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3章

16 研修の始まり③

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「ご存知の通り、私はあらゆる作法が身に着いておりません。研修で教えていただけることになっていますが、怪我が治るのを待ってからですと、教えていただける期間は3ヶ月程でしょう。もちろん真剣に取り組みすが、それだけの期間で使節団として恥ずかしくないだけの作法を身につけることができるのか…不安なのです」

 使節団がアルスタへ到着すると王宮で歓迎の舞踏会が開かれる。その他にも、アルスタでの滞在期間には王宮での晩餐会や、舞踏会が予定に組み込まれていた。
 その他にも向こうで親しくなった家へ招かれることもあるはずだ。
 そこで失態を犯せばそれはアナトリアの失態となる。

「アリシア様とこうしてお茶を飲んで、その時に気になったことを教えていただけませんか?」

「私は…良いと思うわ。学生の頃はよく一緒に勉強したわよね。だけど…」

 アリシアは隣に座るレイヴンの様子を窺う。
 窺いながら、同時に疑問が浮かんでくる。

 なぜ私はレイヴン様を気にするのかしら?

 確かに最近は休憩時間や夕食後の空いた時間をレイヴンと過ごしている。
 だけどレイヴンと約束をしているわけではない。
 アリシアが慰問へ行っていたり、お茶会をしていて部屋を不在にしている時は、レイヴンもわかっているので訪ねてこない。其々で過ごしている。

 それと同じことだろう。
 アリシアに来客という予定が入るだけだ。

「――僕も良いと思うよ」

 顔色を窺うようなアリシアの視線にレイヴンが頷いて見せる。

「これまで君たちが助け合ってきたのは知っている。王宮で心から信頼できる相手というのは少ないものだ。ジェーン嬢の存在はアリシアにとっても助けになる」

「――りがとうございます」

 レイヴンが許可をするのはあくまでアリシアの為。
 言外にそう告げるレイヴンへアリシアは軽く頭を下げた。
 レイヴンが優しく微笑む。

 その後の話し合いで、ジェーンがアリシアの部屋を訪れるのは週に3回と決まった。
 訪ねてくる曜日と時間はアリシアの予定があるのでその時々で決める。
 それが決まるとジェーンはホッとしたように息をついた。
 
 アリシアが机に置かれたチェリーパイへ手を伸ばすとジェーンもチェリーパイへと手を伸ばす。

「ルワールの桜桃さくらんぼですね」

「ええ。一緒に食べるのは久しぶりね」

「まさか王宮で頂くことになるなんて思ってもいませんでした」
 
 アリシアとジェーンが笑い合う。
 ルワールはルトビア公爵家の領地の一つで桜桃さくらんぼの名産地である。

「ジェーン嬢もルワールの桜桃さくらんぼだとわかるのか」

「幼い頃からずっと食べていますから」

 レイヴンが王宮に納入されている桜桃さくらんぼの産地を知ったのはつい最近のことだ。
 憮然としたレイヴンにジェーンが微笑んだ。

 サンドラがいた頃はルトビア公爵家からキャンベル侯爵家へ贈られていた。
 サンドラが死んだ後は侯爵邸へ届けてもジェーンの元へは届かないので、ジャムや砂糖漬けにしたものをアリシアやレオナルドが直接ジェーンへ手渡していた。
 それをハンナが美味しいお菓子にしてくれる。
 ルトビア公爵家でもキャンベル侯爵家でも、この時期になると桜桃さくらんぼを使ったお菓子を食べていた。

 だけどアリシアが嫁いでからは一緒に食べることが出来なくなっていた。
 アリシアは中々王宮から出ることが出来ず、ジェーンが王宮に来ることはほとんどないからだ。

 たった2年のことなのに、懐かしい気持ちで2人はチェリーパイを口に運んだ。




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