を塞ぎ、眼を逸らさせる、そんな者たちだ。ジョッシュでさえ、間違った道を進ませたのだ。
このままエミリーを無視し続けても、本当に期限の限界が来れば権限がクレールに渡って皆で手分けすることになる。そろそろ手伝っても良いんじゃないか…と誰もが思い出した時、事態が動いた。
鞭打ち刑に処されるため収容されていたアンジュが邸に戻ったのだ。
アンジュは酷い有様だった。
鞭打ち刑を受けた後、簡単な血止めしかされていない。
痛みと傷による高熱で呻きながら、ベッドの中で震えている。
誰かが部屋の前を通り過ぎると悲鳴を上げる。
扉が開くと悲鳴を上げて失禁をする。
独房の中で刑を執行する為に訪れる看守や兵士の足音に怯えていた。
あの足音が扉の前で止まったら、刑場へ連れて行かれる。扉が開くと引きずり出される。
その恐怖が染みついて、既に邸に戻っているのに正常な判断ができなくなっているのだ。
そんなアンジュを案じているのは、デミオンとエミリーだけである。
サンドラやジェーンへの仕打ちを身近で見ている使用人たちは、どれ程アンジュが苦しんでいても心を痛めることはない。
痛みに呻き、足音に怯えて悲鳴を上げ続けるアンジュも、そのアンジュの傍でオロオロしているデミオンも、ただだた滑稽に映っていた。
そんな中でそれは起きた。
アンジュは侯爵夫妻の寝室に寝かされている。
デミオンによって運び込まれた時から、面倒を見る為に侍女が訪れた時も、医師が診察に訪れた時も、悲鳴を上げて失禁をする。その後始末に侍女が訪れた時も同じだった。
アンジュが戻ってきてからしばらくは悲鳴が響き続けていた。
その悲鳴が聞こえなくなった頃、エミリーは母の様子を見に行った。
エミリーとしては部屋にいてもずっと悲鳴が聞こえているのだから心配になる。
悲鳴が聞こえる度に様子を見に行きたいと思ったけれど、尋常ではない母の様子を見に行くのも不安だった。
そのひっきりなしに聞こえていた悲鳴が途切れたのだから、ようやく母も落ち着いたのだと思ったのだ。
「嫌ぁああああああ!!」
「お母様」という声はアンジュの悲鳴にかき消された。
ベッドの上では跳ね起きたアンジュがパサパサになった髪を振り乱して叫んでいる。股のところが濡れてきているので漏らしてしまったようだ。
最後に会ってから数日しか経っていない。
それなのにアンジュはすっかり別人の様になっていた。
怖い。
それが母を見た率直な感想だった。
「エミリー!!」
入口から中を覗いたまま立ち尽くしたエミリーに、デミオンの怒声が響く。
エミリーはびくっと体を震わせ、デミオンの方を向いた。
「せっかくアンジュが眠っていたのに!!おまえはアンジュを苦しめたいのか!!」
デミオンが憎々し気な顔でエミリーを睨んで怒鳴っている。
悲鳴が途切れたのは、叫び疲れたアンジュが眠ったからだったのだ。
だけど敏感になったアンジュの耳は小さな足音でも拾ってしまう。扉が開くと飛び起きる。
そんなこと、エミリーは知らなかった。
「違うわ!そんなっ」
「言い訳は良い!!さっさと出ていけっ!!」
「…っ!」
エミリーは絶句した。
これまでデミオンはエミリーを溺愛していた。
こんな扱いを受けたことはない。
呆然とするエミリーにデミオンが更に怒鳴りつける。
「出て行けと言ってるだろう!いつまでそこにいるつもりだ!」
「……ごめんなさい」
エミリーは弱弱しく呟くと扉を閉めた。
とぼとぼと自分の部屋へ帰っていく。
その後ろ姿を、様子を見に来たマーサと数人の侍女が見ていた。
その表情には怒りの色が浮かんでいた。
もちろん誰も相手にしてくれない。話し掛けただけで、「今忙しいんです」と追い払われることもある。
それでもこれまでと違って癇癪を起すことなく何度も頭を下げに来るエミリーに、使用人たちの目が少しずつ変わってくる。
面倒を見ているマーサに、最近の様子を聞きに来る者もいた。
その時もマーサは嘘をつかず、誇張することもなく、正直にエミリーの様子を伝えた。
子ども用の銀食器を見たエミリーが口にした言葉は、胸を打つものがあったようだ。
