242 / 697
3章
96 夜会へ
しおりを挟む
クラーク伯爵の邸へ向けて馬車が走っていく。
アリシアの隣に座ったレイヴンは、上機嫌でアリシアの手を握っている。
出発する前にひと悶着あった。
美しく着飾ったアリシアに見惚れていたレイヴンが、「行きたくない」と言い出したのだ。
「レイヴン様?」
「こんな美しいアリシアを見たら、男は絶対アリシアを好きになる。誰にも見せたくない」
そう言ってアリシアの肩口に顔を埋めたレイヴンは「イヤイヤ」と首を振る。
だけどレイヴンは、紅が乱れるからと唇に口づけをしない。
ドレスが皴になるからぎゅっと抱き締めることもない。
この夜会に出ることの重要性を知っているレイヴンが、本当に出席を取りやめることなどないのだ。
以前のアリシアであれば、本当に欠席するつもりもないのに何故そんな意味のないことを言うのだろうと、理解できなかったはずだ。
だけど今は少しわかる気がしている。
レイヴンを想っているキャロルが、レイヴンに会いに来ていた。
キャロルの一方的な想いだと知っているのに、アリシアはもやもやした嫌な気持ちを止めることが出来なかった。
あの時の気持ちをまだ鮮明に覚えているアリシアは、好意を持つ者を近づけたくないというレイヴンの気持ちを想像できるのだ。
「誰かが私を好きになったとしても、私はレイヴン様のものですわ」
レイヴンの背を宥める様に撫でながらアリシアがそう言うと、レイヴンが弾かれた様に顔を上げた。
レイヴンは何度もそう言ってきたけれど、アリシアが自身をレイヴンのものだと口にするのは初めてだ。
「レイヴン様?」
顔を上げたまま動きを止めたレイヴンの顔をアリシアが窺う。
そんなことを言われたら、本当にこのままどこへも行かずに寝室へ閉じ込めたい。
夜の時間を一緒に過ごすのは久しぶりなのだ。
だけど今日はどうしてもそうする訳にはいかない。
レイヴンは低く唸った後、アリシアの額に額を合わせた。
「会場ではずっと僕の傍にいて。絶対1人になっちゃ駄目だよ」
「…わかりましたわ」
アリシアが答えると、レイヴンは渋々体を離した。
唇に口づけることはできないので頬に口づける。
馬車までの道は手を繋いで歩いた。
レイヴンはその時からずっと幸せそうな顔をしている。
伯爵邸に着き、2人が広間へ入ると一瞬の静寂の後ざわめきが起きた。
レイヴンはアリシアへ集まる男性の視線にすぐに気がつく。
アリシアは自分の容姿に無頓着だが、贔屓目でなくとも美しい。幼い頃からアリシアに想いを寄せいている男は大勢いたのだ。
「レイヴン様?」
内心苛立つレイヴンにアリシアが声を掛ける。
馬車を降りた時から2人は完璧な王太子と王太子妃の顔になっているが、アリシアは随分とレイヴンの表情が読めるようになってきた。
レイヴンはそれを嬉しく思うけれど、アリシアに心配を掛けたくはない。
小声で「大丈夫だよ」と囁くと、蕩けるような笑顔を見せた。公の場であっても夫婦なのだから、これくらいは許容範囲だ。
アリシアへ向けられたレイヴンの笑顔に、黄色い悲鳴と息を飲む音が聞こえる。
レイヴンに応えるアリシアも、以前に比べて随分と視線が柔らかく、優しくなっている。
その様子を見ていた者たちは、最近商人を通じて入ってきた噂が正しかったのだと頷いた。
表面的な夫婦だったはずの2人は、いつの間にか想い合うようになっているのだ。
勿論その光景を苦々しく見ている者たちもいる。
娘をレイヴンの側妃にすることを諦めていない者たちだ。
ただ彼らは同じく娘を側妃にしようと目論んでいた者たちが、少しずつ潰されていることに気がついている。
