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3章
回想 ~王太子宮の侍女~ 中編
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王太子妃の為の侍女は、結婚式が行われる1年前に王太子宮へ配属された。
王太子妃が使う部屋の内装や調度品の準備をする為だ。調度品が運び入れられた後は、その管理もエレノアたちの仕事になる。
この時エレノアは不思議な光景を見ることになった。
レイヴンが熱心に部屋の内装を考え、調度品を選んでいるのだ。
母の王妃に若い女性が好みそうなものを相談しながら、「アリシアは気に入ってくれるかな」と不安そうな顔を見せ、王妃からは「アリシアに直接好みを聞きなさい」と叱責されている。
そう言われる度にレイヴンは苦しそうな表情をしていた。
2人は本当に冷めた関係なのか、エレノアが初めて疑問に思ったのはこの時である。
1年後。
予定通りに結婚式は行われ、王太子宮は女主人を迎えた。
レイヴンにエスコートされたアリシアが、王太子妃の私室へ入る。
扉が開き、レイヴンが拘りぬいた部屋を見たアリシアの反応は、「まあ、素敵ですね」という一言だった。
ただアリシアから何かを変えたいといった要望が出ることはなく、エレノアはレイヴンの為に胸を撫でおろしたのだ。
王太子妃の部屋付きとして選ばれたのは5人である。エレノアは幸いその5人の中に入ることができた。
緊張しながらアリシアの前に並び、挨拶をする。アリシアは「これからよろしくね」と優しく微笑みかけて掛けてくれた。
どうやらアリシアには高位貴族にありがちな下の身分の者を見下すようなところがないようだ。
それだけで傍で働く者としては気が楽になる。部屋付きに選ばれた他の侍女たちも一様に安堵した表情を見せていた。
元々侍女たちには不安があったのだ。
エレノアたちが王太子宮に配属された時には、元から務めている年嵩の侍女頭がいた。レイヴンが立太子し、王太子宮へ移った時から侍女頭を務めていたその女性は、レイヴンの成婚に合わせて退職されられている。
「年をとって仕事が辛くなったから」と侍女頭から退職を願い出たと言われているが、侍女たちは誰も信じていない。
次の侍女頭はアリシアが公爵家から連れて来る侍女が務めると言われてしまえば猶更である。
アリシアが王太子宮で好き勝手する為に元の侍女頭を辞めさせたのだと噂されていた。
思えばこれもおかしな話である。
エレノアたちは5年も前から集められ、王太子宮の侍女として教育を受けてきた。
アリシアが公爵家から連れてくる侍女はその教育を受けていない。
いくら幼少期からアリシアに仕え、信頼されているからといって、すぐに侍女頭が務まるとは思えない。実際にエレノアの先輩や同僚たちも新しい侍女頭が来る前から反感を持っている。
結果的にその話が実現することはなかった。
公爵家でアリシア付きを務めていた侍女は貴族の出ではなく、連れてくることができなかったのだ。
これにはレイヴンも驚いていた。まさか公爵邸で平民の侍女が雇われているなんて誰も思わないだろう。
ただ後で聞いた話では、公爵邸でアリシア付きだったマリアンという侍女は、公爵家の傍流の家の出ということである。
とにかくこれでわかったことは、アリシアが侍女頭を辞めさせたわけではなく、次の侍女頭を公爵家から連れてくる侍女にするというのもアリシアが望んだことではない、ということだ。
こうして新たな侍女頭は王太子宮にいる侍女から選ばれることとなり、しばらくして「アリシアが信頼しているようだから」と言われてエレノアが選ばれた。
この時エレノアは、その気持ちの種類が何であれ、レイヴンがアリシアを大切にしていることを確信したのだ。
アリシアの身近に仕えるようになると、色々なことがわかるようになった。
アリシアには兄がいて、その兄に溺愛されていること。
兄の前では自然な表情を見せていること。
