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2章
28 公爵家のブローチ②
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「これは、私がお祖母様からいただいた扇と同じ、アシェントの風景画です。あの扇とこのブローチは一緒に作られました。本来はどちらもルトビア公爵家の直系の女性に受け継がれるものなのですが、ジェーンのことを案じていらしたお祖母様は、扇を私に、ブローチはジェーンに贈られたのです。私やお兄様の目の前で」
扇とブローチには同じ景色が描かれている。
公爵家が初めて王家より拝領したアシェントの景色だ。
「お祖母様は、デミオン殿のサンドラ叔母様とジェーンへの仕打ちを嘆ぎ、2人のことをいつも気に掛けておられました。サンドラ叔母様が亡くなり、アンジュとエミリーがこの家に入ってからも、お祖母様はデミオン殿を許さず、エミリーを孫とは認めていません。そしてこの家で暮らすしかないジェーンを、心から案じていらした。だからこのブローチをジェーンへ贈ったのです。それなのに」
アリシアの目に怒りが浮かぶ。
その後起こったことを、アリシアはまだ許していないのだ。
「ジェーンの部屋でブローチを見つけたエミリーは、ブローチを勝手に持ち出して私の前で自慢気につけていました。それを私が許すはずがありません。私からお父様、そしてお祖母様へと話が伝わり、デミオン殿はお2人から強い叱責を受けています。そしてこのブローチは、本来の持ち主であるジェーンの元へ戻ったのです」
アリシアの話を、レイヴンは頷きながら聞いていた。
ちらっとジョッシュへ目をやると、その顔は青くなっている。
「なるほどね」
頷いたのはロバートだった。
合点がいった、という顔をしている。
「お祖母様がこのブローチをジェーンへ贈ったのは、デミオン殿に対して、『ジェーンはルトビア公爵家が認めた孫だ。決して粗雑に扱うな』という警告の為だった。だから公爵家の血筋の者なら誰でも知っている。僕たちモルガン伯爵家の者でもね。反対に言えば、公爵家以外の者に知られる必要はなかったんだ。直系の女性へ受け継がれるはずのものが、孫とはいえ他家の娘へ渡ったと知られたら、何かと言いたがる者もいるからね。特に秘密にしていたわけではないけど、公表もしなかった。だからキャンベル侯爵家にあることを不審に思われることはあっても、まさかエミリーのものだと思っている者がいるなんて思わなかったよ」
「確かにそうだね。僕はブローチのことは知らなかったけど、この絵を見ればルトビア公爵家のものだとわかる。今の話を聞かなければ、なぜ侯爵家にあるのか疑問に思っていただろうな。ジョッシュ殿は、なぜエミリー嬢が持っているのか不審に思わなかったのか?」
レイヴンに目を向けられて、ジョッシュはガタガタと震え出した。
「ぼ、僕、僕は…」
震えながら頭を振る。
その姿を見ていると、答えは聞かなくとも明白だった。
知らなかったのだ。
この風景画がルトビア公爵家を表すものだと知らなかった。
恐らく扇の存在も知らないのだろう。
ルトビア公爵家のものとして、扇は知られた存在だ。
譲られたアリシアが積極的に使っていた為、目にした者も多い。
それに比べると、ブローチの存在はあまり知られていない。
だけど描かれている風景画は、まったく同じものなのだ。
ブローチの存在を知らない人であっても、描かれた絵を見ればルトビア公爵家のものだと一目でわかる。
だからブローチが手元に戻った後も、ジェーンはほとんど使っていない。
使うのは公爵家の領地で行われる一族だけの新年の祝賀会や、当主アダムの生誕祭など限られた時だけだ。
だからこそ、アリシアは疑問に思う。
公爵家の領地で行われる集まりや、アダムの生誕祭にジェーンは毎回招かれているけれど、婚約者であるはずのジョッシュは一度も出席していない。
エスコートを頼んでも、断られ続けているのだ。
だからジョッシュは、ジェーンがブローチを付けているところを見たことがないはずである。
それなのに、なぜ今ジェーンが持っていると知っているのか、それが不思議だった。
「それは、その…。エミリーはいつもそのブローチをつけていたのに、急につけなくなったので…」
