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3章

130 レイとシア①

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 レイヴンとアリシアは紋章のない質素な馬車で街へ向かった。
 護衛の兵をつけることが出来ないので御者台に御者に扮した騎士が2人乗っている。
 少し離れた後ろに同じような馬車が走っている。時々すれ違う馬車もいる。
 それらはすべて2人を護衛している騎士である。
 
 
 街に着くと中央通りの手前で馬車が止まった。
 ここからは歩いていく。
 レイヴンはアリシアと指を絡めて手を繋ぐと歩き出した。
 アリシアは最初躊躇いを見せていたが、平民に扮しているから大丈夫だとレイヴンが言い聞かせると黙って頷いた。
 頬を染めて俯き加減でついてくるアリシアが可愛くてレイヴンはご満悦である。

「どこか行きたいところはある?」

 レイヴンが訊くとアリシアは首を振る。

「街へはほとんど来たことがなくて…。どんなお店があるのかわかりません」

 アリシアは学生時代も多忙だった。
 妃教育は週に3日程と減っていたけれど、レイヴンのパートナーとして夜会や晩餐会に顔を出すことが多かった。
 予定がない時は急いで邸へ帰ってジェーンと一緒に勉強をした。
 ジェーンと共に過ごせる貴重な時間だったのだ。

「僕もほとんど来たことがないんだ。それじゃあどんなお店があるのか見ながらまわろうか」

 学園では婚約者同士だけではなく、仲の良い級友と街へ出掛けている者もいた。
 だけどアリシアとのデートを夢見ていたレイヴンは、アリシア以外の者と街へ出たいとは思わなかったのだ。
 結果的に街へは視察でしか来たことがない。視察で来る時は立ち寄る場所が予め決められているので、迷うことも楽しいこともない。

 アリシアを楽しませたいレイヴンは、どんなお店があるのか前日に下見に行きたいと言ったのだが、それを聞いていたレオナルドに盛大に怒られた。
 この忙しい時に2日も警備をまわす余裕はない、余計な手間と責任を負わされる騎士のことも考えろという、至極真っ当な叱責だった。 

 俯くレイヴンにレオナルドが教えてくれたのがこの中央通りである。

 街の中央にあるだけに人通りも多くて活気が溢れている。
 人気の店はこの通りに集中していて治安も良い通りだ。
 街の警備団も巡回しているし、平民に扮した騎士を紛れさせ易い。
 「充分楽しめるからこの通りから出るな」というレオナルドの声が聞こえた気がした。

 手を繋いで歩きながら、1つずつ店を見ていく。
 1つの通りといっても色んな種類の店がある。
 呼び込みをする女性や走ってくる子供たち。
 普段は王宮に商人を呼んで買い物をする2人にとって見るものすべてが新鮮だった。

 レイヴンはどんな店でも覗いて気さくに店主と言葉を交わす。
 アリシアは気が引けてしまって中々思うように話すことができない。

 ある雑貨屋でレイヴンはガラス細工の置き物に目を止めた。
 リスや兎といった小動物から犬や猫もある。

「シアはどれが好き?」

「わたく…わたしは猫が好きだわ」

 正体がバレない様に今日だけ呼び方や話し方を変えている。慣れない話し方にアリシアは先程から言い直してばかりだ。
 アリシアのたどたどしい話し方にレイヴンの頬が緩む。順応力は高いはずなのに、照れや遠慮があるのだろう。

 レイヴンは青色の首輪と緑色の首輪をしている猫の置き物を2つ買った。 


「新鮮な西瓜スイカの果実水だよ。試してみな」

 雑貨屋を出て少し歩くと屋台の人に声を掛けられた。
 小さな紙コップに果実水が入れられている。
 先にいた客が軽く頷く。平民に扮した騎士で、毒見済みという合図である。

 2人は薦められた果実水を飲んでみた。
 王宮で出される果実水とは違って調味されていない素朴な西瓜スイカの味がする。

「美味しい」

「うん、美味しいね」

 暑い季節で乾いた喉に丁度いい。
 2人は目を合わせて微笑み合うと果実水を買うことにした。

「落とさないように気をつけて持ちなよ」

「はい、ありがとう」

 屋台の女性にお礼を言ってアリシアが笑顔で受け取る。

 アリシアは話し方を変えているけれど、品の良い仕草に貴族のお忍びだと気づかれているようだ。
 元から貴族の学生が訪れる街なので街の人も身分を隠した貴族に慣れている。
 何かを飲みながら歩くのは初めてのアリシアは人目を少し気にしているが、おかしな目で見る者はいない。

 2人は果実水を飲みながらまた手を繋いで歩き出した。



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