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第三章:青空のその向こうへ
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頭が酷く痛む。
喉は砂漠の大地みたいにカラカラに乾いていて、目は瞬きすることを忘れた。
俺は、自分のプロフィールが書かれた紙を見つめたまま動けなかった。貼られた付箋に書かれた、自らの死を告げる文字列。それは日本語で、自分が知っている言語のはずなのに、どこか知らない国の文字に見えた。
交通事故。
失血で死亡。
淡々としたその文字を、頭の中で反芻させる。何度噛み砕いても、理解できない。否、信じることが出来なかった。
こんなの、嘘に決まってる。
俺たちが世界の秘密を暴こうとしているから、誰かが怒っているんだ。それか、誰か他の人のページに貼る予定だったものを、間違えて貼ったんだ。そうに違いない。
必死に自分にそう言い聞かせる。だが、どれだけ自分に言い聞かせるように思っても、それは俺を安心させてはくれなかった。
死んだ記憶も、死んでいないという記憶も、俺にはないのだから。何も分からない。確証がなさすぎる。
でも、死んでいるとしたら俺は此処にはいないはずだ。まさか、俺が幽霊だなんてそんな馬鹿げたことあるだろうか。そしたら、一吹や夕凪はずっと幽霊の俺と過ごしていたことになる。北原もあずも俺が見えていたし、今まで普通に学校生活を送ってきた。今更、あなたは死んでいましたなんて言われても信じることなどできない。
それに、俺にとって一番大切な記憶が、自分の死なわけあるか。そんなことあるわけがないだろう。
くしゃり、と紙に皺が入ったことで、頭が少し冷静になる。歪んだ自分の顔写真を見つめて、俺は深呼吸をした。
大切な記憶が、いいものとは誰も言っていない。
俺たちが失った記憶は、大切なものであることはあの文章によれば真実だ。だが、その大切な記憶が幸せなものとは限らない。自分が死んだことだって、見方を変えれば重要な記憶の一つだろう。
あぁ、ダメだ。
何もかも分からない。
俺が死んでいるなら、どうして俺はここに居るんだ。死んだはずなのに、なぜ普通に学校生活を送っているんだ。
俺は、何でここに転校してきたんだ。世界の秘密ってそもそもなんだ。俺にとって一番大切な記憶って、何なんだよ。
行き場のない疑問を、ひたすらに念仏みたいに呟いていた。落ち着きなんてもうどこかへと旅立ってしまった。
俺は、何でここで生きているのだろう。
これこそが夢なのか。今までの学校生活は全て偽りだったのか。
脳が勝手にそんな妄想をして、呼吸を乱れさせていった。
息って、どうするんだっけ。俺、ちゃんと生きてる?
誰か、誰か……。
「繋くん……!」
俺の気が動転している時、聞きなれた声が聞こえた。顔を上げれば、こちらに慌てた様子で駆けよってくる夕凪。珍しく動揺の色を顔に滲ませていた。
「ゆ、なぎ……?」
「落ち着いて繋くん。ゆっくり息をして」
半ば過呼吸を引き起こしかけていた俺の隣にしゃがみこみ、夕凪は俺の背をそっと撫でる。「大丈夫」と優しげな声音で何度も言われ、脳内を支配していた混乱の渦が少しずつ消えていく。背を擦る夕凪の手は温かくて、しっかりと俺に触れていた。
あぁ、ほら見ろ。俺は死んでなんかいない。
もう一度言い聞かせて、俺は息を整えた。
「あり、がと。ごめん、夕凪……」
「大丈夫よ。……何かあった?」
「いや……」
俺は夕凪に問われ、目を逸らした。
話すべきなのだろうか。だが、自分でもまだ不確定なことを、夕凪には話したくなかった。それで、不安感を与えてしまっては申し訳ない。
「かなり混乱していたようだけれど、もう平気かしら?」
「うん。だいぶ落ち着いた……本当にごめん」
もう一度謝罪をすれば、夕凪がどこか悲しそうに視線を落とした。
「ねぇ、夕凪。自分が知らない自分のコトって、あると思う?」
「……唐突ね。あると思うわ。それも、かなりたくさんね」
「絶対に気づきそうなことでも、知らないってことありえるかな?」
「ありえるわ。……もしかして、大切な記憶に関すること?」
その問いに俺は何も答えなかった。
そうすれば、夕凪がいつものように微笑んだ。
「大丈夫よ、繋くん。私は何があっても貴方を信じてる」
未だ紙を握ったままの俺の手を、夕凪がそっと包み込んだ。紙はくしゃりと歪んでいるせいで、細かな内容は夕凪には見えていないだろう。それが今の救いだった。
「信じてるって、どういう……?」
「真実を受け止める勇気。それが、貴方にあるってことを私は信じてるわ」
夕凪は真剣な眼差しで言った。
いまいち、夕凪の言うことが理解できなかった。俺が混乱していたから、励ましの意味をこめてそう言ってくれたのだろうか。
それとも、世界の秘密を知ったうえでの言葉なのか。
夕凪は、俺が死んでいたというこの嘘みたいなことを、知っているのだろうか。俺自身ですら分かっていないこの真実を、彼女は既に理解し受け入れているというのだろうか。
それは、夕凪本人に聞くことはできなかった。単純に怖かったのだ。
