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成長期の二人
その口を縫ってくれ
しおりを挟む「お嬢様!」
駆け寄ってきてくれたカインに抱き起こされ、フワフワとした意識からまた現在へと戻ってこれた。
先程の居た堪れない空気を打破してくれたカインには是非とも感謝の念を伝えたい。
「奥様になんとご報告すれば良いのか…もうカインには分かりません」
おっと、ここでまさかのわたしへの敵発言ですか!ありがとうを伝えたっかのに、こんな状況だともうお礼も言えない。どうせならこのまま気を失ってしまいたいんだけどな。うん、そんなにやわに出来てないわ。
鼻血はラニエルから貰ったハンカチで止血することができたので、心許ないけれどもそのままカフェテリアに案内することにした。顔面から地面に向かうことが出来たおかげで、今着ている通常よりもお値段の張る綺麗なドレスは無事なのだ。けれども、案内が終わり一緒に腰を下ろそうとした時にカインに呼び止められ“お化粧直し”として退席させられてしまった。
「カインもうわたしはなんともありませんわ」
「ですが、きちんと消毒して、またお化粧も直さなくてはいけません。レディの嗜みなのですよ」
「あーー、はい、レディの嗜みですのね」
頭が痛くなる話だが、これも致し方ないのか。だってお嬢様育ちだし、むしろ婿養子を取らないといけないのだし。嗜みと言われるものはきちんとできるようにならないといけないのよね。うんーー
(億劫だわぁ…)
「お嬢様、そのようなお顔をされてはすぐに心を読まれてしまいますわよ」
「そんなこと言われても、勝手に顔に出てしまうんですわ。出してるつもりもありませんし」
「ご令嬢は常に笑顔ですよ」
「笑顔ならいつでも出来ますわよ、ほら」
にこやかに微笑めばカインはきゅっと顔をひきつらせる。
ほのかに頬に刺した赤色をみれば、なかなかいい笑顔ができたのでわないかと思う。のだけれどもーー
「どうしてそのお顔を常になさらないのですか!」
(今のタイミングは褒めるところでしょーー?どうして叱られているの!)
わたしにはカインは制御不能だわ。ラノベでは侍女はお嬢様に従順だったり命を捧げるほどに溺愛してたりしたのに。さすがに乙女ゲームに転生してないだけあるわ。ただの異世界転生だと、なかなか懐柔するにも段階がいるのね。まぁ、乙女ゲームなんてスマホ世代になってからはやってないんだけどね。
わたしが経験してきた乙女ゲームといえば、ガラケーの時代に月額を払ってやっていたチープなものくらいだし。あ、ガラケー懐かしいなぁーー
「お嬢様そろそろラニエル様の所につきますから、どうぞ戻ってきてくださいませ」
「はい、ただいま戻りました」
思ったことはすぐに口に出してしまう癖と思考旅行に出かけてしまう癖をどうにかしないと、このお嬢様人生詰んでしまうかもしれない!いかんぞ!ソレはとてもイカン!
「ラニエル様大変お待たせいたしました」
「もう具合は大丈夫うですか?」
「はいお陰様でかげんも良くなりました。ご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ございませんでした。それにお借りしたハンカチーフも汚してしまいましたし」
「お気になさらないでください、僕が勝手にしたことですから。ラティが無事なら僕のものがどうなろうと構いませんよ」
(紳士かよ!)
(この7歳児はどこまで紳士なんだ!わたしの思考迷子にもそっと付き合ってくれるし、引かずに友達でいてくれてるし、子供なのに子供じゃない!)
そうこの紳士は本当に子供らしくないのだ。落ち込んで森逃げ込んでいるという設定意外でこの子が子供らしい言動をしたのを見たことがない。いつだってこんな変なわたしに付き合ってくれて、初めて会った時から不審なーーハムハムかましてくるような痴女にだって紳士の対応を崩したことがないのだ。
(え、まって?)
つまりわたしと一緒にいる時でも、彼は子供に戻ることが出来てなくて、嫡男という重荷を背負った状態のまま一緒にいたということ?ずっと小さい彼に気を使わせ続けていたってこと?
