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1章

3 母の教え①

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 そして始まったお妃教育はとても厳しいものだった。

 周辺5か国の外国語の習得、歴史等の座学の他にも楽器の演奏、ダンス、マナー等、毎日10時間以上を王宮で過ごす。

 マルグリットからは、「休憩時間にレイヴンを訪ねて親交を深めなさい」と言われていたが、過度な講義で常に疲れ果てているアリシアにそんな元気はなかった。
 それにレイヴンに会うとあの日言われた言葉が蘇る。

「王太子妃として相応しくないと思えばすぐに婚約を解消して次の者を選ぶ。君は替えがきく存在だ」

 お妃教育では全てのことができていて当然で、できなければ怒られるのにできていても褒められることはない。
 今のアリシアは怒られるばかりで何も出来ていない様に感じている。

 これで王太子妃として相応しいと認められるのか。
 すぐに婚約を解消されて別の令嬢に挿げ替えられるのではないか。

 そんなことばかりが思い浮かぶ。
 レイヴンに会いたいという気持ちは少しも湧いてこなかった。

 マルグリットは不思議と初めから優しく、週に何度か帰る前に部屋へ呼ばれて一緒にお茶を飲むようになっていた。
 暫くするとマルグリットはこのお茶会にレイヴンを呼ぶようになった。放っておくと少しも交流しようとしない2人にしびれを切らしたようだ。

 レイヴンはマルグリットの前では優しかった。
 偽りの笑顔を向けられて、アリシアは更に消耗していく。

 アリシアがお妃教育の中で最も苦手としているのがこれだった。
 常に感情を制御し、感情的になることは許されない。
 鏡を見ながら美しく感情がない笑顔を作る。
 人の悪意にも善意にも流されることなく、嬉しい時も悲しい時も全て同じ笑顔で受け流す。

 レイヴンの笑顔は正にお手本のようだった。
 気品が溢れ、自愛に満ちた優し気な笑顔。
 この笑顔を向けられたら、皆あの日のアリシアのように騙されるだろう。

 レイヴンに笑顔を向けられる度にアリシアの気分は落ち込み、自分が同じ笑顔を返せていないことを自覚していた。
 不出来な自分を見られている。
 レイヴンと会うのは唯々憂鬱なことだった。

 半年ほど経った頃、アリシアが辞去した後にレイヴンは嘆息しながら母に告げた。

「彼女は全然駄目ですね。何を学んでいるのか。あんなに感情が分かり易くては社交も外交もこなせないでしょう。腹黒い者に付け込まれて良いようにされてしまいますよ」

 言外に婚約者を選び直すよう要求していた。
 マルグリットはそんな息子の言葉を聞いて溜息を落とす。

 マルグリットはレイヴンと共にいる時、アリシアが委縮してしまっていることに気が付いていた。

 幼い頃から非凡な才能を見せ、周りから持て囃されて育ったレイヴンにはできない者の気持ちがわからない。
 自分ができることは誰でもできて当然だと思っている。
 それは同年代の子どもと接することが少なく、大人に囲まれて育ったことの弊害かもしれない。
 レイヴンが普段接する侍従も侍女も、その為の厳しい訓練を受けてその能力が認められたからこそ王宮で働いているのだ。
 訓練中の見習いとレイヴンが接することはない。




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