今は大人しくしているべきだと、眼を逸らした。
レイヴンとアリシアが挨拶を受けながら広間を進んでいくと、すぐに主催者であるクラーク伯爵が夫人を連れて現れた。
2人を囲んでいた者たちが伯爵夫妻の為に道を空ける。
レイヴンとアリシアは笑顔で伯爵夫妻から歓迎の挨拶を受けた。
クラーク伯爵はこれまで目立った働きのある人物ではない。
だけどこれからはレイヴンの望みを叶える為に、重要な役割を担ってもらわなければならない。
レイヴンが緊張した面持ちの伯爵夫妻とにこやかに言葉を交わしていると、それだけで参加者たちが伯爵へ向ける眼差しが変っていく。
これでここへ来た一番の目的は果たしたことになる。
夜会には他にも法案の作成に携わっている人物が出席しているので、彼らにも声を掛けなければならない。
伯爵から数人の縁戚を紹介された後、レイヴンはアリシアを連れて伯爵夫妻の傍を離れた。
目当ての人物に一通り声を掛け終えると、レイヴンはアリシアをダンスに誘った。
見つめ合って踊る2人の優美な姿に、居合わせた者たちは感嘆の溜息を漏らす。レイヴンにとっては至福の時だ。
周囲の注目を集めたまま、2人は数曲踊り続けた。
アリシアの隣に座ったレイヴンは、上機嫌でアリシアの手を握っている。
出発する前にひと悶着あった。
美しく着飾ったアリシアに見惚れていたレイヴンが、「行きたくない」と言い出したのだ。
「レイヴン様?」
「こんな美しいアリシアを見たら、男は絶対アリシアを好きになる。誰にも見せたくない」
そう言ってアリシアの肩口に顔を埋めたレイヴンは「イヤイヤ」と首を振る。
だけどレイヴンは、紅が乱れるからと唇に口づけをしない。
ドレスが皴になるからぎゅっと抱き締めることもない。
この夜会に出ることの重要性を知っているレイヴンが、本当に出席を取りやめることなどないのだ。
以前のアリシアであれば、本当に欠席するつもりもないのに何故そんな意味のないことを言うのだろうと、理解できなかったはずだ。
だけど今は少しわかる気がしている。
レイヴンを想っているキャロルが、レイヴンに会いに来ていた。
キャロルの一方的な想いだと知っているのに、アリシアはもやもやした嫌な気持ちを止めることが出来なかった。
あの時の気持ちをまだ鮮明に覚えているアリシアは、好意を持つ者を近づけたくないというレイヴンの気持ちを想像できるのだ。
「誰かが私を好きになったとしても、私はレイヴン様のものですわ」
レイヴンの背を宥める様に撫でながらアリシアがそう言うと、レイヴンが弾かれた様に顔を上げた。
レイヴンは何度もそう言ってきたけれど、アリシアが自身をレイヴンのものだと口にするのは初めてだ。
「レイヴン様?」
顔を上げたまま動きを止めたレイヴンの顔をアリシアが窺う。
そんなことを言われたら、本当にこのままどこへも行かずに寝室へ閉じ込めたい。
夜の時間を一緒に過ごすのは久しぶりなのだ。
だけど今日はどうしてもそうする訳にはいかない。
レイヴンは低く唸った後、アリシアの額に額を合わせた。
「会場ではずっと僕の傍にいて。絶対1人になっちゃ駄目だよ」
「…わかりましたわ」
アリシアが答えると、レイヴンは渋々体を離した。
唇に口づけることはできないので頬に口づける。
馬車までの道は手を繋いで歩いた。
レイヴンはその時からずっと幸せそうな顔をしている。
伯爵邸に着き、2人が広間へ入ると一瞬の静寂の後ざわめきが起きた。
レイヴンはアリシアへ集まる男性の視線にすぐに気がつく。