我儘三昧でジェーンに嫌がらせを繰り返す嫌な娘だと誰もが思っていた。
だけどエミリーには正しい知識を身につける機会がこれまでなかった。
7歳までとはいえ、ジェーンには正しい道を示してくれる母がいた。
サンドラが亡くなった後も、アリシアやレオナルド、ロバートが正しい道を示し続けてくれた。
だけどエミリーの傍にいたのは、耳を塞ぎ、眼を逸らさせる、そんな者たちだ。ジョッシュでさえ、間違った道を進ませたのだ。
このままエミリーを無視し続けても、本当に期限の限界が来れば権限がクレールに渡って皆で手分けすることになる。そろそろ手伝っても良いんじゃないか…と誰もが思い出した時、事態が動いた。
鞭打ち刑に処されるため収容されていたアンジュが邸に戻ったのだ。
アンジュは酷い有様だった。
鞭打ち刑を受けた後、簡単な血止めしかされていない。
痛みと傷による高熱で呻きながら、ベッドの中で震えている。
誰かが部屋の前を通り過ぎると悲鳴を上げる。
扉が開くと悲鳴を上げて失禁をする。
独房の中で刑を執行する為に訪れる看守や兵士の足音に怯えていた。
あの足音が扉の前で止まったら、刑場へ連れて行かれる。扉が開くと引きずり出される。
その恐怖が染みついて、既に邸に戻っているのに正常な判断ができなくなっているのだ。
そんなアンジュを案じているのは、デミオンとエミリーだけである。
サンドラやジェーンへの仕打ちを身近で見ている使用人たちは、どれ程アンジュが苦しんでいても心を痛めることはない。
痛みに呻き、足音に怯えて悲鳴を上げ続けるアンジュも、そのアンジュの傍でオロオロしているデミオンも、ただだた滑稽に映っていた。
そんな中でそれは起きた。
アンジュは侯爵夫妻の寝室に寝かされている。
デミオンによって運び込まれた時から、面倒を見る為に侍女が訪れた時も、医師が診察に訪れた時も、悲鳴を上げて失禁をする。その後始末に侍女が訪れた時も同じだった。
アンジュが戻ってきてからしばらくは悲鳴が響き続けていた。
その悲鳴が聞こえなくなった頃、エミリーは母の様子を見に行った。
エミリーとしては部屋にいてもずっと悲鳴が聞こえているのだから心配になる。
悲鳴が聞こえる度に様子を見に行きたいと思ったけれど、尋常ではない母の様子を見に行くのも不安だった。
そのひっきりなしに聞こえていた悲鳴が途切れたのだから、ようやく母も落ち着いたのだと思ったのだ。
「嫌ぁああああああ!!」
「お母様」という声はアンジュの悲鳴にかき消された。
ベッドの上では跳ね起きたアンジュがパサパサになった髪を振り乱して叫んでいる。股のところが濡れてきているので漏らしてしまったようだ。
最後に会ってから数日しか経っていない。
それなのにアンジュはすっかり別人の様になっていた。
怖い。
それが母を見た率直な感想だった。
「エミリー!!」
入口から中を覗いたまま立ち尽くしたエミリーに、デミオンの怒声が響く。
エミリーはびくっと体を震わせ、デミオンの方を向いた。
「せっかくアンジュが眠っていたのに!!おまえはアンジュを苦しめたいのか!!」
デミオンが憎々し気な顔でエミリーを睨んで怒鳴っている。
悲鳴が途切れたのは、叫び疲れたアンジュが眠ったからだったのだ。
だけど敏感になったアンジュの耳は小さな足音でも拾ってしまう。扉が開くと飛び起きる。
そんなこと、エミリーは知らなかった。
「違うわ!そんなっ」
「言い訳は良い!!さっさと出ていけっ!!」
「…っ!」
エミリーは絶句した。
これまでデミオンはエミリーを溺愛していた。
こんな扱いを受けたことはない。
呆然とするエミリーにデミオンが更に怒鳴りつける。
「出て行けと言ってるだろう!いつまでそこにいるつもりだ!」
「……ごめんなさい」
エミリーは弱弱しく呟くと扉を閉めた。
とぼとぼと自分の部屋へ帰っていく。
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その表情には怒りの色が浮かんでいた。
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