(わたし、エルに心から安らげる時間を作ってあげれてなかったんだ…)
「ラティ?」
「エルごめんなさい」
「僕は大丈夫ですよ」
「いいえ、今だけではなくてわたしは貴方の心をちゃんと癒すことが出来ていなかったんだわ」
「きゅっ急にどうしたんですか…」
いきなり謝り出したわたしに、さすがのラニエルも状況が飲み込めてないようだ。考えて口に出そうと試みているそばから、またわたしは"謝りたいから"と話の流れを踏まずにその場の空気を飲み込んでしまう。
ほのぼのとした空気に変えてくれていたのに、あえてまた際どい空気に戻すわたし。あれだ、KYというやつだわ。あれ?今時はKYなんて言わないのかしら。
(今時って、今更…この時代に何を思っているのかしら)
「ラティ、僕は貴女に会うだけでいつも心が癒されていましたよ。ね、だからそんなに泣きそうな顔にならないで」
「だってエル…いつもわたしだけが楽しんでいて」
「ラティは僕が毎日楽しく2人の時間を過ごせていたなかったと、そう言いたいんですか?」
「だって、いつもわたしが勝手に…」
(わたしだけが煩悩に撃ち勝てずにハムハムを楽しんでいたから、どちらかというと被害者というか)
「僕がいつもお願いしていたのは、ラティにしてもらうおまじないですよ。他の誰かにしてもらうのではなくて、貴女にしてもらうからこそ僕はいつも元気を貰っていたんですよ」
「うん(いきなり殺し文句みたいなのが来た)」
「さぁ、まずはこちらに掛けてください」
「はい」
その言葉に促され、本当はわたしからお茶会を開始しなくてはいけないのに、ラニエルがテラスにいた侍女たちに指示を出してくれていた。
優しい香りのハーブティーがわたしの目の前に置かれる。彼の前にも同じものが出されており、お互いの間には綺麗なお茶菓子が置かれ、見た目は優雅なティータイムだ。
2人の従者も壁伝いに控え、テーブルを囲むのは私たちだけとなった。それでもそんなに広くないテラスの景色からは、お互いの話し声もここにいるみんなに聞こえるくらいのものが響いている。
「僕は色々な重責から逃げるようにあの日あの森の中に入って行きました。そしてそこには先客がいて柔らかそうな髪をなびかせながらうたた寝をしていたんです」
「それって」
「はい、僕とラティが初めて会った日の話です」
(おーー!まさかのあの記憶のない出会い編を聞くことができるなんて!それでそれで!?)
「その寝顔がとても気持ちよさそうに、幸せそうでとても愛らしかったんです」
「っ!」
自分の空気も周りの空気も少しばかり緊張が走ったのがわかる。こやつ、2人の馴れ初めのように話し始めおったぞ!みんなが興味津々になってるのが、鈍感なわたしでもわかる。そしてわたしも恥ずかしいやらで何だか居心地が悪くなる思いだしーー
「しばらく眺めていたんです。貴女の寝顔を」
「ま、まぁ初めて聞きましたわ」
「それは、恥ずかしくて、初めて会った女の子に、しかも声もお互いに知らない間柄で。こんなに温かい気持ちになることがあるなんて、そうやって眺めていたらラティが目を覚ましたんです。そして貴女の淡いラベンダー色の瞳と目が合った瞬間に僕はーー」
ーーごくっ。誰かが生唾を飲んだ音が聞こえてくる。
「僕は恋に落ちてしまったんです」
「っ!」
「っ!!」
(ちょっちょっと待って!なに!急に何を言い出したのこの子!)
「だから、ラティと一緒にいれること自体が僕にとって幸せな時間だったんですよ」
「エルが、好ましいって言ってたのって、それって」
「はい、僕は貴女にあの時からずっと恋をしているんです」
「まってまって!」
「だから、貴女が僕に触れてくれる度に心臓が潰れてしまうかと思うほどドキドキしていました」
(あ、嫌な予感してきた)
「エル、その辺で、もう、もうお気持ちは伝わりましたから」
「貴女の香りが僕の近くにある度に身体中くすぐったさを感じたり、貴女の唇が肌に触れる度にーー」
「ちょっと黙ろうカーーーー!?」
わたしの頭は久々の大パニックを起こしている。こいつ何を言い出した!ほとんど聞こえる距離にみんないるんだぞ!お前の従者も近くにいるんだぞ!むしろ昨日の手首をすれ合わせるだけで絶叫していたカインが、ママ様の偵察隊がいるんだぞ!なにをなにを!
「僕はラティに触って欲しくてたまらなくなるんです」
「ちょっと誰か!ダレカ!その口を縫ってくださいーー!」
わたしの声は一層大きくなり、届かない自分の腕の代わりに周りの大人に叫び出す。誰か!誰か!
(セクハラがバレる!!痴女だってバレる!やめて!ほんとやめて!)
「僕の天使…それはどういう…」
「えっーー」
お茶会のテーブルから少し離れたわたしの後方に響く声があった。若くてハリのあるいつ聞いてもいい声だと、現実逃避をしたいわたしに警報音とともに鳴り響く。
この声の主に振り返る勇気が今のわたしにはない。後ろから聞こえてきた声にわたしはどんどん血の気が引き青ざめていくのがわかる。このことを引き起こした犯人は、なぜだか瞳を爛々に輝かせて頬を染め、わたしの好きなあの素敵な笑顔をわたしに向けているだけだった。
(終わった…わたしのお嬢様人生、ここで終わった)
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