183 / 697
3章
38 ノティスの訪問①
しおりを挟む
数日経った昼下がり。
アリシアはジェーンとお茶を飲んでいた。
ジェーンとのお茶会が始まってから、2人の会話はすべてアルスタ語で交わされている。
ジェーンは元々学園であったアルスタ語の授業で一通り話せるようになっているが、外交官としてアルスタへ行くとなるとそれでけでは不十分だ。研修ではアルスタ語を自由に使いこなせるようにと語学の授業に重点が置かれている。
アリシアの方は妃教育でアルスタ語を習得しているが、語学は使わなければ忘れてしまう。
アルスタ語で会話をしようと提案したのは研修で習ったことの復習の為だったけれど、アリシアにとってもいい復習になっていだ。
「レイヴン様が、マルグリット様に注意を受けたみたいなの」
今話題にしているのは、やはりレイヴンとジェーンの噂についてだ。
互いに事実無根だとわかっているので2人が険悪になることはない。
ジェーンはレイヴンとアリシアの仲が拗れることをひたすら心配していた。
「本当に申し訳ありません」
「まあ、仕方のないことよね」
一度は忘れられかけていたはずのレイヴンとジェーンの噂に火がついたのは、あの日ジェーンを王太子宮の侍医に診せたせいだ。
だけどそれがあったからデミオンとアンジュを処罰することができた。
アリシアはレイヴンの判断が間違っていたとは思っていない。
ふいに扉を叩く音がして、エレノアが対応に出る。
訪問者の名を聞いたアリシアは、思いがけない客に驚いたけれど、すぐに入室の許可を出した。
ジェーンと共に立ち上がり、客を迎え入れたる。
「ご無沙汰しております、妃殿下。突然お邪魔をして申し訳ありません」
「お久しぶりですね、ノティス殿下。驚きましたけれど、歓迎いたしますわ」
胸に腕を当て、臣下の礼を取っているのはノティスである。
にこやかに挨拶を交わしながらアリシアの様子を窺っていたノティスは、カナリーの言葉を思い出す。
…教科書の様な人、か。
確かにここにいるアリシアは隙のない完璧な淑女だ。
にこやかな笑みを浮かべているが、ノティスを歓迎しているとは言えない。
笑顔は本心を隠すための仮面である。
ノティスはデミオンとアンジュの処罰の日に、マルグリットに連れられて控えの間を訪れた。
だけどあの時はジェーンに紹介されただけで、他には誰とも話していない。
アリシアとは、まだ実母のところにいた時に何度か顔を合わせたことがある。
ノティスこそ王太子に相応しいと信じていた実母は、レイヴンの婚約者であるアリシアにも高圧的な態度を取っていた。そしてそんな母に育てられたノティスもまた、同様の態度を取っていたのだ。
アリシアに好感を持たれているとは思っていない。
ノティスは背中に冷たい汗が伝うのを感じていた。
だけど目的があってここまで来たのだ。
ここへ来た目的を見失わない様にと、ノティスは腹に力を入れた。
ノティスがアリシアの様子を窺っているのと同様に、アリシアもノティスの様子を窺っていた。
ノティスがここへ来た理由がわからない。
ほとんど交流がない相手を訪ねるのは何か目的があるからだ。
レイヴンは、ノティスのことを「人を信じることが出来ず、人間関係に問題を抱えている」と言っていた。
まだ挨拶を交わしただけだが、そつのない対応でそんなところは見えない。
マルグリットのところで成長し、やり直そうとしているというノティスに手を差し伸べたいという思いはある。
だけど今のノティスが、アリシアやジェーンに対して好意的なのかどうかわからないのだ。
今は警戒するしかないだろう。
アリシアが見つめる中、ノティスはジェーンと挨拶を交わしていた。
「どうかわたしのことはノティスと呼んで下さい」
「光栄です、ノティス殿下。ではどうか私のことはジェーンとお呼びくださいませ」
互いの名を呼ぶことを許し合い、2人は儀礼的な挨拶を終えた。
アリシアが2人をソファへと促す。
2人は共に作り物の笑顔で笑い合っている。
保留になっているけれど、2人には婚約の話があるのだ。
アリシアはジェーンとお茶を飲んでいた。
ジェーンとのお茶会が始まってから、2人の会話はすべてアルスタ語で交わされている。
ジェーンは元々学園であったアルスタ語の授業で一通り話せるようになっているが、外交官としてアルスタへ行くとなるとそれでけでは不十分だ。研修ではアルスタ語を自由に使いこなせるようにと語学の授業に重点が置かれている。
アリシアの方は妃教育でアルスタ語を習得しているが、語学は使わなければ忘れてしまう。
アルスタ語で会話をしようと提案したのは研修で習ったことの復習の為だったけれど、アリシアにとってもいい復習になっていだ。
「レイヴン様が、マルグリット様に注意を受けたみたいなの」
今話題にしているのは、やはりレイヴンとジェーンの噂についてだ。
