拗らせ恋の紡ぎ方。

花澤凛

文字の大きさ
上 下
33 / 48
04.デートってものをしてみます

王子様とデートです④

しおりを挟む

 「………すごい」

 ビー太郎が連れて来てくれたのは関東圏でも最大を誇るイルミネーションが有名な施設だった。
 一面が色鮮やかな景色にただ、ただ、見惚れる。

 「綺麗」
 
 車はその景色を横目にこの先にある駐車場に向かっていた。だが、のろのろ運転。一向に進まない。
 きっと前の車もその前の車も駐車待ちだろう。
 こうなることが分かっていたから早めに来たのに、とビー太郎がぼやいた。
 車の中からでも十分楽しめる景色だからそれでいい。
 と、その時は思っていたのに、いざ車から降りて見れば、その景色は圧巻。舌を巻くことになる。
 
 「……すごい、綺麗」
 
 語彙力が無さすぎて「すごい」と「綺麗」しか出てこない。出てこないけど、目の前のキラキラしたこの景色はこれ以上の言葉は要らない。

 「ほら。行こう」
 
 ビー太郎が手を差し出してくれる。
 その手を当たり前のようにとればビー太郎は柔らかく微笑んでくれた。
 何そのプリンススマイルは!と心の中で叫ぶ。
 それを体現するかのように「くしゅんっ」とくしゃみが出た。

 「寒い?」
 「ううん。ただくしゃみが出ただけ」

 でもビー太郎の言う通り少し肌寒い。
 日中は暖かいと思ってあまり防寒対策はしていない。
 しかも車だというから気を抜いていた。
 すん、と鼻を啜ればビー太郎が心配そうに覗き込んでくる。すると何を思ったの、自分の首に巻いていたマフラーを外して首に巻いてくれた。
 大人しくされるがままになっているけど、ビー太郎の匂いがして、頭がクラクラする。
 距離も近いし、鼻血が出そうだし、なんかもうお腹いっぱいすぎて今にも貧血で倒れそう。

 「よし。俺ので申し訳ないけど」
 「ううん。ありがとう。暖かい」
 「昼は暖かかったから仕方ないよ」

 ビー太郎はマフラーを巻き終えるとまた私の手を繋ぐ。
 その手を視界の端に捉えてマフラーに顔を埋めた。

 あぁ。だめだめ。
 気をつけないと顔が緩んでしまう。
 こんなところでニヤニヤすると変な人みたいじゃない。

 うふふ、と漏れそうな声を押し殺してもいると人が沢山集まっているところに到着。皆此処を起点に道なりに歩いている。
 
 「ここから降りていく感じかな」
 「そうみたいね」

 周囲は家族連れとカップルばかりだった。
 皆楽しそうにきゃっきゃしながら写真を撮ったり景色を眺めたりしている。

 「写真撮る?」
 「綺麗に映るの?」
 
 ビー太郎は器用に空いた手でスマホを構えると試し撮りを始める。
 
 「あ。映る映る」
 「本当?じゃあ」
 「俺撮るから後で送るよ」

 私も撮ろう、と言いたかったのに、ビー太郎に言わせてもらえなかった。
 ううん。
 別に自分で撮ると言えばいいだけよ。
 そう言えばいいのに、それをすればきっと必然的に手を離さないといけない。
 ビー太郎は当たり前のように手を離しても繋いでくれる。でも、私は自分で離した手を繋ぎ直す自信はなかった。
 だからビー太郎の言葉に素直に甘えることにした。
 ビー太郎は私を抱き寄せると右手を伸ばしてカメラを構える。

 「はい、ポーズ」
 「え、私も?」
 「うん、嫌?」
 「……嫌じゃないけど」
 
 「ならいいじゃん」とビー太郎は再び画面を見つめる。
 画面には、少し笑顔がぎこちない私とプリンススマイルのビー太郎がおさまった。
 もちろん、背景は綺麗に映っている。

 「お。まあまあいい感じじゃん」
 「……カメラ写りいいわね。羨ましいわ」
 「そこは実物を褒めるところじゃないの?」
 「え?……あー、うん。カッコイイワー」
 「なにそれ。ちょっともうちょい心込めて」