ジョッシュにブローチはどうしたのかと訊かれたエミリーが、ジェーンに奪われたのだと泣いたという。
そしてジョッシュは、本当なのかとジェーンに確かめることもなく、それを信じた。
ブローチのことがあったのは、アリシアたちが学園に入学したばかりの頃である。
つまりはそんな以前から、ジョッシュはエミリーの嘘を信じ、ジェーンを疎ましく思っていたのだ。
扇とブローチには同じ景色が描かれている。
公爵家が初めて王家より拝領したアシェントの景色だ。
「お祖母様は、デミオン殿のサンドラ叔母様とジェーンへの仕打ちを嘆ぎ、2人のことをいつも気に掛けておられました。サンドラ叔母様が亡くなり、アンジュとエミリーがこの家に入ってからも、お祖母様はデミオン殿を許さず、エミリーを孫とは認めていません。そしてこの家で暮らすしかないジェーンを、心から案じていらした。だからこのブローチをジェーンへ贈ったのです。それなのに」
アリシアの目に怒りが浮かぶ。
その後起こったことを、アリシアはまだ許していないのだ。
「ジェーンの部屋でブローチを見つけたエミリーは、ブローチを勝手に持ち出して私の前で自慢気につけていました。それを私が許すはずがありません。私からお父様、そしてお祖母様へと話が伝わり、デミオン殿はお2人から強い叱責を受けています。そしてこのブローチは、本来の持ち主であるジェーンの元へ戻ったのです」
アリシアの話を、レイヴンは頷きながら聞いていた。
ちらっとジョッシュへ目をやると、その顔は青くなっている。
「なるほどね」
頷いたのはロバートだった。
合点がいった、という顔をしている。
「お祖母様がこのブローチをジェーンへ贈ったのは、デミオン殿に対して、『ジェーンはルトビア公爵家が認めた孫だ。決して粗雑に扱うな』という警告の為だった。だから公爵家の血筋の者なら誰でも知っている。僕たちモルガン伯爵家の者でもね。反対に言えば、公爵家以外の者に知られる必要はなかったんだ。直系の女性へ受け継がれるはずのものが、孫とはいえ他家の娘へ渡ったと知られたら、何かと言いたがる者もいるからね。特に秘密にしていたわけではないけど、公表もしなかった。だからキャンベル侯爵家にあることを不審に思われることはあっても、まさかエミリーのものだと思っている者がいるなんて思わなかったよ」
「確かにそうだね。僕はブローチのことは知らなかったけど、この絵を見ればルトビア公爵家のものだとわかる。今の話を聞かなければ、なぜ侯爵家にあるのか疑問に思っていただろうな。ジョッシュ殿は、なぜエミリー嬢が持っているのか不審に思わなかったのか?」
レイヴンに目を向けられて、ジョッシュはガタガタと震え出した。
「ぼ、僕、僕は…」
震えながら頭を振る。
その姿を見ていると、答えは聞かなくとも明白だった。
知らなかったのだ。
この風景画がルトビア公爵家を表すものだと知らなかった。
恐らく扇の存在も知らないのだろう。
ルトビア公爵家のものとして、扇は知られた存在だ。
譲られたアリシアが積極的に使っていた為、目にした者も多い。
それに比べると、ブローチの存在はあまり知られていない。
だけど描かれている風景画は、まったく同じものなのだ。
ブローチの存在を知らない人であっても、描かれた絵を見ればルトビア公爵家のものだと一目でわかる。
だからブローチが手元に戻った後も、ジェーンはほとんど使っていない。
使うのは公爵家の領地で行われる一族だけの新年の祝賀会や、当主アダムの生誕祭など限られた時だけだ。
だからこそ、アリシアは疑問に思う。
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エスコートを頼んでも、断られ続けているのだ。
だからジョッシュは、ジェーンがブローチを付けているところを見たことがないはずである。
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そしてジョッシュは、本当なのかとジェーンに確かめることもなく、それを信じた。
ブローチのことがあったのは、アリシアたちが学園に入学したばかりの頃である。
つまりはそんな以前から、ジョッシュはエミリーの嘘を信じ、ジェーンを疎ましく思っていたのだ。
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