12 / 56
Name2:Flower
3
しおりを挟む
「名無しくん、次はあっち行ってみたいな」
碓氷さんが、どこかワクワクしたような目をして言った。
「いいよ。今日は碓氷さんの行きたいとこに付き合うからさ」
今度は碓氷さんが僕の手を取って歩き出した。とてもデートという単語だけで照れていた人と同一人物だとは思えない程の行動だ。
今や僕より彼女の方がデートの流れを支配しているような気がする。こちらとしてはその方がありがたいけれど、羽目を外しすぎないかが少しばかり心配だ。
彼女に手を引かれてやってきたのは、多くの花が規則正しく飾られた場所だった。今の季節である秋の花だけは本物が置かれているが、その他の季節の花は造花で、ガラスケースの中に展示されている。博物館のようなその場所は、他の場所よりも静かで、落ち着いた雰囲気を放っていた。
「ここは花言葉をテーマにいろんな花が植えられているみたいだね!」
「そうだね。僕はここ初めて来たかも」
ガラスケースの前には、花の名前と花言葉が書かれているようだった。それも、誕生花となっている花が飾られているみたいで、三百六十六日全ての誕生花がここにはあるらしい。『自分の誕生日のお花を探してみてね!』とポップな書体で書かれた看板が置いてある。
「碓氷さんは誕生日いつなの?」と僕は訊ねた。
「私?十二月十九日だよ」
「十二月十九日……じゃあ、君の誕生花はあれだね」
少し視線を巡らせて見つけた十二月十九日の誕生花。そこには、ガラスケースに入った一輪の花がある。細い茎に、小さな白い花をつけたどこか儚い印象の花だ。その見た目は、鈴蘭によく似ている。
「スノーフレーク……綺麗な花」と碓氷さんが、その双眸に花を映し出した。
「花言葉は純粋、汚れ泣き心、皆を引き付ける魅力か」
キャプションを読み上げる。そこには、碓氷さんという人をそのまま表したような花言葉が書かれていた。
わかる気はする。彼女は特別人より突出した才能はないが、なんとなく彼女には惹かれる何かがあるのだ。言葉では上手く言い表せない不思議な魅力だ。
「素敵な花だね。でも、私にはもったいない花言葉を持ってるんだね」
「君にはよく合う花言葉じゃない?」
「……名無しくんはお世辞が上手いなぁ」
「お世辞でもないんだけどね」
碓氷さんは困ったように笑う。
別にお世辞を言ったつもりはなかった。かといって彼女を気遣ったわけでもないけれど。でも、スノーフレークは彼女にぴったりな花だと正直に思う。
「名無しくんは誕生日いつなの?」と今度は碓氷さんが訊ねてきた。
「僕?八月二日だけど」
「夏生まれなんだね。えーっと、八月の花は……」
僕の誕生日を聞くと、碓氷さんは目を凝らして無数に並ぶ花から僕の誕生花を探している。ワクワクした様子が伝わってくる彼女の背中を僕はのんびりと追いかけた。
「あ、これだね」
振り向いて碓氷さんがとある花を指さす。それは、最初の場所で見た桔梗の花だった。紫色の桔梗が、仄かな明かりを浴びて淡い輝きを散らしている。
「花言葉は深い愛情と永遠の愛。優しい名無しくんにはぴったりじゃない?」
碓氷さんは柔らかな微笑を湛えてそう言った。
まさか、と言いそうになって慌てて口を閉じる。仮にも誕生花だというのに、その花言葉は僕とはかけ離れすぎている。皮肉を言われている気分だ。
僕は誰かを深く愛せないし、永遠の愛も誓えない。
「……愛とか、僕には全く理解できないから」
「え……?」
「何でもない。聞かなかったことにして」
驚愕の色を滲ませた瞳を見て、僕はハッと我に返る。彼女から目を逸らし、吐き捨てるようにそう口にした。
次の場所行こうか、なんて無理やり話を切り替えて僕は歩き出す。碓氷さんは戸惑いながらも、何も言わずに僕の後をそっと着いてくる。
「……愛なんて、そう深く考えるものでもないと思うけどなぁ」
ぽつりと励ましのように呟かれた彼女の言葉を、僕は聞こえないふりをした。
碓氷さんが、どこかワクワクしたような目をして言った。
「いいよ。今日は碓氷さんの行きたいとこに付き合うからさ」
今度は碓氷さんが僕の手を取って歩き出した。とてもデートという単語だけで照れていた人と同一人物だとは思えない程の行動だ。
今や僕より彼女の方がデートの流れを支配しているような気がする。こちらとしてはその方がありがたいけれど、羽目を外しすぎないかが少しばかり心配だ。