互いに事実無根だとわかっているので2人が険悪になることはない。
ジェーンはレイヴンとアリシアの仲が拗れることをひたすら心配していた。
「本当に申し訳ありません」
「まあ、仕方のないことよね」
一度は忘れられかけていたはずのレイヴンとジェーンの噂に火がついたのは、あの日ジェーンを王太子宮の侍医に診せたせいだ。
だけどそれがあったからデミオンとアンジュを処罰することができた。
アリシアはレイヴンの判断が間違っていたとは思っていない。
ふいに扉を叩く音がして、エレノアが対応に出る。
訪問者の名を聞いたアリシアは、思いがけない客に驚いたけれど、すぐに入室の許可を出した。
ジェーンと共に立ち上がり、客を迎え入れたる。
「ご無沙汰しております、妃殿下。突然お邪魔をして申し訳ありません」
「お久しぶりですね、ノティス殿下。驚きましたけれど、歓迎いたしますわ」
胸に腕を当て、臣下の礼を取っているのはノティスである。
にこやかに挨拶を交わしながらアリシアの様子を窺っていたノティスは、カナリーの言葉を思い出す。
…教科書の様な人、か。
確かにここにいるアリシアは隙のない完璧な淑女だ。
にこやかな笑みを浮かべているが、ノティスを歓迎しているとは言えない。
笑顔は本心を隠すための仮面である。
ノティスはデミオンとアンジュの処罰の日に、マルグリットに連れられて控えの間を訪れた。
だけどあの時はジェーンに紹介されただけで、他には誰とも話していない。
アリシアとは、まだ実母のところにいた時に何度か顔を合わせたことがある。
ノティスこそ王太子に相応しいと信じていた実母は、レイヴンの婚約者であるアリシアにも高圧的な態度を取っていた。そしてそんな母に育てられたノティスもまた、同様の態度を取っていたのだ。
アリシアに好感を持たれているとは思っていない。
ノティスは背中に冷たい汗が伝うのを感じていた。
だけど目的があってここまで来たのだ。
ここへ来た目的を見失わない様にと、ノティスは腹に力を入れた。
ノティスがアリシアの様子を窺っているのと同様に、アリシアもノティスの様子を窺っていた。
ノティスがここへ来た理由がわからない。
ほとんど交流がない相手を訪ねるのは何か目的があるからだ。
レイヴンは、ノティスのことを「人を信じることが出来ず、人間関係に問題を抱えている」と言っていた。
まだ挨拶を交わしただけだが、そつのない対応でそんなところは見えない。
マルグリットのところで成長し、やり直そうとしているというノティスに手を差し伸べたいという思いはある。
だけど今のノティスが、アリシアやジェーンに対して好意的なのかどうかわからないのだ。
今は警戒するしかないだろう。
アリシアが見つめる中、ノティスはジェーンと挨拶を交わしていた。
「どうかわたしのことはノティスと呼んで下さい」
「光栄です、ノティス殿下。ではどうか私のことはジェーンとお呼びくださいませ」
互いの名を呼ぶことを許し合い、2人は儀礼的な挨拶を終えた。
アリシアが2人をソファへと促す。
2人は共に作り物の笑顔で笑い合っている。
保留になっているけれど、2人には婚約の話があるのだ。
0
お気に入りに追加
1,727
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました
せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜
神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。
舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。
専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。
そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。
さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。
その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。
海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。
会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。
一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。
再会の日は……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる