276 / 697
3章
130 レイとシア①
しおりを挟む
レイヴンとアリシアは紋章のない質素な馬車で街へ向かった。
護衛の兵をつけることが出来ないので御者台に御者に扮した騎士が2人乗っている。
少し離れた後ろに同じような馬車が走っている。時々すれ違う馬車もいる。
それらはすべて2人を護衛している騎士である。
街に着くと中央通りの手前で馬車が止まった。
ここからは歩いていく。
レイヴンはアリシアと指を絡めて手を繋ぐと歩き出した。
アリシアは最初躊躇いを見せていたが、平民に扮しているから大丈夫だとレイヴンが言い聞かせると黙って頷いた。
頬を染めて俯き加減でついてくるアリシアが可愛くてレイヴンはご満悦である。
「どこか行きたいところはある?」
レイヴンが訊くとアリシアは首を振る。
「街へはほとんど来たことがなくて…。どんなお店があるのかわかりません」
アリシアは学生時代も多忙だった。
妃教育は週に3日程と減っていたけれど、レイヴンのパートナーとして夜会や晩餐会に顔を出すことが多かった。
予定がない時は急いで邸へ帰ってジェーンと一緒に勉強をした。
ジェーンと共に過ごせる貴重な時間だったのだ。
「僕もほとんど来たことがないんだ。それじゃあどんなお店があるのか見ながらまわろうか」
学園では婚約者同士だけではなく、仲の良い級友と街へ出掛けている者もいた。
だけどアリシアとのデートを夢見ていたレイヴンは、アリシア以外の者と街へ出たいとは思わなかったのだ。
結果的に街へは視察でしか来たことがない。視察で来る時は立ち寄る場所が予め決められているので、迷うことも楽しいこともない。
アリシアを楽しませたいレイヴンは、どんなお店があるのか前日に下見に行きたいと言ったのだが、それを聞いていたレオナルドに盛大に怒られた。
この忙しい時に2日も警備をまわす余裕はない、余計な手間と責任を負わされる騎士のことも考えろという、至極真っ当な叱責だった。
俯くレイヴンにレオナルドが教えてくれたのがこの中央通りである。
街の中央にあるだけに人通りも多くて活気が溢れている。
人気の店はこの通りに集中していて治安も良い通りだ。
街の警備団も巡回しているし、平民に扮した騎士を紛れさせ易い。
「充分楽しめるからこの通りから出るな」というレオナルドの声が聞こえた気がした。
手を繋いで歩きながら、1つずつ店を見ていく。
1つの通りといっても色んな種類の店がある。
呼び込みをする女性や走ってくる子供たち。
普段は王宮に商人を呼んで買い物をする2人にとって見るものすべてが新鮮だった。
レイヴンはどんな店でも覗いて気さくに店主と言葉を交わす。
アリシアは気が引けてしまって中々思うように話すことができない。
ある雑貨屋でレイヴンはガラス細工の置き物に目を止めた。
リスや兎といった小動物から犬や猫もある。
「シアはどれが好き?」
「わたく…わたしは猫が好きだわ」
正体がバレない様に今日だけ呼び方や話し方を変えている。慣れない話し方にアリシアは先程から言い直してばかりだ。
アリシアのたどたどしい話し方にレイヴンの頬が緩む。順応力は高いはずなのに、照れや遠慮があるのだろう。
レイヴンは青色の首輪と緑色の首輪をしている猫の置き物を2つ買った。
「新鮮な西瓜の果実水だよ。試してみな」
雑貨屋を出て少し歩くと屋台の人に声を掛けられた。
小さな紙コップに果実水が入れられている。
先にいた客が軽く頷く。平民に扮した騎士で、毒見済みという合図である。
2人は薦められた果実水を飲んでみた。
王宮で出される果実水とは違って調味されていない素朴な西瓜の味がする。
「美味しい」
「うん、美味しいね」
暑い季節で乾いた喉に丁度いい。
2人は目を合わせて微笑み合うと果実水を買うことにした。
「落とさないように気をつけて持ちなよ」
「はい、ありがとう」
屋台の女性にお礼を言ってアリシアが笑顔で受け取る。
アリシアは話し方を変えているけれど、品の良い仕草に貴族のお忍びだと気づかれているようだ。
元から貴族の学生が訪れる街なので街の人も身分を隠した貴族に慣れている。
何かを飲みながら歩くのは初めてのアリシアは人目を少し気にしているが、おかしな目で見る者はいない。
2人は果実水を飲みながらまた手を繋いで歩き出した。
護衛の兵をつけることが出来ないので御者台に御者に扮した騎士が2人乗っている。
少し離れた後ろに同じような馬車が走っている。時々すれ違う馬車もいる。
それらはすべて2人を護衛している騎士である。
街に着くと中央通りの手前で馬車が止まった。
ここからは歩いていく。
レイヴンはアリシアと指を絡めて手を繋ぐと歩き出した。
アリシアは最初躊躇いを見せていたが、平民に扮しているから大丈夫だとレイヴンが言い聞かせると黙って頷いた。
頬を染めて俯き加減でついてくるアリシアが可愛くてレイヴンはご満悦である。
「どこか行きたいところはある?」
レイヴンが訊くとアリシアは首を振る。
「街へはほとんど来たことがなくて…。どんなお店があるのかわかりません」
アリシアは学生時代も多忙だった。
妃教育は週に3日程と減っていたけれど、レイヴンのパートナーとして夜会や晩餐会に顔を出すことが多かった。
予定がない時は急いで邸へ帰ってジェーンと一緒に勉強をした。