 「あはは」と笑いながら近づいた距離を敢えて少し離した。
 物理的にも気持ち的にも、いつもの私達に戻る準備をする。
 じゃないときっと。
 今日が終わる頃私は耐えられないだろう。
 今ですらもう、胸が苦しくて仕方がない。

 「……綺麗ね」
 「うん」
 「あ、別れ道」
 「どっちから行く?」

 人波に流されながら手を繋いで歩く。
 煌めくイルミネーションの景色をぼんやりと眺めながら、この時間を楽しんだ。

 
 ーーーー今日が終わらなかったらいいのに。


 あれだけ距離感に気をつけていたのに、もう戻れないところまで来てしまっていた。
 いつも通り、と言い聞かせたのに今はもうどうしようもないほど彼への気持ちが募る。
 デートだと言われて思っていたより舞い上がっていたのかもしれない。
 当たり前のように手を繋いで本当に彼女気分を味わってしまったせいで、このポジションを誰かに譲りたくないと思ってしまう。
 
 だけど、ふと我に返って苦笑した。
 それで、今まで積み上げた関係性が崩れたらどうするんだ、と叱咤する自分がいる。
 何より失いたくないものを考えたら、手を伸ばせるはずがないのに。
 馬鹿だなあ、と思わず溜息が漏れた。

 「……結城?」
 「何?」

 気づけばもう、降りてきた道を登るだけになった。
 楽しくて、嬉しくて、時間が一瞬で過ぎてしまう。
 あぁ、終わっちゃう。
 そう考えただけで寂しくて仕方がない。
 この温もりを、自分だけのものにしたくて、だけど長年染み込んでしまったせいで少しも勇気が湧いてこない。

 じわっ、と視界が滲む。
 それを気づかれないように僅かに俯いた。
 
 周囲の煌めく景色がぼやけて歪んでいく。
 だけど瞬きひとつすればとても鮮明になって、ふと足を止めたビー太郎を思わず振り返ってしまった。

 「……何?じゃないでしょ。どうしたの」

 戸惑った彼の表情に今度はこっちが慌てることになる。
 こんなはずじゃなかった、と目尻を拭う。
 
 
 「ち、ちがうの。すごく、きれいで、かんどう、して」


 苦し紛れにでた咄嗟の言い訳がこれだった。
 全然捻りも無ければ完全にビー太郎を騙せるとは思っていない。
 でも、溢れ出した想いに収集がつかなくて自分でもどうすればいいのか分からなくなっていた。

 今日が楽しくて、終わってほしくなくて。
 繋いだ手を解きたくない。

 そして、自分じゃない誰かがこの手を繋ぐのかと考えただけで胸が引き裂かれそうになる。
 本当、今更どうしてって。
 上手く隠せていたのに、って。
 自分が一番戸惑っているの。

 「こっち」

 ビー太郎は私の手を引くと、周囲から私を隠すように足早に歩いた。
 私は半ば足が縺れそうになりながら、彼に促されるままついていく。

 「……び、たろ…」

 ビー太郎が私を連れてきたのは幻想的な世界から外れに外れた真っ暗な場所だった。
 建物の影の、きっと駐車場にショートカットする人達しか通らなさそうな静かな場所だ。
 そんなところまで連れてきた彼はただ私を何かから隠すように抱きしめる。
 せっかく止まった涙が再びせりあがり、ぼろぼろとこぼれ落ちてビー太郎のニットを濡らした。

 「結城を泣かせるのは何?苦しませるのは何?俺には教えてくれないの?」

 ビー太郎の宥めるような声が余計に涙を誘う。
 この声に甘えて吐き出してしまいたくなる衝動を必死に飲み込んだ。
 
 「すごく思い詰めた顔して……俺が見ていないとでも思った?」

 抱きしめられた腕の中は麻薬だった。
 どんな仕掛けがあるのだろう。
 ビー太郎に全てを委ねたくなるほど甘くて、誘われるまませっかく飲み込んだ言葉を吐き出したくなる。
 本当に観念するしかないのか、と瞼をぎゅっと閉じれば、溢れた涙が彼のニットに吸い込まれた。

