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1章

23 貴族社会の現実①

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 数日後の午後、アリシアはレイヴンと一緒に王宮の庭園を歩いていた。
 王宮ではそれが唯一の運動ともいえるので、アリシアは普段からよく散歩をしているが、レイヴンと一緒に散歩をするのは初めてである。

   2人で過ごす時間が以前ほど不自然だと感じなくなってきていた。
 気まずさも居心地の悪さも薄れてきている。
 そっと視線を下げると、レイヴンのトラザーズのベルトループに金色の鎖が付いているのが見える。あれから毎日、懐中時計を身につけているのだ。
 アリシアは見えているその鎖が気になってしまうが、気恥ずかしいので見えない振りをしていた。

 そんなアリシアの首元ではサファイアの首飾りが輝いている。
 レイヴンが贈ってくれた仲直りの贈り物の1つだ。

 歩いていると度々人とすれ違う。
 この貴婦人たちは、王妃に招かれた客人だろう。

 彼女たちは連れ立って歩く王太子夫妻に興味津々である。
 差しさわりなく挨拶を交わしてすれ違うくらいだが、意味ありげにこちらを窺っている様は遠目からでもよく見えていた。
 社交界で噂の的となっている王太子夫妻の話題はお茶会を盛り上げる格好のネタとなる。
 噂話は社交界でとびきりの娯楽なのだ。

 薔薇のアーチを通り薔薇園へ入る。
 舗装された白い道を噴水に向かって歩いていると、レイヴンの足が鈍った。
 不思議に思い見上げると、躊躇うような物憂げな顔をしている。
 それでもしばらくは歩いていたけれど、つるバラの生垣が見えるところまでくると足を止めてしまった。

「ここはやめよう、アリシア。ホワイトガーデンへ行かないか?クレマチスが美しく咲いているし…」

「どうなさったのです?」

 ただの散歩なので行先はどこでもいいのだが、レイヴンの様子が気になった。
 そのまま見上げていると、レイヴンは気まずそうに視線を落とす。

「覚えてないかな?ここは…幼い頃君に酷いことを言った場所だ」
 
「!!」

 覚えていないはずがない。
 レイヴンの婚約者に選ばれたあの日、マルグリットの計らいで2人で庭園を歩いた。
 浮かれていたアリシアに、レイヴンは厳しかった。

「あの日、君に言ったことをずっと後悔しているんだ。できることなら無かったことにしてしまいたい。もう一度あの日をやり直せるなら、絶対あんなことは言わない。でもそうはできないから…」

 レイヴンは苦しそうだ。
 先日も、あの日のことを心から悔やんでいると言っていた。

 アリシアは苦し気に歪むレイヴンの頬に手を伸ばした。

「私はもう気にしていません。だからレイヴン様もそんなにお気になさらないで」

 レイヴンは頬に添えられたアリシアの手に、自身の手を重ねた。

 二人の関係は好転していると思う。
 だけど今は、まだアリシアに愛されているわけではない。
 やっと王太子という役職ではなく、『レイヴン』として意識してもらえるようになったところだ。

「愛してるよ、アリシア」

 重ねた手から気持ちが伝わるようにと祈りながら、心を込めて告げた。

 焦らないと決めている。
 どれだけ時間が掛かってもいいから、少しでも同じ気持ちを持って欲しい。

 見つめているとアリシアは、困ったような顔で笑った。



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