アリシアは自分の容姿に無頓着だが、贔屓目でなくとも美しい。幼い頃からアリシアに想いを寄せいている男は大勢いたのだ。
「レイヴン様?」
内心苛立つレイヴンにアリシアが声を掛ける。
馬車を降りた時から2人は完璧な王太子と王太子妃の顔になっているが、アリシアは随分とレイヴンの表情が読めるようになってきた。
レイヴンはそれを嬉しく思うけれど、アリシアに心配を掛けたくはない。
小声で「大丈夫だよ」と囁くと、蕩けるような笑顔を見せた。公の場であっても夫婦なのだから、これくらいは許容範囲だ。
アリシアへ向けられたレイヴンの笑顔に、黄色い悲鳴と息を飲む音が聞こえる。
レイヴンに応えるアリシアも、以前に比べて随分と視線が柔らかく、優しくなっている。
その様子を見ていた者たちは、最近商人を通じて入ってきた噂が正しかったのだと頷いた。
表面的な夫婦だったはずの2人は、いつの間にか想い合うようになっているのだ。
勿論その光景を苦々しく見ている者たちもいる。
娘をレイヴンの側妃にすることを諦めていない者たちだ。
ただ彼らは同じく娘を側妃にしようと目論んでいた者たちが、少しずつ潰されていることに気がついている。
今は大人しくしているべきだと、眼を逸らした。
レイヴンとアリシアが挨拶を受けながら広間を進んでいくと、すぐに主催者であるクラーク伯爵が夫人を連れて現れた。
2人を囲んでいた者たちが伯爵夫妻の為に道を空ける。
レイヴンとアリシアは笑顔で伯爵夫妻から歓迎の挨拶を受けた。
クラーク伯爵はこれまで目立った働きのある人物ではない。
だけどこれからはレイヴンの望みを叶える為に、重要な役割を担ってもらわなければならない。
レイヴンが緊張した面持ちの伯爵夫妻とにこやかに言葉を交わしていると、それだけで参加者たちが伯爵へ向ける眼差しが変っていく。
これでここへ来た一番の目的は果たしたことになる。
夜会には他にも法案の作成に携わっている人物が出席しているので、彼らにも声を掛けなければならない。
伯爵から数人の縁戚を紹介された後、レイヴンはアリシアを連れて伯爵夫妻の傍を離れた。
目当ての人物に一通り声を掛け終えると、レイヴンはアリシアをダンスに誘った。
見つめ合って踊る2人の優美な姿に、居合わせた者たちは感嘆の溜息を漏らす。レイヴンにとっては至福の時だ。
周囲の注目を集めたまま、2人は数曲踊り続けた。
0
お気に入りに追加
1,724
あなたにおすすめの小説
👨一人声劇台本【日替わり彼氏シリーズ】(全7作)
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
月曜~日曜まで曜日のイメージから一話1分半ほどで読める短いシチュエーション台本を書いてみました。
あなたが付き合うならどんな男性がお好みですか?
月曜:人懐っこい
火曜:積極的
水曜:年上
木曜:優しい
金曜:俺様
土曜:年下、可愛い、あざとい
日曜:セクシー
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。
物語のようにはいかない
わらびもち
恋愛
転生したら「お前を愛することはない」と夫に向かって言ってしまった『妻』だった。
そう、言われる方ではなく『言う』方。
しかも言ってしまってから一年は経過している。
そして案の定、夫婦関係はもうキンキンに冷え切っていた。
え? これ、どうやって関係を修復したらいいの?
いや、そもそも修復可能なの?
発言直後ならまだしも、一年も経っているのに今更仲直りとか無理じゃない?
せめて失言『前』に転生していればよかったのに!
