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1章

12 贈り物の思い出

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 夕食を終えた後レイヴンに呼ばれた部屋に入ると、ドレス、首飾りや髪飾り等の装飾品、靴、バッグなど一式が並べられていた。

「次の舞踏会で着て欲しいんだけど、どうかな?」

 レイヴンを見ると珍しく自信なさ気に瞳が揺れている。

「とても素敵ですわ。ありがとうございます」

 そこにあるドレスはレイヴンの瞳と同じ空色で、金糸の刺繍が施されている。金色はレイヴンの髪の色だ。
 首飾り、腕輪、髪飾り、イヤリングは金細工でサファイアが埋められていて、ドレスとセットとして作られているのがわかる。

「なんだか卒業パーティーの時のような…」

 思わず呟けばレイヴンが恥ずかしそうに俯いた。

 学園の卒業パーティーでは、婚約者がいる令嬢は婚約者から贈られたドレスを着る。そのドレスは大抵相手の瞳の色や髪の色のものなのだ。

 例に倣い、アリシアもレイヴンから贈られたドレスを着て、レイヴンと共にパーティーへ参加したけれど、その時贈られたドレスや装飾品も、今、目の前にあるものと同じ色合いだった。

 最も今は既婚者なのでドレスの膨らみは小さく、レースも少ない。施された刺繍も大人びて上品なものだ。そして何よりも使われている生地自体が格段に上質なものになっている。
 髪も今は結い上げるのであの時とは違う印象になるだろう。

 それはわかるのだが。

「ごめん」

 レイヴンが俯いたまま謝った。

「何を贈ったらいいのかわからないんだ。アリシアの好みの物がわからない。レオみたいにアリシアを喜ばせたいのに」

「お兄様?」

「昼間レオが髪飾りを贈っただろう?よく似合ってた。よく似合ってたし…アリシアはすごく嬉しそうだった」

 昼間のことを思い出す。
 確かにレオナルドが選んでくれた髪飾りはアリシアの好みの物だ。
 ただあの時アリシアが喜んだのは、あの商人を破産させずにすんだからだ。

「ずっとアリシアに贈り物がしたかったんだ。だけど何を贈ったら喜んでくれるのかわからなくてできなかった」

「ずっと?」

「ずっとだよ。僕の誕生日にアリシアはいつも素敵なものを贈ってくれたのに、僕はアリシアの誕生日にもちゃんとしたものを贈れなかった」

 これまで誕生日に貰ったものを思い出す。
 貰っていたのはお菓子や茶葉や花束――食べたり枯れたりして後に残らないものだった。毎日身につけたり生涯大切に持っているようなものではない。

 学園でクラスメイトだった令嬢が、婚約者から贈られたブローチを毎日身につけていた。羨ましいと思う気持ちも少しはあったが、アリシアとレイヴンの関係はそういったものではなかったので特に不満はなかった。
 それにお菓子やお茶は美味しかったし、好きな花を使った花束だった。

「レオにアリシアが喜びそうなものを教えて欲しいと頼んだことがあったけど、『何年婚約してるんだ』、『そんなことは本人に訊け』って怒られたよ」

「まあ」

 レイヴンもレオナルドの言い分が正しいとわかっていたので、言い返すことが出来ず、それ以上訊くこともできなかった。

「本当はいつも用意してたんだ。だけどアリシアに喜んでもらえるのか自信がなくて。だからいつもアリシアが好きなお菓子やお茶しか渡せなかった」

「私が好きなお菓子やお茶はご存じなのですか?」

 アリシアは目をぱちくりさせた。レイヴンは苦笑する。

「母上のところで一緒にお茶をしてただろう?その時に美味しそうに食べていたお菓子やお茶を選んだんだよ」

 アリシアは10才を超えた頃にはうまく表情を隠すようになっていた。それでもいつも見ていたからわかる。
 本当に美味しいもの、好きなものの時には微かだが本当の笑顔が浮かび、目が輝いていた。

「では花束も?」

「あの花は…ウェストワード伯爵家のパーティーに招かれた時に伯爵家の庭園で見ていただろう?」

 ウェストワード伯爵家のパーティーに招かれたのは誕生日の数日前だった。
 伯爵家の庭園は素晴らしく、アリシアが好きなフリージアが咲き誇っていたけれど、レイヴンにエスコートされていたアリシアが足を止めることはなく、少し視線を向けただけだ。

 それをレイヴンは見ていたというのか。

「驚きましたわ」

 レイヴンは気まずそうに眼を逸らした。

「卒業パーティーの時だけは…アリシアの好みを気にせず色を決められたから…いや、もちろん似合うデザインになるよう作らせたけど、色が決まっていたから贈ることができたんだ」

「まあ」

 卒業パーティーで婚約者から贈られるのは、大抵ドレスと髪飾りなどの一部の装飾品だけだ。
 だけどレイヴンはここにあるのと同様に、ドレスとセットになった全ての装飾品、靴、バッグと一式を贈ってくれていた。

 アリシアはそこに特別な意味があるとは思わなかった。
 だけどレイヴンは、初めてで唯一の形が残る贈り物として、気持ちを込めてくれていたのか。

「それではこのドレスは」

 新しく贈られたドレスに目を向ける。

「「アリシアの好みが今もわからなくて…。だけどあの時僕が贈った、僕の色のドレスが凄く似合っていて…、綺麗で、嬉しかったんだ。だから…」

 アリシアは握りしめられたレイヴンの手を取った。
 自然と心からの笑顔が浮かぶ。

「ありがとうございます。本当に嬉しいですわ」

 瞬間、目を見開いたレイヴンに、強く抱き締められていた。


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