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お嬢様だった猫様
しおりを挟む「テメェエエエエエ!!」
目の前の人間どもを押しのけ、あっしは鼠の屍の山でふんぞり返る黒猫を鷲掴みにした。
雀の涙ほどの生気を振り絞って身体を大きくさせ、いつでも口の中に放り込めるように睨みつける。
「なんで、なんで諦めねえんだよ! せっかくあっしが元の生活に戻してやろうとしてんのに!
ほら、食われたくなかったらサッサと言え!
『なんでもあげるから元に戻して』ってよぉ!!」
一言言葉を吐くたびに、荒い息で黒い毛並みが波立つ。
その度に艶やかに光るその姿が、一瞬も揺るがずにあっしを見るその瞳が、更に苛立たせた。
だが、一番あっしの神経を逆撫でたのはそいつの言葉だった。
「ださいのね。あなた」
「……あ゛?」
ださい? ださいってなんだ?
この状況わかっていってんのか、このお嬢様は。
「大きな身体で、大きな声出して、怒鳴って、そうすれば誰でも言う事聞くって思ってるの? 浅ましいわねえ。封印されたからって視野が狭くなっちゃったのかしら」
「誰のおかげでその身体になれたと思ってやがる! テメェは夢を叶えてやったあっしに従うべきだろうが!」
「ええ、そうね。猫になれたのはあなたのおかげ。でも、このままでも生きていけるようにしたのは私なの。ただ一人、猫の社会で頑張って来たのは他の誰でもない、私。人に好かれて住む場所と食事を確保したのも、他の猫たちを味方にしたのだって、私の努力の結果よ。それだけはあなたの力ではないわ。
ふふふ。あなた、お父様たちみたいなこと言うのね。お父様だけじゃない。あのイヤミったらしい教師や、女学校に蔓延ってるお馬鹿さんたちも。私の全てが自分のものだと思い込んでいる。
……わかってたわよ。タダで誰かのお願いを叶えるようなことないって。あなたが神様仏様でもない限りね。だからこんな時が来るのも覚悟した。
『恩着せがましい』だなんて言わないわ。恩はあるのは確かだもの。でも、その先の、私が手に入れた新しいこの生活は奪わせない。絶対にね」
うるさい! うるさい!
何を言ってやがるんだこのじゃじゃ馬が!
世間も何も知らない小娘のくせに、人間の何倍も生きてきたあっしに偉そうにお説教垂れやがって!
それはあっしの立場だろうが! あっしが人間の目を覚まさせて、「ありがとうございます。あなた様の言う通りです」と言わせるんだ! そうやって皆あっしに感謝しながら死んでいったんだぞ? テメェだってそうするべきなんだよお嬢様!
「減らず口を……っ!」
「それを言うならあなたは何?
今、あなたは大きくなって脅さないと私に面と向かっておしゃべりが出来ないじゃない。
あ、もしかして、私が怖いんだ。そうでしょう? 今までの人間のように自分の言う通りにならない私が、怖くて怖くて仕方ないのね?」
怖い? 怖いだって!?
あっしがテメェを恐れてるっていうのか!?
その言葉に、あっしはバッと黒猫を放り投げる。
「ほざけぇ!!」
力の放出を抑え、あっしの身体はみるみるうちに縮んでいく。
元の背丈よりも更に小さくなる。これまでの無理が祟ったのだろう。あっしは鼠ほどの大きさになって黒猫の前に躍り出た。
「ほら、テメェのお望み通り小さくなってやったぞ!
テメェなんて怖くねえ! 甘ったれのお嬢様一匹なんぞにこのあっしがビビるわけねえだろ馬ぁ鹿! さっさとあっしの前に這いつくばって――」
瞬間、
あっしの視界が真っ暗になった。
視界が戻るとあっしの身体はギザギザの舌に包まれ、大きな牙が振り下ろされていく。
やられた。
全部コイツの策の中だったんだ。
そう思って叫んだ頃には、あっしは黒猫の胃袋の中だった。
今は昔。
「みや」という愛らしい鳴き声から「みや様」と愛された雌の黒猫がいた。
絶世の美猫とうたわれた「みや様」はとても賢く、人間だけでなく他の猫からも好かれ女大将として慕われていた。
ある日、街で病が流行り出して大勢の人間が伏せった。
その時「みや様」は多くの仲間を集めて鼠狩りを始めた。
その鼠たちこそ、病の原因であったのだ。
人間たちは大いに喜び、「みや様」を始めとする猫たちに感謝の意を伝え述べた。
それを面白く思わなかったのが、妖である。
邪悪な妖は自分の企みを封じた「みや様」に襲い掛かった。
しかし「みや様」はその凄まじい力で妖を睨みつける。
するとみるみるうちに妖の身体は縮んでいき、ついには鼠ほどの背丈になった。
逃げようとする妖を、「みや様」はパクリと一口で飲み込んだ。
街の人間たちはこれに歓喜して、現人神ならぬ現猫神として「みや様」を崇め奉る事とした。
彼女の名付け親である海運会社の老婦人は彼女の名を冠した神社を創建した。
その名も、みや様神社。
狛犬の代わりに阿吽の猫が置かれたこじんまりした風情のある神社であり、「みや様」に恩ある人間のみならず彼女を慕う猫のたまり場にもなった。
「黒猫は縁起が悪い」と偏見を持つ者も未だいたのだが、不思議と「みや様」を見ると彼女に魂を奪われたかのように魅了されていった。
「ありゃ人間の女で、時代さえ違えば伝説の花魁になってたぜ」
と男達は口を揃えて言った。
「みや様を拝むとね、髪の毛の艶やお化粧の乗りがよくなるの!」
と女達は鼻息荒く褒め称えた。
当の「みや様」は人間にも、猫にも、誰にも媚びる事が無かった。
毛繕いをさせたり貢ぎ物を貰うことはあれど、毅然とした態度を崩すことはなかったのだ。
その姿もまた、他者を惹きつけた。
子分である猫も大勢おり、夫も沢山いた。
「みや様」は生涯で50頭は子猫を設け、20歳でその生涯を終えた。
老婦人の家、お気に入りの縁側で眠るように亡くなっていたという。
彼女の亡骸はみや様神社の祠の中で祀られ、安らかに眠っている。
一方で、彼女は自分に無礼を働く者に一切の容赦がなかったことも知られている。
「みや様」の尻尾を踏んだ者が骨折した。
「みや様」に石を投げた子供は指を失った。
「みや様」の縄張りで猫に危害を加えた悪人は皆変死したそうだ。
つい最近でも、刺激的なネタばかりを優先して迷惑を省みない評判の悪い動画投稿者がみや様神社で花火を放つなどの無礼を働いた後に、壮絶な目にあったことは有名だろう。
「誇り高いお方だから、舐められた時は容赦しないんでしょ。だって妖怪だって丸飲みしちゃうんですよ」
現在の神社の管理者は、そう言って笑った。
どこかで「みや」と愛らしい猫の声が聞こえた気がする。
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