上 下
283 / 697
3章

137 食事②

しおりを挟む
 暫く抱き合った後、食事をすることにした。
 目が覚めてから少し時間が経ったことで空腹を感じるようになっていたけれど、レイヴンのぬくもりが離れていくことを寂しく感じて7しまう。
 レイヴンもそれは同じだった様で、2人が離れたのは「食事をしよう」と口にしてから随分経ってからだった。

 レイヴンがアリシアに夜着を着せてくれる。
 アリシアが眠っている間に用意されていたようで、そう思えば眠る前より体がさっぱりしている。
 レイヴンが体を拭いてくれたのだと思うと恥ずかしい。
 事後ではあってもエレノアがアリシアの世話を嫌がることはないだろうが、それをしてくれたのがエレノアだとは少しも思わなかった。

「レイヴン様…!」

 アリシアに夜着を着せた後、レイヴンはガウンを着ようと背中を向ける。
 その背中を見たアリシアは悲鳴のような声を上げた。
 レイヴンの背中に幾筋もの赤い傷が見えたのだ。
 左右の肩甲骨の辺りに並んだ傷は誰かに引っかかれた跡に見える。
 間違いなくアリシアがつけたものだった。

「も、申し訳ありません、レイヴン様。私、なんということを…」

 レイヴンの白い背中にくっきりついたその傷は見るからに痛そうだ。
 だけど青くなって狼狽えるアリシアにレイヴンは笑顔を見せた。

「もしかして傷になってる?大丈夫、全然痛くないよ」

「そんなはずがありません。こんな、いくつも、赤くなてしまって…」

 肌が白いだけに痛々しい。

 正直なところ、先程レイヴンに請われるまでレイヴンを抱き締めたことがないなんて気がついていなかった。
 だけどこれまでレイヴンがこんな怪我をしているところは見たことがない。それを思うと、やはりレイヴンの背に腕をまわしたのはあれが初めてだったのだ。

 アリシアは自身の爪を見る。
 レイヴンに怪我を負わせてしまうことなんて、考えたこともなかった。

 レイヴンはそんなアリシアの手を両手でそっと包み込む。
 
「本当になんともないんだ。…ううん、本当はちょっと痛いよ。だけど嬉しいんだ。傷があるのはアリシアが抱き締めてくれた証だから。本当にアリシアに抱き締められたんだって実感することができる。傷が痛む度にアリシアに抱き締められた感触を思い出すことが出来てすごく嬉しい。だから本当に気にしないで」

 そう言って笑うとレイヴンはアリシアの唇にちゅっと口づけた。
 これでこの話は終わり、ということのようだ。

 また背中を向けてガウンを纏おうとするレイヴンの背中へアリシアは手を伸ばした。
 そっと傷に触れる。
 動きを止めたレイヴンの背中へアリシアは口づけた。

「アリシアっ?!」

 レイヴンが慌てた声を出す。

 レイヴンを抱き締めたことがなかっただけではない。
 これまでアリシアがレイヴンの肌へ触れたことはほとんどなかった。
 
 アリシアは王太子妃だから、レイヴンから閨を求められれば応えるのが義務だった。
 だけど形式的な関係だから、王太子殿下の肌に触れるのは不敬の様な気がしていた。

 アリシアは嫁ぐ前、最後の妃教育として「閨では従順に、王太子殿下のなさることに従いなさい」と教えられていた。 
 初夜を迎えても詳しい作法がわからないアリシアは、レイヴンから許可されるまで触れない方が良いと思った。
 だけどレイヴンから許可が出ることはなく、いつの間にか許可を待っていたことさえ忘れて、それが無意識の習慣となっていたのだ。
 本当は初めから許可などいらなかったのだろう。
 
 
 アリシアはいくつもある傷へ、痛くないようにそっと口づける。
 口づける度に「痛みませんように」、「早く治りますように」と祈りを籠める。

 アリシアが肩を鞭で打たれたと知った後、レイヴンはアリシアの肩へ何度も口づけるようになった。
 アリシアの怪我は既に治っているけれど、怪我のあとに何度も口づけるレイヴンの気持ちがわかる様な気がした。
 

「アリシア、ごめん、ちょっと待って…」

 レイヴンの背中へ夢中で口づけていたアリシアは、レイヴンの声にハッとなった。
 振り向いたレイヴンは苦しそうに見える。

 痛かったのかと慌てるアリシアに、レイヴンは申し訳なさそうな、情けないような表情を見せた。

「アリシアが口づけてくれるのはすごく嬉しいけど、このままじゃ食事ができなくなる…」

 目を伏せたレイヴンの視線を追うと、下着をつけたそこが大きく膨らんでいた。
 アリシアの顔が赤く染まった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

👨一人声劇台本【日替わり彼氏シリーズ】(全7作)

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
月曜~日曜まで曜日のイメージから一話1分半ほどで読める短いシチュエーション台本を書いてみました。 あなたが付き合うならどんな男性がお好みですか? 月曜:人懐っこい 火曜:積極的 水曜:年上 木曜:優しい 金曜:俺様 土曜:年下、可愛い、あざとい 日曜:セクシー ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

