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2章
108 男爵令嬢と侯爵夫人②
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「デミオン殿、あなたは自分で立ち止まり、戻ってくることもできた。アンジュ殿は嘘をついていたわけじゃない。ただあまりにも無知だっただけ。あなたはそれを知っていたけれど、その言葉に従った。その方が楽だったから。だからあなたは努力することを止め、自分を高めることも止めてしまった。…その結果が今よ。今まで楽をして来たのだもの。これから十分苦しみなさい」
「ひ…っ」
何を想像したのか、デミオンの口から悲鳴が漏れた。
「アンジュ殿、私はあなたがジェーンにしたことを決して許さないわ。だけど気の毒に思うところもある。男爵家のあなたのご両親は、あなたが同じ男爵家か平民の裕福な商家に嫁ぐと思っていたでしょう。まさか公爵家の子息と恋に落ちるなんて考えてもいなかった。だから立場の違いやそれによる教育の違いも教えなかったのね。それなのにあなたは侯爵夫人にまでなってしまった…。夜会に出てもお茶会に出ていてもマナーが悪いと、教養が無いと馬鹿にされたでしょうね」
アリシアの言葉にアンジュは唇を噛む。
サンドラが死んで正式に侯爵夫人になったアンジュは意気揚々として招かれたお茶会に参加した。
だけどそこで待っていたのは侮蔑の視線と嘲笑だった。
アンジュはこれまでしていたようにお茶を飲もうとしただけだ。
お菓子を食べようとしただけだ。
それなのにマナーが悪いと眉を顰められた。
交わされる会話も領地での生産物、交易品、他国の情勢…なにもわからなかった。
意見を求められてもわからないのだから答えようがない。
何も答えられないアンジュを、参加していた夫人たちは馬鹿にしたように嗤っていた。
「学生の頃、あなたは男爵令嬢として扱われていたの。男爵令嬢や、男爵夫人であればそのままでも問題はなかったわ。だけど侯爵夫人になったからには侯爵夫人としての振る舞いが求められるの。あなたはそれをわかっていなかった。だけどわかっていた人が身近にいるわよね?」
アリシアがデミオンへ視線を向ける。
アリシアの視線を追ってアンジュもデミオンへ目を向けた。
デミオンの体がビクリと震える。
「それに大半の人が悪意を向けていたとしても、あなたを心配して忠告してくれた人も少しはいたはずよ」
「…私が男爵家の娘なのに侯爵夫人になったから嫉妬しているのだと…あんなのは気にしなくてもいい、私は私らしくしていればいい、と…」
「誰かがあなたにそう言ったの?」
「…、デミオン様が」
アリシアの、アンジュの視線の先でデミオンが追い詰められていく。
侯爵夫人として社交界を渡るには、アンジュの振る舞いはあまりにも拙かった。
見兼ねて忠告してくれた人もいるはずなのに。
「デミオン殿はあなたを女神の様に思っていたのよ」
アリシアが歪んだ笑顔を見せた。
自分でも醜い顔をしているだろうと思う。
「学生時代のあなたは天真爛漫で良く笑い、よく怒る。感情をまるで隠さない素直な人だったそうね」
――今でも感情のままに振る舞い、怒り泣き喚く人だけれど。
「感情を隠さず思うままに振る舞うあなたは、デミオン殿からすると物珍しく新鮮だった。だけどあなたが侯爵夫人としての教養やマナーを身に着けてしまったら、デミオン殿が息苦しく感じていた堅苦しい他の貴族の女性と同じになってしまう。淑女になってしまう。デミオン殿はそれを防ぎたかったのよ」
「ひ…っ」
何を想像したのか、デミオンの口から悲鳴が漏れた。
「アンジュ殿、私はあなたがジェーンにしたことを決して許さないわ。だけど気の毒に思うところもある。男爵家のあなたのご両親は、あなたが同じ男爵家か平民の裕福な商家に嫁ぐと思っていたでしょう。まさか公爵家の子息と恋に落ちるなんて考えてもいなかった。だから立場の違いやそれによる教育の違いも教えなかったのね。それなのにあなたは侯爵夫人にまでなってしまった…。夜会に出てもお茶会に出ていてもマナーが悪いと、教養が無いと馬鹿にされたでしょうね」
アリシアの言葉にアンジュは唇を噛む。
サンドラが死んで正式に侯爵夫人になったアンジュは意気揚々として招かれたお茶会に参加した。
だけどそこで待っていたのは侮蔑の視線と嘲笑だった。
アンジュはこれまでしていたようにお茶を飲もうとしただけだ。
お菓子を食べようとしただけだ。
それなのにマナーが悪いと眉を顰められた。
交わされる会話も領地での生産物、交易品、他国の情勢…なにもわからなかった。
意見を求められてもわからないのだから答えようがない。
何も答えられないアンジュを、参加していた夫人たちは馬鹿にしたように嗤っていた。
「学生の頃、あなたは男爵令嬢として扱われていたの。男爵令嬢や、男爵夫人であればそのままでも問題はなかったわ。だけど侯爵夫人になったからには侯爵夫人としての振る舞いが求められるの。あなたはそれをわかっていなかった。だけどわかっていた人が身近にいるわよね?」
アリシアがデミオンへ視線を向ける。
アリシアの視線を追ってアンジュもデミオンへ目を向けた。
デミオンの体がビクリと震える。
「それに大半の人が悪意を向けていたとしても、あなたを心配して忠告してくれた人も少しはいたはずよ」
「…私が男爵家の娘なのに侯爵夫人になったから嫉妬しているのだと…あんなのは気にしなくてもいい、私は私らしくしていればいい、と…」
「誰かがあなたにそう言ったの?」
「…、デミオン様が」
アリシアの、アンジュの視線の先でデミオンが追い詰められていく。
侯爵夫人として社交界を渡るには、アンジュの振る舞いはあまりにも拙かった。
見兼ねて忠告してくれた人もいるはずなのに。
「デミオン殿はあなたを女神の様に思っていたのよ」
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自分でも醜い顔をしているだろうと思う。
「学生時代のあなたは天真爛漫で良く笑い、よく怒る。感情をまるで隠さない素直な人だったそうね」
――今でも感情のままに振る舞い、怒り泣き喚く人だけれど。
「感情を隠さず思うままに振る舞うあなたは、デミオン殿からすると物珍しく新鮮だった。だけどあなたが侯爵夫人としての教養やマナーを身に着けてしまったら、デミオン殿が息苦しく感じていた堅苦しい他の貴族の女性と同じになってしまう。淑女になってしまう。デミオン殿はそれを防ぎたかったのよ」
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