 苦しい、嬉しい、寂しい。
 相反する気持ちが複雑に混ざり合う。

 私が何も言わないからか、ビー太郎は何も言わない。
 何か言わなきゃ、と思えば思うほど墓穴を掘りそうでどうしたもんか、と言葉を探した。

 「……俺、今日結構楽しかったんだけどな」

 ビー太郎の乾いた笑いが静かな場所に響く。
 驚いて顔を上げれば申し訳なさそうに眉を下げて笑う彼と目が合う。

 「ごめん。俺だけが舞い上がってたみたいで。結城がどうして泣いてるのか分かんない。ごめん」
 「ちがっ」
 「実際泣いてるじゃん。でも、理由は教えてくれない」

 ズバリと言われて反論も何も出なかった。
 実際その通りだし、「ビー太郎のことが好きすぎてどうしたらいいのか分からない」なんて口が裂けても言えない。

 「……ビ、たろ、は、……どうして、こんなことするの?」

 だけど、それで「ごめん」と黙り込んでしまえば一生ビー太郎と気まずくなってしまいそう。
 それだけは避けたくて、抱きしめられた腕を解こうと彼の胸を押し返した。

 「分からない?俺結構分かりやすく示してるはずなんだけど」

 離してよ、と押し返したら更に強く抱きしめらた。
 若干呆れまじりの言葉とは裏腹に抱きしめる腕は優しくて温かい。
 そのチグハグな優しさに目を白黒させていると、酷く真剣な眼差しが私を見下ろしていることに気付いた。

 「何も思わない女性の手を繋いだりする?車でこんなところまで連れ回しておいて、友人以上の何も思ってないとでも?」
 「……っ、そ、そんなの分かんないわよ!分かるはずないじゃない」
 「一ミリも可能性考えなかった?」

 ドッドッドッドッドッドッ
 心臓がやけに煩い。
 ビー太郎の猛追に嘘をつくこともできなくて。

 「……そ、そんなの、考えるわけ」

 だって期待しちゃダメって思ってたから。
 期待すれば期待しただけ、傷つくのは自分だからって。

 自分で言って悲しくてぶわあと涙が込み上げてくる。
 喉の奥から熱い何かを吐き出しそうになって歯を食いしばって飲み込んだ。

 「好きだよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

【R18】幼馴染な陛下と、甘々な毎日になりました💕

月極まろん
恋愛
 幼なじみの陛下に、気持ちだけでも伝えたくて。いい思い出にしたくて告白したのに、執務室のソファに座らせられて、なぜかこんなえっちな日々になりました。

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

【完結】獣欲な副社長はドライな秘書を捕まえたい。

花澤凛
恋愛
第17回 恋愛小説大賞 エタニティ賞受賞 皆さまのおかげで賞をいただくことになりました。 ありがとうございます。 越智美琴(おちみこと)は元彼に「お前とのセックス、気持ちよくない」と言われたことをきっかけにセックスを探求し続けていた。とはいえ、相手はいないので玩具を使った一人エッチ。おまけに探求しすぎた結果、玩具でしか快感を得られない身体になってしまった。 そんなある日美琴は大事な玩具の入ったポーチを会社に忘れてしまう。慌てて取りに戻ったものの、副社長であり美琴の上司である蓮見慧士(はすみさとし)にポーチの中身がバレてしまった。 「黙っててやるから俺にも見せろよ」 そこからはじまった二人のオトナの関係。 昼間は上司と部下。 夜はセフレ。 しかし、セフレにしては距離感が近いような気がする。 「俺たちは俺たちの関係を作ればいい」 ドライな秘書×欲深な副社長 カラダから始まる愛欲強めのラブストーリー。

優しい微笑をください~上司の誤解をとく方法

栗原さとみ
恋愛
仕事のできる上司に、誤解され嫌われている私。どうやら会長の愛人でコネ入社だと思われているらしい…。その上浮気っぽいと思われているようで。上司はイケメンだし、仕事ぶりは素敵過ぎて、片想いを拗らせていくばかり。甘々オフィスラブ、王道のほっこり系恋愛話。

処理中です...