自分が言われた側なら、初夜でこんな阿呆な事を言う相手と夫婦関係を続けるなど無理だ。諦めて夫に離婚を申し出たのだが、彼は婚姻継続を望んだ。
夫が望むならと婚姻継続を受け入れたレイチェル。これから少しずつでも仲を改善出来たらいいなと希望を持つのだが、現実はそう上手くいかなかった……。
【完結】結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが
Rohdea
恋愛
結婚式の当日、花婿となる人は式には来ませんでした───
伯爵家の次女のセアラは、結婚式を控えて幸せな気持ちで過ごしていた。
しかし結婚式当日、夫になるはずの婚約者マイルズは式には現れず、
さらに同時にセアラの二歳年上の姉、シビルも行方知れずに。
どうやら、二人は駆け落ちをしたらしい。
そんな婚約者と姉の二人に裏切られ惨めに捨てられたセアラの前に現れたのは、
シビルの婚約者で、冷酷だの薄情だのと聞かされていた侯爵令息ジョエル。
身勝手に消えた姉の代わりとして、
セアラはジョエルと新たに婚約を結ぶことになってしまう。
そして一方、駆け落ちしたというマイルズとシビル。
二人の思惑は───……
夫と妹に裏切られて全てを失った私は、辺境地に住む優しい彼に出逢い、沢山の愛を貰いながら居場所を取り戻す
夏目萌
恋愛
レノアール地方にある海を隔てた二つの大国、ルビナとセネルは昔から敵対国家として存在していたけれど、この度、セネルの方から各国の繁栄の為に和平条約を結びたいと申し出があった。
それというのも、セネルの世継ぎであるシューベルトがルビナの第二王女、リリナに一目惚れした事がきっかけだった。
しかしリリナは母親に溺愛されている事、シューベルトは女好きのクズ王子と噂されている事から嫁がせたくない王妃は義理の娘で第一王女のエリスに嫁ぐよう命令する。
リリナには好きな時に会えるという条件付きで結婚に応じたシューベルトは当然エリスに見向きもせず、エリスは味方の居ない敵国で孤独な結婚生活を送る事になってしまう。
そして、結婚生活から半年程経ったある日、シューベルトとリリナが話をしている場に偶然居合わせ、実はこの結婚が自分を陥れるものだったと知ってしまい、殺されかける。
何とか逃げる事に成功したエリスはひたすら逃げ続け、力尽きて森の中で生き倒れているところを一人の男に助けられた。
その男――ギルバートとの出逢いがエリスの運命を大きく変え、全てを奪われたエリスの幸せを取り戻す為に全面協力を誓うのだけど、そんなギルバートには誰にも言えない秘密があった。
果たして、その秘密とは? そして、エリスとの出逢いは偶然だったのか、それとも……。
これは全てを奪われた姫が辺境地に住む謎の男に溺愛されながら自分を陥れた者たちに復讐をして居場所を取り戻す、成り上がりラブストーリー。
※ ファンタジーは苦手分野なので練習で書いてます。設定等受け入れられない場合はすみません。
※他サイト様にも掲載中。
あなたへの初恋は胸に秘めます…だから、これ以上嫌いにならないで欲しいのです──。
櫻坂 真紀
BL
幼い頃は、天使の様に可愛らしかった俺。
でも成長した今の俺に、その面影はない。
そのせいで、初恋の人にあの時の俺だと分かって貰えず……それどころか、彼は他の男を傍に置き……?
あなたへの初恋は、この胸に秘めます。
だから、これ以上嫌いにならないで欲しいのです──。
※このお話はタグにもあるように、攻め以外との行為があります。それが苦手な方はご注意下さい(その回には!を付けてあります)。
※24話で本編完結しました(※が二人のR18回です)。
※番外編として、メインCP以外(金子さんと東さん)の話があり、こちらは13話完結です。R18回には※が付いてます。
男子校的教師と生徒の恋愛事情
蒼月さわ
BL
男子校教師副島一成は、入学して一ヶ月しか経っていない教え子の桐枝伝馬から告白される。
それに対する返答はストレートパンチだった……
男子校を舞台に、個性的な教師や生徒たちがわちゃわちゃと入り乱れ、毎日が賑やかに展開する。
その中で、告白し告白された伝馬と一成はどうなっていくのか。
体育系の猪突猛進な生徒×男前な三白眼の教師。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる