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2章
55 アンジュの企み① *9/20中盤大幅に改訂しました
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「アリシア様が先程休みたいとおっしゃったのは、このことに気がついておられたからですね」
「…歩き方がおかしいと思ったのよ。足が痛むようだったから、あまり歩かない方がいいと思ったの」
レイヴンはアリシアが「疲れたから休みたい」と言う直前、ジェーンの後姿をじっと見ていたことを思い出した。
あの時レイヴンはどうしたのかと声を掛けようとしていた。だけどアリシアの体調が悪いのだと思い込んだ後は、気が動転していてすっかり忘れてしまったのだ。
ジェーンは次に両方の袖を上げた。
袖にはボタンもなく、あまり上まであがらない作りになっていたが、それでも両腕に痣があることがわかった。
レイヴンに視線を向ける。
「ご覧いただいたように、私は体中に傷があります。消えない痕になってしまったものもたくさんあるのです。そんな私がノティス殿下と結婚することはできません」
女の体に傷痕があることは恥とされている。傷物の女を娶りたいと思うような男はいない。
これはジェーンが隠し通さなければならない秘密で、ジョッシュに対する負い目でもあった。
「先程レオ兄さまがジョッシュ殿に、私と子を作るつもりがあるのかと訊かれましたわね。私との間に子を作らず、エミリーが生んだ子を侯爵家の跡取りにするつもりなのではないか、と。私、あの時はショックでうまく考えられなかったのですが…今となっては納得できることがあるのです」
ジェーンは悲し気に笑うと、一同を見渡した。
「皆様、思い出してみてください。あのウェディングドレスは何かおかしいと思いませんか」
「…ええ、思うわ」
頷いたのはアリシアだった。
男性陣はイメージが湧きづらいのか、顔を見合わせている。
あそこにあったものは何もかもがおかしいから、良くわからなくなっているのかもしれない。
アリシアがジェーンの言いたいことがすぐにわかったのは――、初めからおかしいと思っていたからだ。
あそこに並べられていたものは何もかもが派手で品がなく、とてもジェーンの好みの品だとは思えなかった。
だけどそれ以上に不審だったのはドレスの形である。
胸元も背中も大きく開いていて、肌の露出が多いマーメイドラインのウエディングドレスだった。
あんなに露出が多くては見えてしまう。――胸や背中にある傷痕が。
傷痕だけではなく、今はどす黒く変色した痣もあるのではないだろうか。
「あのドレスを選んだのはアンジュ殿です。なぜあんなドレスを選ぶのか、私は不思議でした。私に似合わないような、エミリーの為のドレスを着せて、ジョッシュ殿に望まれているのはエミリーなのだと私を惨めにさせる為に?だけどそれだけの為にあんなドレスを選ぶでしょうか。あのドレスでは私の体にある傷が参列者の方たちに見えてしまいます。侯爵家の娘の体中に傷があるなんて、それは侯爵家の、そして当主であるお父様の醜聞です。それがわかっているのに、なぜそんなドレスを着せようとするのかわかりませんでした。だけどレオ兄さまが仰っていたことを聞いて…理解できましたわ」
デミオンもアンジュも、キャンベル侯爵家に何の愛着も持っていない。家名に傷がついても構わないのだ。
彼らにとってそれより大事なことは、ジョッシュとジェーンの初夜を邪魔することである。
「先ほど聞いていた限りでは、ジョッシュ殿は結婚式の後、私と初夜を迎えるつもりでした。私と白い結婚を貫き、エミリーの生んだ子を跡継ぎにしようという考えは、ジョッシュ殿にはなかったのです。私は初夜の時に体中の傷を見られるわけですから、その時に傷があることを隠して結婚したことを誠心誠意謝り、なんとか受け入れてもらえないかとお願いするつもりでいました。ジョッシュ殿も、その時には既に婚姻を結んだあとですから、すぐには無理でもいつかは許してくださるのではないかと考えていたのです。ですが結婚式で私が体の傷を晒していたらどうでしょうか。花嫁は傷物であると、私自らが衆目環視の中で傷を晒して歩くのです。ジョッシュ殿は騙されていたこと、そして大勢の人の前で傷物を掴まされたのだと知らしめされ、恥をかかされたことに怒り狂い、決して私を許さなかったでしょう。当然初夜など迎えられるはずがありません」
「…歩き方がおかしいと思ったのよ。足が痛むようだったから、あまり歩かない方がいいと思ったの」
レイヴンはアリシアが「疲れたから休みたい」と言う直前、ジェーンの後姿をじっと見ていたことを思い出した。
あの時レイヴンはどうしたのかと声を掛けようとしていた。だけどアリシアの体調が悪いのだと思い込んだ後は、気が動転していてすっかり忘れてしまったのだ。
ジェーンは次に両方の袖を上げた。
袖にはボタンもなく、あまり上まであがらない作りになっていたが、それでも両腕に痣があることがわかった。
レイヴンに視線を向ける。
「ご覧いただいたように、私は体中に傷があります。消えない痕になってしまったものもたくさんあるのです。そんな私がノティス殿下と結婚することはできません」
女の体に傷痕があることは恥とされている。傷物の女を娶りたいと思うような男はいない。
これはジェーンが隠し通さなければならない秘密で、ジョッシュに対する負い目でもあった。
「先程レオ兄さまがジョッシュ殿に、私と子を作るつもりがあるのかと訊かれましたわね。私との間に子を作らず、エミリーが生んだ子を侯爵家の跡取りにするつもりなのではないか、と。私、あの時はショックでうまく考えられなかったのですが…今となっては納得できることがあるのです」
ジェーンは悲し気に笑うと、一同を見渡した。
「皆様、思い出してみてください。あのウェディングドレスは何かおかしいと思いませんか」
「…ええ、思うわ」
頷いたのはアリシアだった。
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あそこに並べられていたものは何もかもが派手で品がなく、とてもジェーンの好みの品だとは思えなかった。
だけどそれ以上に不審だったのはドレスの形である。
胸元も背中も大きく開いていて、肌の露出が多いマーメイドラインのウエディングドレスだった。
あんなに露出が多くては見えてしまう。――胸や背中にある傷痕が。
傷痕だけではなく、今はどす黒く変色した痣もあるのではないだろうか。
「あのドレスを選んだのはアンジュ殿です。なぜあんなドレスを選ぶのか、私は不思議でした。私に似合わないような、エミリーの為のドレスを着せて、ジョッシュ殿に望まれているのはエミリーなのだと私を惨めにさせる為に?だけどそれだけの為にあんなドレスを選ぶでしょうか。あのドレスでは私の体にある傷が参列者の方たちに見えてしまいます。侯爵家の娘の体中に傷があるなんて、それは侯爵家の、そして当主であるお父様の醜聞です。それがわかっているのに、なぜそんなドレスを着せようとするのかわかりませんでした。だけどレオ兄さまが仰っていたことを聞いて…理解できましたわ」
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彼らにとってそれより大事なことは、ジョッシュとジェーンの初夜を邪魔することである。
「先ほど聞いていた限りでは、ジョッシュ殿は結婚式の後、私と初夜を迎えるつもりでした。私と白い結婚を貫き、エミリーの生んだ子を跡継ぎにしようという考えは、ジョッシュ殿にはなかったのです。私は初夜の時に体中の傷を見られるわけですから、その時に傷があることを隠して結婚したことを誠心誠意謝り、なんとか受け入れてもらえないかとお願いするつもりでいました。ジョッシュ殿も、その時には既に婚姻を結んだあとですから、すぐには無理でもいつかは許してくださるのではないかと考えていたのです。ですが結婚式で私が体の傷を晒していたらどうでしょうか。花嫁は傷物であると、私自らが衆目環視の中で傷を晒して歩くのです。ジョッシュ殿は騙されていたこと、そして大勢の人の前で傷物を掴まされたのだと知らしめされ、恥をかかされたことに怒り狂い、決して私を許さなかったでしょう。当然初夜など迎えられるはずがありません」
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