彼女に手を引かれてやってきたのは、多くの花が規則正しく飾られた場所だった。今の季節である秋の花だけは本物が置かれているが、その他の季節の花は造花で、ガラスケースの中に展示されている。博物館のようなその場所は、他の場所よりも静かで、落ち着いた雰囲気を放っていた。
「ここは花言葉をテーマにいろんな花が植えられているみたいだね!」
「そうだね。僕はここ初めて来たかも」
ガラスケースの前には、花の名前と花言葉が書かれているようだった。それも、誕生花となっている花が飾られているみたいで、三百六十六日全ての誕生花がここにはあるらしい。『自分の誕生日のお花を探してみてね!』とポップな書体で書かれた看板が置いてある。
「碓氷さんは誕生日いつなの?」と僕は訊ねた。
「私?十二月十九日だよ」
「十二月十九日……じゃあ、君の誕生花はあれだね」
少し視線を巡らせて見つけた十二月十九日の誕生花。そこには、ガラスケースに入った一輪の花がある。細い茎に、小さな白い花をつけたどこか儚い印象の花だ。その見た目は、鈴蘭によく似ている。
「スノーフレーク……綺麗な花」と碓氷さんが、その双眸に花を映し出した。
「花言葉は純粋、汚れ泣き心、皆を引き付ける魅力か」
キャプションを読み上げる。そこには、碓氷さんという人をそのまま表したような花言葉が書かれていた。
わかる気はする。彼女は特別人より突出した才能はないが、なんとなく彼女には惹かれる何かがあるのだ。言葉では上手く言い表せない不思議な魅力だ。
「素敵な花だね。でも、私にはもったいない花言葉を持ってるんだね」
「君にはよく合う花言葉じゃない?」
「……名無しくんはお世辞が上手いなぁ」
「お世辞でもないんだけどね」
碓氷さんは困ったように笑う。
別にお世辞を言ったつもりはなかった。かといって彼女を気遣ったわけでもないけれど。でも、スノーフレークは彼女にぴったりな花だと正直に思う。
「名無しくんは誕生日いつなの?」と今度は碓氷さんが訊ねてきた。
「僕?八月二日だけど」
「夏生まれなんだね。えーっと、八月の花は……」
僕の誕生日を聞くと、碓氷さんは目を凝らして無数に並ぶ花から僕の誕生花を探している。ワクワクした様子が伝わってくる彼女の背中を僕はのんびりと追いかけた。
「あ、これだね」
振り向いて碓氷さんがとある花を指さす。それは、最初の場所で見た桔梗の花だった。紫色の桔梗が、仄かな明かりを浴びて淡い輝きを散らしている。
「花言葉は深い愛情と永遠の愛。優しい名無しくんにはぴったりじゃない?」
碓氷さんは柔らかな微笑を湛えてそう言った。
まさか、と言いそうになって慌てて口を閉じる。仮にも誕生花だというのに、その花言葉は僕とはかけ離れすぎている。皮肉を言われている気分だ。
僕は誰かを深く愛せないし、永遠の愛も誓えない。
「……愛とか、僕には全く理解できないから」
「え……?」
「何でもない。聞かなかったことにして」
驚愕の色を滲ませた瞳を見て、僕はハッと我に返る。彼女から目を逸らし、吐き捨てるようにそう口にした。
次の場所行こうか、なんて無理やり話を切り替えて僕は歩き出す。碓氷さんは戸惑いながらも、何も言わずに僕の後をそっと着いてくる。
「……愛なんて、そう深く考えるものでもないと思うけどなぁ」
ぽつりと励ましのように呟かれた彼女の言葉を、僕は聞こえないふりをした。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
想い出は珈琲の薫りとともに
玻璃美月
恋愛
第7回ほっこり・じんわり大賞 奨励賞をいただきました。応援くださり、ありがとうございました。
――珈琲が織りなす、家族の物語
バリスタとして働く桝田亜夜[ますだあや・25歳]は、短期留学していたローマのバルで、途方に暮れている二人の日本人男性に出会った。
ほんの少し手助けするつもりが、彼らから思いがけない頼み事をされる。それは、上司の婚約者になること。
亜夜は断りきれず、その上司だという穂積薫[ほづみかおる・33歳]に引き合わされると、数日間だけ薫の婚約者のふりをすることになった。それが終わりを迎えたとき、二人の間には情熱の火が灯っていた。
旅先の思い出として終わるはずだった関係は、二人を思いも寄らぬ運命の渦に巻き込んでいた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる