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3章

151 視察

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 王国には王家が管理している領地がある。
 普段は派遣された代官が管理をしていてレイヴンは報告書を受け取るだけだが、年に一度代官や役人に不正はないか確認し、領民と親交を深める為に王太子が視察することになっている。
 王領も広く複数の地方がある為、毎年訪れる場所は変わる。
 これまで妃を伴って視察に赴いた王太子はいないが、連れて行ってはいけない決まりがあるわけではない。
 視察に出れは半月からひと月はアリシアと離れることになる。
 アリシアと離れたくないレイヴンは、アリシアも一緒に視察へ行けば良いと閃いたのだ。

 レイヴンはアリシアがジェーンの庭園で話していたことを覚えている。

「幼い頃、大人になって知らない世界へ旅に出るミアに憧れていたと言っていたよね。色んなところへ行ってみたい、だけど私にはもう難しいって。確かに僕たちが外国へ行くのは簡単じゃないけど、国内にもアリシアが知らないところは沢山あるよ。それは僕も同じだけど…。外国もいずれ外交で行くことになると思うけど、その前にまずは王領に行ってみるのはどうかな?」

「私は嬉しいですが、でも…」

 アリシアはチラッとレオナルドの顔を窺った。
 レオナルドは額を押さえ、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。

「これはアリシアの夢を叶える為だけのことじゃない。アリシアは王都の民からの人気が高いけど、それはアリシアが熱心に慈善活動を行い、民と触れ合っているからだ。王都の民はアリシアに馴染みがある。だけど王領の民はそうじゃない」

 アリシアは結婚してから王都を離れたことがない。
 王太子の成婚パレードも見ることができない王領の民は、アリシアを絵姿でしか見たことのない者ばかりだ。
 特に子どものいない今は、王太子妃といえども将来国母になるかはわからない。王領の民がアリシアへ向ける感情は一種冷ややかだ。
 これはマルグリットも経験したことで、王領の民に本当の意味で受け入れられたのは子どもを生んで王妃となり、子どもたちを連れて領地へ避暑へ行くようになってからかもしれない。それでも初めの内は疎外感を感じていたはずだ。

 アリシアにそんな思いをさせたくない。
 子どもがいない今は尚更民衆からの支持を得たいとも思う。
 アリシアの立場を盤石にしたい。
 
 遠目でアリシアの姿を見るだけでもそこに親近感が生まれる。
 その王太子妃が王領の為に何かをしてくれれば、これまで何とも感じていなかったことでも感謝の念を抱くものだ。
 アリシアにしても見たこともない王領の土地や民を漠然と思って施策を練るより、知っている人や場所がある方が気持ちも違ってくるはずだ。互いに利点はある。

 レオナルドもレイヴンの言うことは理解できた。
 
 他家から嫁いできた者が王都の邸を離れず、領地に一度も顔を出さなければ領民から受け入れらないのは貴族の家でも同じことだ。
 次代が当主となり、女主人になったからといってそれだけで領民の支持を得られるわけではない。子どもがいなければ猶更である。

 だが王族は望めばすべてが叶うわけではない。
 王族だからこそ守らなければならない習慣や慣例がある。

 レオナルドは嘆息して問い掛けた。

「妃殿下のお考えはいかがですか?視察に同行したいと思われますか?」

「妃殿下」と呼び掛けるのは兄としての問いではないからだ。

「――行きたいと思います。領地には私でも役に立てること、私の役に立つことがあると思いますわ」

「わかりました。殿下、これまでの慣例にないことです。陛下の許可が必要になります。陛下には殿下から話をして下さいますね」

「勿論だ。陛下には僕から話して必ず許可を得る」

「では詳しい話は陛下の許可が出た後で致しましょう。妃殿下もそれでよろしいですね」

「ええ、ありがとう」

 アリシアはしっかり頷いた。
 その後で笑みが浮かぶ。

 これはアリシアが幼い頃夢見ていたような自由な旅ではない。だけど本来ならアリシアは王宮を出るこさえ難しいのだ。
 レイヴンもレオナルドもアリシアのことを考えて動いてくれる。
 その期待に応えられるよう、王領ではしっかり務めを果たさなければならない。

 話を聞いていたジェーンも嬉しそうに笑みを浮かべていた。
 知らない土地へ旅に出るのは2人で夢見ていたことだ。
 アリシアの望みを叶える為には様々な柵があり、迷惑を掛ける人たちもいる。色んな要因があって手放しで喜ぶことはできない。
 それでも一欠けらでも望みが叶うのなら、同じ夢を見た同志として喜びたいと思った。




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