上 下
20 / 25
成長期の二人

その口を縫ってくれ

しおりを挟む


「お嬢様!」


 駆け寄ってきてくれたカインに抱き起こされ、フワフワとした意識からまた現在へと戻ってこれた。
 先程の居た堪れない空気を打破してくれたカインには是非とも感謝の念を伝えたい。


「奥様になんとご報告すれば良いのか…もうカインには分かりません」


 おっと、ここでまさかのわたしへの敵発言ですか!ありがとうを伝えたっかのに、こんな状況だともうお礼も言えない。どうせならこのまま気を失ってしまいたいんだけどな。うん、そんなにやわに出来てないわ。
 鼻血はラニエルから貰ったハンカチで止血することができたので、心許こころもとないけれどもそのままカフェテリアに案内することにした。顔面から地面に向かうことが出来たおかげで、今着ている通常よりもお値段の張る綺麗なドレスは無事なのだ。けれども、案内が終わり一緒に腰を下ろそうとした時にカインに呼び止められ“お化粧直し”として退席させられてしまった。


「カインもうわたしはなんともありませんわ」

「ですが、きちんと消毒して、またお化粧も直さなくてはいけません。レディのたしなみなのですよ」

「あーー、はい、レディの嗜みですのね」


 頭が痛くなる話だが、これも致し方ないのか。だってお嬢様育ちだし、むしろ婿養子を取らないといけないのだし。嗜みと言われるものはきちんとできるようにならないといけないのよね。うんーー



億劫おっくうだわぁ…)



「お嬢様、そのようなお顔をされてはすぐに心を読まれてしまいますわよ」

「そんなこと言われても、勝手に顔に出てしまうんですわ。出してるつもりもありませんし」

「ご令嬢は常に笑顔ですよ」

「笑顔ならいつでも出来ますわよ、ほら」


 にこやかに微笑めばカインはきゅっと顔をひきつらせる。
 ほのかに頬に刺した赤色をみれば、なかなかいい笑顔ができたのでわないかと思う。のだけれどもーー


「どうしてそのお顔を常になさらないのですか!」



(今のタイミングは褒めるところでしょーー?どうして叱られているの!)



 わたしにはカインは制御不能だわ。ラノベでは侍女はお嬢様に従順だったり命を捧げるほどに溺愛してたりしたのに。さすがに乙女ゲームに転生してないだけあるわ。ただの異世界転生だと、なかなか懐柔かいじゅうするにも段階がいるのね。まぁ、乙女ゲームなんてスマホ世代になってからはやってないんだけどね。
 わたしが経験してきた乙女ゲームといえば、ガラケーの時代に月額を払ってやっていたチープなものくらいだし。あ、ガラケー懐かしいなぁーー


「お嬢様そろそろラニエル様の所につきますから、どうぞ戻ってきてくださいませ」

「はい、ただいま戻りました」


 思ったことはすぐに口に出してしまう癖と思考旅行に出かけてしまう癖をどうにかしないと、このお嬢様人生詰んでしまうかもしれない!いかんぞ!ソレはとてもイカン!


「ラニエル様大変お待たせいたしました」

「もう具合は大丈夫うですか?」

「はいお陰様でかげんも良くなりました。ご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ございませんでした。それにお借りしたハンカチーフも汚してしまいましたし」

「お気になさらないでください、僕が勝手にしたことですから。ラティが無事なら僕のものがどうなろうと構いませんよ」



(紳士かよ!)

(この7歳児はどこまで紳士なんだ!わたしの思考迷子にもそっと付き合ってくれるし、引かずに友達でいてくれてるし、子供なのに子供じゃない!)



 そうこの紳士は本当に子供らしくないのだ。落ち込んで森逃げ込んでいるという設定意外でこの子が子供らしい言動をしたのを見たことがない。いつだってこんな変なわたしに付き合ってくれて、初めて会った時から不審なーーハムハムかましてくるような痴女にだって紳士の対応を崩したことがないのだ。



(え、まって?)



 つまりわたしと一緒にいる時でも、彼は子供に戻ることが出来てなくて、嫡男という重荷を背負った状態のまま一緒にいたということ?ずっと小さい彼に気を使わせ続けていたってこと?



(わたし、エルに心から安らげる時間を作ってあげれてなかったんだ…)



「ラティ?」

「エルごめんなさい」

「僕は大丈夫ですよ」

「いいえ、今だけではなくてわたしは貴方の心をちゃんと癒すことが出来ていなかったんだわ」

「きゅっ急にどうしたんですか…」


 いきなり謝り出したわたしに、さすがのラニエルも状況が飲み込めてないようだ。考えて口に出そうと試みているそばから、またわたしは"謝りたいから"と話の流れを踏まずにその場の空気を飲み込んでしまう。
 ほのぼのとした空気に変えてくれていたのに、あえてまた際どい空気に戻すわたし。あれだ、KYというやつだわ。あれ?今時はKYなんて言わないのかしら。



(今時って、今更…この時代に何を思っているのかしら)