自身の死を、信じたくない。
俺には、それが真実だとして、どうすればいいか分からなかった。
喉は砂漠の大地みたいにカラカラに乾いていて、目は瞬きすることを忘れた。
俺は、自分のプロフィールが書かれた紙を見つめたまま動けなかった。貼られた付箋に書かれた、自らの死を告げる文字列。それは日本語で、自分が知っている言語のはずなのに、どこか知らない国の文字に見えた。
交通事故。
失血で死亡。
淡々としたその文字を、頭の中で反芻させる。何度噛み砕いても、理解できない。否、信じることが出来なかった。
こんなの、嘘に決まってる。
俺たちが世界の秘密を暴こうとしているから、誰かが怒っているんだ。それか、誰か他の人のページに貼る予定だったものを、間違えて貼ったんだ。そうに違いない。
必死に自分にそう言い聞かせる。だが、どれだけ自分に言い聞かせるように思っても、それは俺を安心させてはくれなかった。
死んだ記憶も、死んでいないという記憶も、俺にはないのだから。何も分からない。確証がなさすぎる。
でも、死んでいるとしたら俺は此処にはいないはずだ。まさか、俺が幽霊だなんてそんな馬鹿げたことあるだろうか。そしたら、一吹や夕凪はずっと幽霊の俺と過ごしていたことになる。北原もあずも俺が見えていたし、今まで普通に学校生活を送ってきた。今更、あなたは死んでいましたなんて言われても信じることなどできない。
それに、俺にとって一番大切な記憶が、自分の死なわけあるか。そんなことあるわけがないだろう。
くしゃり、と紙に皺が入ったことで、頭が少し冷静になる。歪んだ自分の顔写真を見つめて、俺は深呼吸をした。
大切な記憶が、いいものとは誰も言っていない。
俺たちが失った記憶は、大切なものであることはあの文章によれば真実だ。だが、その大切な記憶が幸せなものとは限らない。自分が死んだことだって、見方を変えれば重要な記憶の一つだろう。
あぁ、ダメだ。
何もかも分からない。
俺が死んでいるなら、どうして俺はここに居るんだ。死んだはずなのに、なぜ普通に学校生活を送っているんだ。
俺は、何でここに転校してきたんだ。世界の秘密ってそもそもなんだ。俺にとって一番大切な記憶って、何なんだよ。
行き場のない疑問を、ひたすらに念仏みたいに呟いていた。落ち着きなんてもうどこかへと旅立ってしまった。
俺は、何でここで生きているのだろう。
これこそが夢なのか。今までの学校生活は全て偽りだったのか。
脳が勝手にそんな妄想をして、呼吸を乱れさせていった。
息って、どうするんだっけ。俺、ちゃんと生きてる?
誰か、誰か……。
「繋くん……!」
俺の気が動転している時、聞きなれた声が聞こえた。顔を上げれば、こちらに慌てた様子で駆けよってくる夕凪。珍しく動揺の色を顔に滲ませていた。
「ゆ、なぎ……?」
「落ち着いて繋くん。ゆっくり息をして」
半ば過呼吸を引き起こしかけていた俺の隣にしゃがみこみ、夕凪は俺の背をそっと撫でる。「大丈夫」と優しげな声音で何度も言われ、脳内を支配していた混乱の渦が少しずつ消えていく。背を擦る夕凪の手は温かくて、しっかりと俺に触れていた。
あぁ、ほら見ろ。俺は死んでなんかいない。
もう一度言い聞かせて、俺は息を整えた。
「あり、がと。ごめん、夕凪……」
「大丈夫よ。……何かあった?」
「いや……」
俺は夕凪に問われ、目を逸らした。
話すべきなのだろうか。だが、自分でもまだ不確定なことを、夕凪には話したくなかった。それで、不安感を与えてしまっては申し訳ない。
「かなり混乱していたようだけれど、もう平気かしら?」
「うん。だいぶ落ち着いた……本当にごめん」
もう一度謝罪をすれば、夕凪がどこか悲しそうに視線を落とした。
「ねぇ、夕凪。自分が知らない自分のコトって、あると思う?」
「……唐突ね。あると思うわ。それも、かなりたくさんね」
「絶対に気づきそうなことでも、知らないってことありえるかな?」
「ありえるわ。……もしかして、大切な記憶に関すること?」
その問いに俺は何も答えなかった。
そうすれば、夕凪がいつものように微笑んだ。
「大丈夫よ、繋くん。私は何があっても貴方を信じてる」
未だ紙を握ったままの俺の手を、夕凪がそっと包み込んだ。紙はくしゃりと歪んでいるせいで、細かな内容は夕凪には見えていないだろう。それが今の救いだった。
「信じてるって、どういう……?」
「真実を受け止める勇気。それが、貴方にあるってことを私は信じてるわ」
夕凪は真剣な眼差しで言った。
いまいち、夕凪の言うことが理解できなかった。俺が混乱していたから、励ましの意味をこめてそう言ってくれたのだろうか。
それとも、世界の秘密を知ったうえでの言葉なのか。
夕凪は、俺が死んでいたというこの嘘みたいなことを、知っているのだろうか。俺自身ですら分かっていないこの真実を、彼女は既に理解し受け入れているというのだろうか。
それは、夕凪本人に聞くことはできなかった。単純に怖かったのだ。
自身の死を、信じたくない。
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