レイヴンだけではなく、王宮にいる者には例えそれが使用人であっても感情を見せないように努めていること。
それは信用されていないようで哀しいことだった。
だけどアリシアが侍女や使用人に対して理不尽な振る舞いをすることはなく、失敗することがあってもきちんと謝罪をすれば許してくれる。
人を良く見ていて、トラブルがあった時は1人ずつ話を聞いて公平に裁いてくれた。
それは突然侍女頭に任命されたエレノアにとって、とても有難いことだった。
いつの間にか侍女たちはアリシアのことが好きになり、王太子妃になったのがアリシアで良かったと言い合うようになっていた。
気づいたことは他にもある。
夫であるレイヴンは、結婚した後もほとんどアリシアの部屋を訪ねて来ない。
一緒に食事を摂ることもなく、政務以外のことで話しているところを見ることもなかった。一緒の部屋で寝ているが、閨もあまり行われていないようだ。
「あんなに素晴らしい妃殿下のどこが不満なのか」と侍女たちは憤慨し、やはりあの噂は本当なのかと肩を落とす。
学園では、レイヴンが婚約者ではない別の相手を想っていると専らの噂だった。
その相手というのがアリシアの従姉なのだから質が悪い。
その女性は侯爵令嬢でありながら、アリシアの従姉とは思えない程礼儀作法や所作が拙いという。また、侯爵家にも問題があるようだ。
その為、令嬢は下位貴族にすら嘲笑され、陰口を言われている。
レイヴンはそれを許さず、令嬢を悪く言う者を厳しく咎めていたという。
ただレイヴンが自身の立場を忘れることはなく、その令嬢と特別な関係を持つことはなかったようだ。
それでも婚約者には常に形式的な態度を崩さないレイヴンが、その令嬢とは親し気に接している。
レイヴンの気持ちがその令嬢にあることは誰の目にも明らかだった。
エレノアも初めはその噂を信じていた。
だけどいつの間にか疑問を持つようになっている。
アリシアと直接顔を合わせている時は平坦な態度を崩さないレイヴンが、遠くにいるアリシアを切なげな瞳で見つめているのを何度も見かけたからだ。
ただ、それを侍女仲間に話しても信じてくれる者はいなかった。
王太子妃が使う部屋の内装や調度品の準備をする為だ。調度品が運び入れられた後は、その管理もエレノアたちの仕事になる。
この時エレノアは不思議な光景を見ることになった。
レイヴンが熱心に部屋の内装を考え、調度品を選んでいるのだ。
母の王妃に若い女性が好みそうなものを相談しながら、「アリシアは気に入ってくれるかな」と不安そうな顔を見せ、王妃からは「アリシアに直接好みを聞きなさい」と叱責されている。
そう言われる度にレイヴンは苦しそうな表情をしていた。
2人は本当に冷めた関係なのか、エレノアが初めて疑問に思ったのはこの時である。
1年後。
予定通りに結婚式は行われ、王太子宮は女主人を迎えた。
レイヴンにエスコートされたアリシアが、王太子妃の私室へ入る。
扉が開き、レイヴンが拘りぬいた部屋を見たアリシアの反応は、「まあ、素敵ですね」という一言だった。
ただアリシアから何かを変えたいといった要望が出ることはなく、エレノアはレイヴンの為に胸を撫でおろしたのだ。
王太子妃の部屋付きとして選ばれたのは5人である。エレノアは幸いその5人の中に入ることができた。
緊張しながらアリシアの前に並び、挨拶をする。アリシアは「これからよろしくね」と優しく微笑みかけて掛けてくれた。
どうやらアリシアには高位貴族にありがちな下の身分の者を見下すようなところがないようだ。
それだけで傍で働く者としては気が楽になる。部屋付きに選ばれた他の侍女たちも一様に安堵した表情を見せていた。
元々侍女たちには不安があったのだ。
エレノアたちが王太子宮に配属された時には、元から務めている年嵩の侍女頭がいた。レイヴンが立太子し、王太子宮へ移った時から侍女頭を務めていたその女性は、レイヴンの成婚に合わせて退職されられている。
「年をとって仕事が辛くなったから」と侍女頭から退職を願い出たと言われているが、侍女たちは誰も信じていない。