「ラティ、僕は貴女に会うだけでいつも心が癒されていましたよ。ね、だからそんなに泣きそうな顔にならないで」

「だってエル…いつもわたしだけが楽しんでいて」

「ラティは僕が毎日楽しく2人の時間を過ごせていたなかったと、そう言いたいんですか?」

「だって、いつもわたしが勝手に…」



(わたしだけが煩悩に撃ち勝てずにハムハムを楽しんでいたから、どちらかというと被害者というか)



「僕がいつもお願いしていたのは、ラティにしてもらうおまじないですよ。他の誰かにしてもらうのではなくて、貴女にしてもらうからこそ僕はいつも元気を貰っていたんですよ」

「うん(いきなり殺し文句みたいなのが来た)」

「さぁ、まずはこちらに掛けてください」

「はい」


 その言葉に促され、本当はわたしからお茶会を開始しなくてはいけないのに、ラニエルがテラスにいた侍女たちに指示を出してくれていた。
 優しい香りのハーブティーがわたしの目の前に置かれる。彼の前にも同じものが出されており、お互いの間には綺麗なお茶菓子が置かれ、見た目は優雅なティータイムだ。
 2人の従者も壁伝いに控え、テーブルを囲むのは私たちだけとなった。それでもそんなに広くないテラスの景色からは、お互いの話し声もここにいるみんなに聞こえるくらいのものが響いている。


「僕は色々な重責から逃げるようにあの日あの森の中に入って行きました。そしてそこには先客がいて柔らかそうな髪をなびかせながらうたた寝をしていたんです」

「それって」

「はい、僕とラティが初めて会った日の話です」



(おーー!まさかのあの記憶のない出会い編を聞くことができるなんて!それでそれで!?)



「その寝顔がとても気持ちよさそうに、幸せそうでとても愛らしかったんです」

「っ!」


 自分の空気も周りの空気も少しばかり緊張が走ったのがわかる。こやつ、2人の馴れ初めのように話し始めおったぞ!みんなが興味津々になってるのが、鈍感なわたしでもわかる。そしてわたしも恥ずかしいやらで何だか居心地が悪くなる思いだしーー


「しばらく眺めていたんです。貴女の寝顔を」

「ま、まぁ初めて聞きましたわ」

「それは、恥ずかしくて、初めて会った女の子に、しかも声もお互いに知らない間柄で。こんなに温かい気持ちになることがあるなんて、そうやって眺めていたらラティが目を覚ましたんです。そして貴女の淡いラベンダー色の瞳と目が合った瞬間に僕はーー」


ーーごくっ。誰かが生唾を飲んだ音が聞こえてくる。


「僕は恋に落ちてしまったんです」

「っ!」
「っ!!」



(ちょっちょっと待って!なに!急に何を言い出したのこの子!)



「だから、ラティと一緒にいれること自体が僕にとって幸せな時間だったんですよ」

「エルが、好ましいって言ってたのって、それって」

「はい、僕は貴女にあの時からずっと恋をしているんです」

「まってまって!」

「だから、貴女が僕に触れてくれる度に心臓が潰れてしまうかと思うほどドキドキしていました」



(あ、嫌な予感してきた)



「エル、その辺で、もう、もうお気持ちは伝わりましたから」

「貴女の香りが僕の近くにある度に身体中くすぐったさを感じたり、貴女の唇が肌に触れる度にーー」

「ちょっと黙ろうカーーーー!?」


 わたしの頭は久々の大パニックを起こしている。こいつ何を言い出した!ほとんど聞こえる距離にみんないるんだぞ!お前の従者も近くにいるんだぞ!むしろ昨日の手首をすれ合わせるだけで絶叫していたカインが、ママ様の偵察隊がいるんだぞ!なにをなにを!


「僕はラティに触って欲しくてたまらなくなるんです」

「ちょっと誰か!ダレカ!その口を縫ってくださいーー!」


 わたしの声は一層大きくなり、届かない自分の腕の代わりに周りの大人に叫び出す。誰か!誰か!
 

(セクハラがバレる!!痴女だってバレる!やめて!ほんとやめて!)



「僕の天使…それはどういう…」

「えっーー」

 
 お茶会のテーブルから少し離れたわたしの後方に響く声があった。若くてハリのあるいつ聞いてもいい声だと、現実逃避をしたいわたしに警報音とともに鳴り響く。
 この声の主に振り返る勇気が今のわたしにはない。後ろから聞こえてきた声にわたしはどんどん血の気が引き青ざめていくのがわかる。このことを引き起こした犯人は、なぜだか瞳を爛々に輝かせて頬を染め、わたしの好きなあの素敵な笑顔をわたしに向けているだけだった。



(終わった…わたしのお嬢様人生、ここで終わった)



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【R18】悪役令嬢を犯して罪を償わせ性奴隷にしたが、それは冤罪でヒロインが黒幕なので犯して改心させることにした。

白濁壺
恋愛
悪役令嬢であるベラロルカの数々の悪行の罪を償わせようとロミリオは単身公爵家にむかう。警備の目を潜り抜け、寝室に入ったロミリオはベラロルカを犯すが……。

巨根王宮騎士の妻となりまして

天災
恋愛
 巨根王宮騎士の妻となりまして

運命の歯車が壊れるとき

和泉鷹央
恋愛
 戦争に行くから、君とは結婚できない。  恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。    他の投稿サイトでも掲載しております。

処理中です...