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3章

3 庭園②

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 昼食は食堂ではなくこのまま自室で摂ることになった。
 バルコニーに食事の支度が整えられていく。
 新しくなった庭園を見ながら食事をすることができるし、体が重いアリシアは食堂まで歩かずにすむので有難い。

 バルコニーに出ると庭師の姿が見えた。あちらもアリたちに気がついたようだ。
 昨日集められていた庭師たちは懸命に作業をして朝食の時間に間に合わせてくれたのに、アリシアたちは朝食に姿を見せなかった。きっとがっかりしていただろう。
 アリシアが謝罪と感謝の気持ちを込めて手を振ると、庭師は慌てて日除けの麦藁帽を取って頭を下げた。
 そんな様子をレイヴンは穏やかな顔で見守っている。

 昼食を摂りながらレイヴンが新たに植えられた花の話をしてくれる。
 どうやらレイヴンはジェーンの庭園を強く意識しているようだ。
 できる限り珍しい種類の花を集めさせたけれど、思うようには集まらなかったと少し悲しそうな顔をしている。 

「あの庭園は、ジェーンが10年以上時間を掛けて作ったものですもの。1日で再現するのは無理ですわ」

「でもアリシアは、あの庭園が好きだよね」

「もちろんあそこは私にとって思い出深い大切な場所ですけれど、この庭園も好きですわ。レイヴン様が私の為に心を尽くしてくれたのですもの」

 アリシアがそう言って笑うと、レイヴンも嬉しそうに顔を綻ばせた。

 食事を終えるとレイヴンは執務室へ戻っていく。
 休憩時間に新しくなった庭園を一緒に散歩しようと約束し、アリシアはレイヴンを見送った。

 レイヴンを見送るとアリシアは部屋で1人になる。

 ジェーンの庭園はどうなるのかしら。
 
 ふとそんな考えが頭を過る。
 悩んでもどうしようもないことなので考えない様にしようと思っているのに、1人になるとつい考えてしまう。

 キャンベル侯爵邸のあの庭園や家は、本邸に居場所のないジェーンにとって心の拠り所だった。
 花の世話に没頭していれば辛い現実を忘れることができる。
 食事を抜かれた夜も、明るくなるのを待ってあの家へ行けばハンナが美味しいパンやマフィンを食べさせてくれる。
 これまでジェーンがあの邸で暮らしてこれたのは、あの庭園と家があり、そこにハンナがいてくれたからだ。

 だけどこれからは違う。
 ジェーンは侯爵家の実質的な主となった。
 もうジェーンに逃げる場所は必要ない。

 そうなると今度はあの庭園や家の維持管理に掛かる費用が重荷になってくる。
 今、侯爵家は深刻な財政難だ。財政を立て直すまでは極力無駄な出費を抑えなければならない。
 きっとロバートはあの場所を切り捨てるだろう。

 だけどそれは侯爵家として必要な判断だ。アリシアに口を挟む権利はない。
 そうなったとしても受け入れるとアリシアは決めていた。

 だから数日後、レオナルドが持ってきた知らせにアリシアは心から驚いた。


「――お父様があの庭園を?」

「うん、あのエリアごと公爵家で買い取ることになった。もう正式な書類も交わしたよ」

 優雅にティーカップを口元に運ぶレオナルドは嬉しそうに笑みを浮かべている。

 やはりロバートはあの場所を切り捨てると決めていた。
 それは離宮で研修を受けているジェーンにも伝えられ、ジェーンも仕方のないことだと受け入れていた。
 それを知ったアダムが公爵家で買い取るというのだ。





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