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06.あまく、ほどける
溢れる想い②
しおりを挟む「離すわけないない」
彼らしくないほど怒気を含めた声だった。その声色に目を丸くする。だけど焚き火が鎮火したように目を伏せてしまった。
「…離すわけ、ないじゃん。やっとこうやって、抱きしめることができるのに」
嘆きと憂い。そして懇願。
彼の表情から読み取れるのはただただ、“悲しみ”という感情のみ。
離れたくない、傍にいたい。
抱きしめたい、抱きしめて欲しい。
私だってそう思う。
だけど彼がそれほどまでに悲しむ理由が分からない。つい先程まで溢れ出した感情でぐちゃぐちゃだった自分よりも彼の方が深く傷ついているようだった。
「……俺だって、好きだった。初めて会った時からずっと。……ずっと綾乃が好きだった」
ーーーーーしらなかった。
とても驚いた。そして信じられなかった。でも、彼が嘘を言っているようには見えないし聞こえない。
沈痛な面持ちで顔を歪ませた彼は私に謝るように額を合わせて目を閉じた。
さっきまでの力強い視線も怒気を孕んだ声ももうない。
ただ、あるのは彼が初めて見せてくれた、当時の複雑な想いだった。
「でも、自分の立ち位置も分かっていた。綾乃と仲良くすればする程周りは騒ぎ立てる。どれだけ俺たちの関係性を否定しても、あの年齢の子どもには全て揶揄いの材料だった。事実、嫌がらせされてたじゃん。俺はそれが申し訳なくて、綾乃を傷つけることが怖くて告白すらできなかった」
中学生なんて皆そんなものだ。
でも、それは仕方ないことだ。
だけどビー太郎はそう思わないらしい。
きっと今まで吐き出せなかったんだろう。
彼は苦しげに気持ちを吐露した。
「俺は好きな女を守ることもできないただのヘタレで、この年になっても、どうやっても綾乃のことに関してはうまくいかない。今もこんなにも泣かせてしまってさ。それなのに王子とか笑わせてくれる」
ごめん、と王子様が項垂れる。
しゅんとした後頭部が許しを乞うように擦り寄ってきて、私は躊躇わず手を伸ばした。
「きもち悪いとか言うな。俺は嬉しい。こんなにも時間がかかったけど、綾乃も同じ気持ちだったって分かったんだから」
互いに掻き抱くようにキツくキツく抱きしめ合う。
溢れてくる感情を唇を引き結んで押さえ込みながら、彼の肩に顔を埋めた。
抱きしめたまま、ただ静かな時間が流れる。
お互いの体温を存在確認し合うような時間はとても尊くて、彼と同じ気持ちであることを実感してまた涙が溢れた。
「好きだよ、綾乃。俺はどんな綾乃も好きで可愛くて仕方ない」
バスローブの肩口をじわじわと濡らす私の耳元で彼は囁いた。
「まっすぐで一生懸命で、素直で眩しくて。ちょっと天然で鈍感で」
ビー太郎のクスッと笑う声が聞こえる。
……何それ。
褒められているのか貶されているのかよく分からないわ。
そんな言葉を飲み込みながら、おずおずと顔を上げれば、涙でぐちゃぐちゃになった顔を見て彼は「可愛い」と破顔した。
ビー太郎がこんな風に笑う顔を見たことがなかった。
困ったように眉を下げて、それなのにどうしようもないという清々しい笑顔。
目は正直で私にも分かるぐらい開き直っている。
「……センス、悪いわ」
「そう?俺は九年前の自分を褒めたいよ。綾乃をよく誘ったって。あれだって結構勇気いったんだから」
久しぶりに会ったビー太郎は、会っていなかった時間を感じさせないほどナチュラルだったのに。
「ちょっと見ないうちに凄く綺麗になって、妬いた。誰の為にそんな綺麗になったの、って。あとは、簡単に諦めようとした自分が馬鹿だって改めて思った」
自虐的な笑みを浮かべたビー太郎はスッと笑顔を消して目を細めた。悲嘆した感情が形を潜め、その目に宿る仄かな欲情が身体に熱を灯す。
身体を支える彼の腕がいつの間にかその役目を失って、バランスを崩した身体は、静かにゆっくりと少しだけ皺を作ったベッドに深く沈み込んだ。
「いつも考えてた。綾乃はどんな顔して男を誘うのだろうって。どんな顔で求めて、どんな風に乱れるのだろうって」
ビー太郎の手がそろりと頬を撫でる。
唇を象り、耳に触れる。
ただ、撫でられているだけなのに、彼の手がとても熱くていやらしくて。
「これからはいつでも話せる。昔のことも何でも訊いていい。綾乃が不安なら一から全部話すよ。でも、それこそキモいからオススメはしない」
ビー太郎がヘニョリと眉を下げる。
思わず頬を緩めれば、彼も目元を和らげて顔を近づけた。
「だから今はもう、抱いていい?」
「……キモいエピソードは聞かせてくれないの?」
ビー太郎がピタッと止まる。これからキスしよう、としてたんだろう。僅かに傾いた顔がしんどそうだった。
「……聞きたいの?」
「うん」
「それ、今じゃなきゃだめ?」
ビー太郎が唸る。どうして今なんだ、と言いたげだ。
もちろん、そんなの分かってる。
ちょっとした意地悪だ。
それでも彼は優しいからちゃんと答えてくれた。
「……裸の綾乃が出てきた夢で、俺はオトコになった」
なんというカミングアウト。
思わず笑えば、その声を飲み込むようにビー太郎がキスで塞ぐ。
もう終わり、と無言で訴えられて、投げ出した腕を彼の広く逞しくなった背中に回した。
「……もっと聞きたかった」
「キモいからやめて」
「でもなんでも教えてくれるんで、むぅ」
ビー太郎の視線が「もう黙れ」と怒鳴る。
押しつけられた唇が角度を変えて徐々に馴染むようなキスに変わる。互いの唇の形をよく覚えているようで、僅かな傾きでキスが深くなる。
唇を開けろと彼の舌が唇を舐めて戸を叩いた。
それを受け入れると同時に、バスローブの結び目がするりと音を立ててほどかけれる。
胸元の合わせが緩み、ビー太郎の熱い手が潜り込んだ。
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これはもう更新されないのでしょうか( ; ; )
ほんと、焦らすわ寝て☝️
長い夜はこれからね。楽しみ💕