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3章

回想 ~王太子宮の侍女~ 前編

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 エレノアが王太子宮の侍女として採用されたのは、レイヴンとアリシアが結婚する5年前のことだった。
 エレノアが学園を卒業する丁度その年、王太子宮で大規模な使用人の募集があったのだ。
 近づいてきた王太子の結婚に先立って、王太子妃に仕える者を選別・教育するためである。

 子爵家の四女で婚約者もいないエレノアは、自分で生きていく術を見つけるしかない。
 学園では3年間Bクラスを守り切ったエレノアを家庭教師として雇いたいという家はあった。
 だけど家庭教師になってしまえば、王宮に上がれることは二度とない。
 エレノアは迷うことなく王太子宮の侍女になると決めた。

 この時、エレノアは王太子のことも婚約者の公爵令嬢のこともほとんど知らなかった。
 これまでエレノアが王宮へ入ったのはデビュタントの時だけだ。
 エレノアがデビュタントを迎えた時は、王太子はまだ年若く、舞踏会に出席していなかった。
 公爵令嬢が出席するようなお茶会に子爵令嬢のエレノアは招かれないし、年が離れているので学園の在籍期間が重なることもない。
 だからエレノアが知っているのは、学園で高位貴族の令嬢が話していた噂だけである。
 
 ただ噂を聞いている限りでは、2人の仲は良好ではなさそうだった。
 
 2人が人前で争っているところや、険悪な雰囲気になっているところを見た者はいない。
 いつも互いににこやかに接しているし、催しには必ず2人で出席している。
 だけど2人がふざけ合っているところや、同じものを見て笑い合っている姿を見た者もいなかった。
 2人で催しに出席していても、一緒にいるのは初めだけで、すぐに別れて他の相手と過ごしているという。
 
 2人が揉めることはない。
 だけど親しいわけでもない。

 正しく政略結婚の相手、ということである。



 王宮で雇われたといってもすぐに王太子宮に配属されるわけではなかった。
 まずは王妃が住む正殿で侍女としての教育を受ける。
 座学で王宮に務める者としての心得などを教え込まれながら、見習いとして実務を経験していく。
 そうしている内に王太子や公爵令嬢の姿を目にすることもあった。

 王太子であるレイヴンは。金色の髪に青色の目。整った顔立ちの優男だ。
 19歳になるエレノアにとって、14歳のレイヴンは子どもに見えるが、それでも十分すぎるほどの美男子だ。
 対する婚約者のアリシアは栗色の髪、緑色の瞳でその肌は陶磁器の様に白い。
 意志の強い目をした印象的な美人で、2人が並んでいる姿は揃いで誂えた人形のようだった。

 そう、人形のように感情が感じられなかったのだ。
 

 実際に見たレイヴンとアリシアの仲は、噂で聞いていた通りのようだ。
 仕事を教えてくれる先輩の侍女たちもよく2人の仲を噂している。

 アリシアは妃教育の為に毎日王宮へ来ているが、一度もレイヴンの部屋を訪ねたことがないという。
 レイヴンも妃教育を受けるアリシアを訪ねたことがない。
 2人が顔を合わせるのは王妃の部屋に呼ばれた時だけで、その時だけは笑顔で当たり障りのない会話をしているようだ。
 
 レイヴンがアリシアへ贈るのは、お菓子や花といった後に残らないものだけで、それも人に届けさせるだけで自ら公爵邸を訪ねることはない。
 2人でどこかへ遊びに出掛けることもなく、公爵家から不満が寄せられることもなかった。

 結婚前から冷めきった2人に、レイヴンが側妃を迎えるのもすぐだろうと言われていた。




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