次の侍女頭はアリシアが公爵家から連れて来る侍女が務めると言われてしまえば猶更である。
アリシアが王太子宮で好き勝手する為に元の侍女頭を辞めさせたのだと噂されていた。
思えばこれもおかしな話である。
エレノアたちは5年も前から集められ、王太子宮の侍女として教育を受けてきた。
アリシアが公爵家から連れてくる侍女はその教育を受けていない。
いくら幼少期からアリシアに仕え、信頼されているからといって、すぐに侍女頭が務まるとは思えない。実際にエレノアの先輩や同僚たちも新しい侍女頭が来る前から反感を持っている。
結果的にその話が実現することはなかった。
公爵家でアリシア付きを務めていた侍女は貴族の出ではなく、連れてくることができなかったのだ。
これにはレイヴンも驚いていた。まさか公爵邸で平民の侍女が雇われているなんて誰も思わないだろう。
ただ後で聞いた話では、公爵邸でアリシア付きだったマリアンという侍女は、公爵家の傍流の家の出ということである。
とにかくこれでわかったことは、アリシアが侍女頭を辞めさせたわけではなく、次の侍女頭を公爵家から連れてくる侍女にするというのもアリシアが望んだことではない、ということだ。
こうして新たな侍女頭は王太子宮にいる侍女から選ばれることとなり、しばらくして「アリシアが信頼しているようだから」と言われてエレノアが選ばれた。
この時エレノアは、その気持ちの種類が何であれ、レイヴンがアリシアを大切にしていることを確信したのだ。
アリシアの身近に仕えるようになると、色々なことがわかるようになった。
アリシアには兄がいて、その兄に溺愛されていること。
兄の前では自然な表情を見せていること。
レイヴンだけではなく、王宮にいる者には例えそれが使用人であっても感情を見せないように努めていること。
それは信用されていないようで哀しいことだった。
だけどアリシアが侍女や使用人に対して理不尽な振る舞いをすることはなく、失敗することがあってもきちんと謝罪をすれば許してくれる。
人を良く見ていて、トラブルがあった時は1人ずつ話を聞いて公平に裁いてくれた。
それは突然侍女頭に任命されたエレノアにとって、とても有難いことだった。
いつの間にか侍女たちはアリシアのことが好きになり、王太子妃になったのがアリシアで良かったと言い合うようになっていた。
気づいたことは他にもある。
夫であるレイヴンは、結婚した後もほとんどアリシアの部屋を訪ねて来ない。
一緒に食事を摂ることもなく、政務以外のことで話しているところを見ることもなかった。一緒の部屋で寝ているが、閨もあまり行われていないようだ。
「あんなに素晴らしい妃殿下のどこが不満なのか」と侍女たちは憤慨し、やはりあの噂は本当なのかと肩を落とす。
学園では、レイヴンが婚約者ではない別の相手を想っていると専らの噂だった。
その相手というのがアリシアの従姉なのだから質が悪い。
その女性は侯爵令嬢でありながら、アリシアの従姉とは思えない程礼儀作法や所作が拙いという。また、侯爵家にも問題があるようだ。
その為、令嬢は下位貴族にすら嘲笑され、陰口を言われている。
レイヴンはそれを許さず、令嬢を悪く言う者を厳しく咎めていたという。
ただレイヴンが自身の立場を忘れることはなく、その令嬢と特別な関係を持つことはなかったようだ。
それでも婚約者には常に形式的な態度を崩さないレイヴンが、その令嬢とは親し気に接している。
レイヴンの気持ちがその令嬢にあることは誰の目にも明らかだった。
エレノアも初めはその噂を信じていた。
だけどいつの間にか疑問を持つようになっている。
アリシアと直接顔を合わせている時は平坦な態度を崩さないレイヴンが、遠くにいるアリシアを切なげな瞳で見つめているのを何度も見かけたからだ。
ただ、それを侍女仲間に話しても信じてくれる者はいなかった。
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