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3章

131 レイとシア②

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「あ、あのお店…」
 
 中央通りの半ばまで来たところでアリシアが足を止めた。
 視線の先には一軒のカフェがある。人気のある店のようで、若い女性が数人並んでいた。

「あそこが気になる?」

 ここまで色んな店を見て来たが、レイヴンに連れられるまま見ているだけでアリシアから「このお店が見たい」ということはなかった。
 レイヴンはアリシアとカフェへ行くのを楽しみにしていたが、そういった場面に憧れていただけで決まった店があるわけではない。
 アリシアが気になる店があるのならそこへ行くのが一番だ。

「…以前あのお店のケーキをいただいたことがあるの。王都で人気と言っていたけど、本当に人気なのね」

 並んでいる人の数は多くないが、平日の昼間である。
 それでも並ぶ人がいるのだから本当に美味しいケーキを揃えているのだろう。

「それじゃああのお店に行こう。あれくらいの人ならそんなに待たなくても良いと思うよ」

「え?!」

 アリシアの手を引いて歩きだすレイヴンに、アリシアは驚いた。
 まさかレイヴンが列に並ぼうとするとは思わなったのだ。
 だけどレイヴンにとってはそれも新鮮な体験であり、良い思い出になる。
 
 2人が店に近づくと並んでいた女性たちがこちらへ視線を向けた。
 彼女たちは近づいてくる人影に目を向けただけで特別な理由はないはずだ。
 それなのにレイヴンを見て釘付けになった。
 そんな女性たちの様子にアリシアは正体がバレたのかとヒヤリとしたが、どうやらそうではないらしい。

 レイヴンはアリシアから見ても端正な顔立ちをしていると思う。
 今日はラフな格好をしているが、そのせいで程よく筋肉がついて均整の取れた体のラインが良くわかる。
 レイヴンの動きに合わせて女性たちの視線も動く。
 要するに彼女たちはレイヴンに見惚れているのだ。

 それに気がついた時、アリシアはまたモヤモヤとした嫌な気持ちになった。
 これはキャロルに感じていたのと同じ気持ちである。
 ジェーンはこれを嫉妬だと言う。
 それならアリシアは、名前も知らない女性たちに嫉妬しているのだろうか。

「シア?どうしたの?」

 アリシアの耳元でレイヴンの声がした。
 顔を上げると心配そうな表情のレイヴンがアリシアを見つめている。
 その近い距離に周りの女性から小さな悲鳴のような声が上がった。
 元々2人は手を繋いでいるのだから、恋人か夫婦なのだとわかっているはずだ。

「なんでもないわ」

 そう答えながらアリシアは一歩レイヴンに近づいた。
 近い距離が更に縮まる。抱き合うようなことはないが、ほとんど体が触れ合うような距離だった。
 
 距離を詰めた2人を見て女性たちが友人同士できゃあきゃあと囁き合っている。
 すぐ近くにいるのだから当然レイヴンにも聞こえているはずだ。
 アリシアは見せつけるようなことをしたことが急に恥ずかしくなった。だけど離れたくはない。


 レイヴンはアリシアの沈んだ様子が気になっていた。
 慣れない街歩きで疲れたのかと不安になる。
 たとえ疲れていたとしてもアリシアがそれを口にすることはない。アリシアが口にする時は限界を迎えた時だ。並んだのは失敗だったかもしれない。

「ここは止めて違うお店にしよう」
 周りの声が聞こえたのは、そう言い掛けた時だった。
 アリシアしか見ていないレイヴンは、それまで自分を見ている女性がいることにも気がついていなかった。その声に気がついたのも、アリシアの様子が気になるレイヴンが「煩いな」と思ったからである。

――もしかして妬いてくれている?

 そう思えばアリシアとの距離が近い。距離を詰めたのはアリシアの方だ。
 いつもであれば人前でこんなにも近づくことはない。

 気がついた可能性にレイヴンの胸が躍った。
 これまではレイヴンが妬くばかりで、アリシアがそんな感情を見せてくれたことはない。
 アリシアが妬いてくれる日が来るなんて思ってもみなかった。

 レイヴンは改めてアリシアの様子を窺う。
 レイヴンの胸に顔を埋めるようにしているが、赤く染まった頬を隠しきれていない。
 その表情は具合が悪そうにはみえず、嫉妬したことや独占欲を出したことを恥ずかしがっているようだ。
 そう思うと可愛くて目を離すことが出来ない。

 暫くするとアリシアもじっと見つめるレイヴンの視線に気がついたようだ。
  
「あの…、なんで見ているの?」

「シアが可愛いだからよ」

 レイヴンを見上げるアリシアの髪を撫でる。
 サラサラとした感触が気持ちいい。
 
「…そんなのおかしいわ」

 アリシアが恥ずかし気に瞳を伏せる。
 レイヴンは髪を撫でる振りをしてアリシアを抱き寄せた。
 
 もう周りの声は聞こえなかった。





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