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3章

34 正殿③

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 カナリーはレイヴンたちと3学年離れている為、在学期間が被ったことはない。
 だけど同時に、3学年しか離れていない、ともいえる。

 在学期間中、常に学年のトップを争っていた4人組の存在は今でも伝説的に語られていた。
 カナリーが入学した時の2年生、3年生はレイヴンたちの在学期間中の振る舞いを見ているのだ。
 遠い昔の出来事ではない。
 
「…その噂は知っているよ。僕が間違っていた。心から反省しているよ」

 ジェーンを周りから庇っていたのは、アリシアがジェーンを大切にしているからだ。
 ジェーンが傷つけばアリシアも傷つく。
 アリシアに辛い思いをして欲しくない。
 レイヴンはジェーンではなく、アリシアを守っているつもりだった。

「…私も噂を信じていたわ」

「え?」

「お兄様が本当に愛しているのはジェーン様。お義姉様とは王太子の地位を守る為に仕方なく結婚したのだと信じていたのよ」

 レイヴンとアリシアが婚約した時、カナリーは5歳だった。当時のなんとなく暗い雰囲気を覚えている。

 その前後の1年程、父にあまり会うことができなかった。父がこの正殿にほとんど帰ってこなかったからだ。
 その時はそれが何故なのかわからなかった。だけど成長するにつれてその理由がわかるようになっていく。
 そして兄がルトビア公爵令嬢と婚約した理由に思い至った。

 今は父も母の元へ戻って来ているけれど、またいつ気持ちが離れるかわからない。
 だから兄が別の令嬢を想っていたとしても、兄に選択肢はなかったのだ。

 そう、思っていた。

「…最近、お兄様がお義姉様を寵愛しているようだと学園でも噂になっているわ。だけどジェーン様がお兄様の情婦だとも言われているのよ。女性の爵位継承を認めるよう、議会に諮りましたわね?これはお兄様が情婦の為に法律を変えようとしていると言われているわ」

「っ!!」

 女性に継承権を認めるというのは大きなことだ。学園にも婿を取って家を継ごうとしている令嬢は何人もいる。
 彼女たちはこの法改正が承認されることを心から望んでいる。
 継承権が女性に認められれば、夫の横暴に耐える必要がなくなるからだ。
 不貞を働く夫は追い出せばいいし、夫婦間に子どもが生まれなくても愛人が生んだ子どもを後継にしなくても良い。

 反対に入り婿となる立場の者からは非難轟々である。
 彼らは結婚さえしてしまえば安泰だと考えていた。
 妻の両親が生きている間は好きに振る舞えないかもしれないが、爵位さえ継いでしまえば好きなようにできる。
 爵位を継ぐまで妻の機嫌を取っておけばいい。
 そう考えていた者たちにとってこの法改正は害悪でしかない。

 そこまでの考えではないとしても、これまで認められていた爵位継承が認められなくなるわけである。
 嫡子以下の男たちからの反発は凄まじい。

 そういった者たちが非難の矛先をレイヴンとジェーンの関係に向けている。

「…お兄様がお義姉様へ向ける寵愛は本物だと言う者もいるけれど、反対にお兄様が今になってお義姉様を寵愛するのは、ジェーン様への非難を逸らそうとしているからだという者もいるわ。それもこれも、すべてこれまでのお兄様の態度のせいよ。私も、噂を信じていたもの」

 レイヴンは絶句した。

 レイヴンは学生時代のことはもう終わったことだと思っていた。
 アリシアの誤解も解けて、最近では良い関係を築きだしている。
 それを単純に嬉しいと思っていた。

 レイヴンがアリシアへ向ける寵愛は本物だと言われるようになり、娘を側妃にするのを諦めた者たちがいることは知っている。
 だけどレイヴンがアリシアを寵愛するのは、ジェーンへの非難を避ける為だと言われているのは知らなかった。

 都合の良いところにしか目がいっていないということだ。


「私は、あなたを愛していないのかしら」

 それまで黙って話を聞いていたマルグリットがぽつりと呟いた。
 




 
 
 
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