ジェーンと共に過ごせる貴重な時間だったのだ。
「僕もほとんど来たことがないんだ。それじゃあどんなお店があるのか見ながらまわろうか」
学園では婚約者同士だけではなく、仲の良い級友と街へ出掛けている者もいた。
だけどアリシアとのデートを夢見ていたレイヴンは、アリシア以外の者と街へ出たいとは思わなかったのだ。
結果的に街へは視察でしか来たことがない。視察で来る時は立ち寄る場所が予め決められているので、迷うことも楽しいこともない。
アリシアを楽しませたいレイヴンは、どんなお店があるのか前日に下見に行きたいと言ったのだが、それを聞いていたレオナルドに盛大に怒られた。
この忙しい時に2日も警備をまわす余裕はない、余計な手間と責任を負わされる騎士のことも考えろという、至極真っ当な叱責だった。
俯くレイヴンにレオナルドが教えてくれたのがこの中央通りである。
街の中央にあるだけに人通りも多くて活気が溢れている。
人気の店はこの通りに集中していて治安も良い通りだ。
街の警備団も巡回しているし、平民に扮した騎士を紛れさせ易い。
「充分楽しめるからこの通りから出るな」というレオナルドの声が聞こえた気がした。
手を繋いで歩きながら、1つずつ店を見ていく。
1つの通りといっても色んな種類の店がある。
呼び込みをする女性や走ってくる子供たち。
普段は王宮に商人を呼んで買い物をする2人にとって見るものすべてが新鮮だった。
レイヴンはどんな店でも覗いて気さくに店主と言葉を交わす。
アリシアは気が引けてしまって中々思うように話すことができない。
ある雑貨屋でレイヴンはガラス細工の置き物に目を止めた。
リスや兎といった小動物から犬や猫もある。
「シアはどれが好き?」
「わたく…わたしは猫が好きだわ」
正体がバレない様に今日だけ呼び方や話し方を変えている。慣れない話し方にアリシアは先程から言い直してばかりだ。
アリシアのたどたどしい話し方にレイヴンの頬が緩む。順応力は高いはずなのに、照れや遠慮があるのだろう。
レイヴンは青色の首輪と緑色の首輪をしている猫の置き物を2つ買った。
「新鮮な西瓜の果実水だよ。試してみな」
雑貨屋を出て少し歩くと屋台の人に声を掛けられた。
小さな紙コップに果実水が入れられている。
先にいた客が軽く頷く。平民に扮した騎士で、毒見済みという合図である。
2人は薦められた果実水を飲んでみた。
王宮で出される果実水とは違って調味されていない素朴な西瓜の味がする。
「美味しい」
「うん、美味しいね」
暑い季節で乾いた喉に丁度いい。
2人は目を合わせて微笑み合うと果実水を買うことにした。
「落とさないように気をつけて持ちなよ」
「はい、ありがとう」
屋台の女性にお礼を言ってアリシアが笑顔で受け取る。
アリシアは話し方を変えているけれど、品の良い仕草に貴族のお忍びだと気づかれているようだ。
元から貴族の学生が訪れる街なので街の人も身分を隠した貴族に慣れている。
何かを飲みながら歩くのは初めてのアリシアは人目を少し気にしているが、おかしな目で見る者はいない。
2人は果実水を飲みながらまた手を繋いで歩き出した。
0
お気に入りに追加
1,726
あなたにおすすめの小説
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
絶倫彼は私を離さない~あぁ、私は貴方の虜で快楽に堕ちる~
一ノ瀬 彩音
恋愛
私の彼氏は絶倫で、毎日愛されていく私は、すっかり彼の虜になってしまうのですが
そんな彼が大好きなのです。
今日も可愛がられている私は、意地悪な彼氏に愛され続けていき、
次第に染め上げられてしまうのですが……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました
せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜
神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。
舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。
専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。
そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。
さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。
その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。
海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。
会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。
一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。
再会の日は……。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる