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2章

82 慟哭②

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「レイヴン様、どうなさったのですか?」

 アリシアが問いかけると「何でもないよ」とレイヴンは答える。
 だけどその言葉が嘘であることは、アリシアにも容易にわかった。

「レイヴン様、私を見てくださいませ」

 アリシアは目元を覆っていたタオルを外すとレイヴンの瞳を見つめた。
 レイヴンが戸惑っているのがわかる。
 そんなレイヴンを見つめながら、アリシアはふわりと笑った。

「侍女たちが噂していることは知っています。状況を考えるとそれは仕方のないことです。ですがそれも少しの間だけのこと。デミオン殿とアンジュの処罰が終われば皆真実を知るのですから。そんなにお気になさらないでください」

「ありがとう。アリシアは優しいね」

 レイヴンはアリシアの手を取るとそっと口づけた。

「僕はアリシアに酷いことをしてきたんだとやっとわかったよ」

「…レイヴン様?」

「学生時代の僕がジェーンを想っているという噂。僕はアリシアがそれを信じているとは思ってなかったんだ」

「それは…何年も前のことですわ。気になさらないで」

「そうじゃない。そうじゃないんだ…」

 レイヴンが肩を震わせる。
 泣いているような声にアリシアは戸惑った。

「アリシアが僕を愛していないことはわかっている。アリシアが婚約者になった時に告げた言葉を後悔しているのにずっと謝れなかった。もっと仲良くなりたい、一緒にいたいと思っていたのに、謝れないから何も言えなかった。僕が悪いとわかっているのに、いつかは僕の気持ちに気づいてくれるんじゃないかと、夫婦になれば自然と関係が改善されるんじゃないかと勝手な希望を持っていた。だけどそんなはずはない。あんな態度を取り続けた婚約者を、夫となったからと愛せるはずがない。そんなことにも僕は今まで気がつかなかった」

「レイヴン様?なにを仰っているのです?」

 アリシアが戸惑っているのが伝わってくる。
 だけどレイヴンはもう止められなかった。

「アリシアはジョッシュ殿のジェーン嬢への態度に怒っているよね?」

「はい、それは勿論ですわ」

「僕がアリシアへ取っていた態度は、ジョッシュ殿と同じものだ」

 レイヴンはアリシアの手をぎゅっと握った。

「僕はアリシアに贈り物を何もしなかった」

「頂いていましたわ。私の好きなものを考えてくださったのでしょう?」

 アリシアの好きなものがわからずにお菓子やお茶、花束などの後に残らないようなものしか贈れなかったと、以前哀しそうに話してくれていた。本当は他にも用意してくれたものがあったのだと教えてくれた。
 それにはとても驚いたけれど、とても嬉しいことだった。

「お菓子やお茶なんて誕生日に贈るものじゃないよ。ただの訪問時にでも手土産にするものだ。それに婚約者が贈り物をするのは誕生日だけじゃない。アリシアは何度も僕のパートナーとして夜会や舞踏会に出てくれたのに、僕は何も贈らなかった」

 確かにドレスや装飾品は、「好きに買って支払いを王家にまわしてくれれば良い」と言われていたが、レイヴンから贈られたことはなかった。
 だけどそれもレイヴンがアリシアの好みを知らなかったからだ。
 学園の卒業式で着るドレスや装飾品はアリシアの好みを考えなくて良かったから贈ることができたのだと、これもレイヴンが哀しそうに言っていた。




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