物語のようにはいかない

わらびもち
恋愛
 転生したら「お前を愛することはない」と夫に向かって言ってしまった『妻』だった。  そう、言われる方ではなく『言う』方。  しかも言ってしまってから一年は経過している。  そして案の定、夫婦関係はもうキンキンに冷え切っていた。  え? これ、どうやって関係を修復したらいいの?  いや、そもそも修復可能なの?   発言直後ならまだしも、一年も経っているのに今更仲直りとか無理じゃない?  せめて失言『前』に転生していればよかったのに!  自分が言われた側なら、初夜でこんな阿呆な事を言う相手と夫婦関係を続けるなど無理だ。諦めて夫に離婚を申し出たのだが、彼は婚姻継続を望んだ。  夫が望むならと婚姻継続を受け入れたレイチェル。これから少しずつでも仲を改善出来たらいいなと希望を持つのだが、現実はそう上手くいかなかった……。

高嶺の花

鳫葉あん
BL
若く端正な恋人に童貞処女だとバレたくなかった受けが自己開発して経験ありますアピして面倒なことになった話。または年上の恋人に切り捨てられそうになった青年がキレて調教した話。

【完結】結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが

Rohdea
恋愛
結婚式の当日、花婿となる人は式には来ませんでした─── 伯爵家の次女のセアラは、結婚式を控えて幸せな気持ちで過ごしていた。 しかし結婚式当日、夫になるはずの婚約者マイルズは式には現れず、 さらに同時にセアラの二歳年上の姉、シビルも行方知れずに。 どうやら、二人は駆け落ちをしたらしい。 そんな婚約者と姉の二人に裏切られ惨めに捨てられたセアラの前に現れたのは、 シビルの婚約者で、冷酷だの薄情だのと聞かされていた侯爵令息ジョエル。 身勝手に消えた姉の代わりとして、 セアラはジョエルと新たに婚約を結ぶことになってしまう。 そして一方、駆け落ちしたというマイルズとシビル。 二人の思惑は───……

【完結】11私は愛されていなかったの?

華蓮
恋愛
アリシアはアルキロードの家に嫁ぐ予定だったけど、ある会話を聞いて、アルキロードを支える自信がなくなった。

夫と妹に裏切られて全てを失った私は、辺境地に住む優しい彼に出逢い、沢山の愛を貰いながら居場所を取り戻す

夏目萌
恋愛
レノアール地方にある海を隔てた二つの大国、ルビナとセネルは昔から敵対国家として存在していたけれど、この度、セネルの方から各国の繁栄の為に和平条約を結びたいと申し出があった。 それというのも、セネルの世継ぎであるシューベルトがルビナの第二王女、リリナに一目惚れした事がきっかけだった。 しかしリリナは母親に溺愛されている事、シューベルトは女好きのクズ王子と噂されている事から嫁がせたくない王妃は義理の娘で第一王女のエリスに嫁ぐよう命令する。 リリナには好きな時に会えるという条件付きで結婚に応じたシューベルトは当然エリスに見向きもせず、エリスは味方の居ない敵国で孤独な結婚生活を送る事になってしまう。 そして、結婚生活から半年程経ったある日、シューベルトとリリナが話をしている場に偶然居合わせ、実はこの結婚が自分を陥れるものだったと知ってしまい、殺されかける。 何とか逃げる事に成功したエリスはひたすら逃げ続け、力尽きて森の中で生き倒れているところを一人の男に助けられた。 その男――ギルバートとの出逢いがエリスの運命を大きく変え、全てを奪われたエリスの幸せを取り戻す為に全面協力を誓うのだけど、そんなギルバートには誰にも言えない秘密があった。 果たして、その秘密とは? そして、エリスとの出逢いは偶然だったのか、それとも……。 これは全てを奪われた姫が辺境地に住む謎の男に溺愛されながら自分を陥れた者たちに復讐をして居場所を取り戻す、成り上がりラブストーリー。 ※ ファンタジーは苦手分野なので練習で書いてます。設定等受け入れられない場合はすみません。 ※他サイト様にも掲載中。

あなたへの初恋は胸に秘めます…だから、これ以上嫌いにならないで欲しいのです──。

櫻坂 真紀
BL
幼い頃は、天使の様に可愛らしかった俺。 でも成長した今の俺に、その面影はない。 そのせいで、初恋の人にあの時の俺だと分かって貰えず……それどころか、彼は他の男を傍に置き……? あなたへの初恋は、この胸に秘めます。 だから、これ以上嫌いにならないで欲しいのです──。 ※このお話はタグにもあるように、攻め以外との行為があります。それが苦手な方はご注意下さい(その回には!を付けてあります)。 ※24話で本編完結しました(※が二人のR18回です)。 ※番外編として、メインCP以外(金子さんと東さん)の話があり、こちらは13話完結です。R18回には※が付いてます。

男子校的教師と生徒の恋愛事情

蒼月さわ
BL
男子校教師副島一成は、入学して一ヶ月しか経っていない教え子の桐枝伝馬から告白される。 それに対する返答はストレートパンチだった…… 男子校を舞台に、個性的な教師や生徒たちがわちゃわちゃと入り乱れ、毎日が賑やかに展開する。 その中で、告白し告白された伝馬と一成はどうなっていくのか。 体育系の猪突猛進な生徒×男前な三白眼の教師。

処理中です...