檸檬色に染まる泉

鈴懸 嶺

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「檸檬!な、なんてこと言ってるの?」

「え?いいアイデアじゃない?こうすればずっと維澄さん、私と一緒にいられますよ?」

「そ、そんな……私がいまさらKスタジオに戻るなんてありえないよ」

 そう言って全力で動揺しながらも、予想通り表情は暗くない。

 そして上條社長は……

 さすが私の意図を瞬時に理解したようだった。

 だから驚きはしたものの、少し逡巡して口角を上げながら鋭い視線を私に返した。

「檸檬はIZUMIが過去に何をやったか知っているのか?」

「ええ、概ね知っていると思います。維澄さんがワールドコレクションの直前に姿を消したこと。きっとそれが原因でワールドコレクションへの日本人参加が難しい状況になっていること。きっと日本……いやKスタジオが世界のモデル業界からいまだ信頼を取り戻せていない……違いますか?」

 それを聞いている維澄さんは眉間に皺を寄せ苦しい表情をした。

「フフ……なるほどな。だったらそれを承知でその提案をしているということか?」

「そういうことになりますね」

 私は当然そんなことぐらい考えているし、上條社長からそう反論されるのも想定内だ。

 そう前置きして上條社長は私を試すような口調で話を始めた。

「もっとも直接的に大ダメージを食らったKスタジオにIZUMIが入ってどうなる?IZUMIに対する社員、スタッフの不信感はとてもじゃないが拭いされないぞ?」

「そんな社員の不信感なんて社長の悪魔の一声で全て一掃できるじゃないですか?」

「悪魔は言い過ぎだろ?せめて鶴の一声といえ」

 顔をしかめてそう返しつつも、満更でもない顔をしているのをみるとやっぱりそれくらいこの社長にとってわけないんだろうな……ああ恐い。

「それに社長としてもまだ維澄さんに罪の意識があるもんね?それを解消するいい機会なんじゃないですか?上條社長もなんだかんだで維澄さんのこと心配しているんだから」

「罪の意識?なんで私が!……IZUMIが去った後どれだけ”後処理”で苦労したか分かってないだろう?」

「ご、ごめんなさい裕子さん……ホントに」

 いたたまれなくなった維澄さんは泣きそうな顔になって会話に入ってきた。

「いいんですよ維澄さん。苦労した度合いだったら維澄さんの方が圧倒的に上なんだから」

「え?わ、私はそれ程」

 驚いたように維澄さんは反応している。ただ上條社長はそれとは対照的に私を睨みつつも結局口をへの字にしたまま反論することはなかった。

「維澄さん?もちろんKスタジオの業界での風当たりはあったとしても今のKスタジオの繁栄ぶりをみたら分るでしょ?今や日本の芸能界では泣く子も黙る存在で君臨している。それに比べて……」

 わたしはそこで一旦、言を止めて維澄さんの瞳をしっかり見つめながら話を続けた。

「維澄さんは今もって人とまともなコミュニケーションをとれないでいるんだよ?お金とか地位とか業界の話とか……そんな話とはレベルが違うんだよ?維澄さんは7年もの”命の時間”を失っていたんだよ?」

 私は視線を上條社長に移す。

「……ですよね?上條社長?」

 さすがに上條さんは黙ってしまった。

 むろん上條社長は私に言われないでもそんなことは充分分っている。だからこそ社長は社長でずっと維澄さんのことを心配していたのだから。

 だから私の提案は上條社長にとって渡りに船なはずだ。

 それに……


「それにIZUMIさんをモデルで復帰させる道だってあるでしょ?」

 上條社長の目はキラリと不敵な光を放った。

「バ、バカなこと言わないでよ?檸檬!」

 維澄さんは驚愕の声を上げたが、上條社長が言を繋いだ。

「フフフ……檸檬?お前も侮れないな?」

「守銭奴の社長のことだからIZUMIさんを復活させれば、社員のマイナスイメージと天秤掛けても充分勝算はあると踏んでると思ったので」

「上條さん?」

 さっきからニヤニヤ笑っていた櫻井さんが会話に入ってきた。

「色々いいんじゃないですか?」

「はあ?なにが色々だ?」

「だって神沼さんというYUKINAのライバル級のモデルがKスタジオに入る。もしかしたらIZUMIさんの復活劇もある。そして上條さんの贖罪もこれで終わる。これ以上の提案はない気がしますが?」

 櫻井さんは私の提案を後押しするようにそう言ってくれた。

「しかも、もしかすると今の提案。それ以上の価値を生み出す可能性もありそうですね?」

 櫻井さんは意味深なことを言い出した。

「なんだまだあるのか?」

 上條社長は怪訝な顔で櫻井さんにたずねた。

「俺はモデルのことはあまりわからないけど……ほら神沼さんって、むしろ色々上條さんに似てるでしょ?」

「え~!!似てないですよ……やめてくださいよ!!それにだったらなんなんですか?」

「きっと神沼さんは将来、上條さんのいいサポート役になるんじゃないかなって」

「え?」

「下手すると上條さんの後継者になったりして?」

「なな、なにをいってるんですか?」

「櫻井?勝手な妄想を言うな!」

「妄想?そうでしょうかね」

 櫻井さんは不敵な笑みを返すと、また上條さんは不貞腐れた顔をして横を向いてしまった。

 私が上條社長のサポート役?似ている?やめてよ!!

 え?なによ?維澄さん目を輝かせて?

「檸檬!!いいと思う!」」

「な、何ですか維澄さん急に」

「絶対あってる!」

「そう言う話じゃなくて、とりあえずは維澄さんは継続して私を一流モデルにすることが仕事になるですよ?」

「だからお前らで勝手に妄想をたくましくするな!まだ檸檬の話しだって承諾してないんだぞ?」

 なんか話が私が想像したものと違う方向にまで進んでしまった。

 私が経営のサポートに入る?

 そんなバカな……でも上條社長に似てるとか。

 でも維澄さんが好きになったのはやっぱり私が上條社長に似てるから?

 いいや!断じて違う!

 元々”こういうタイプ”が好きなんだよ維澄さんは。

 そんな想像しながらなんとか自分を納得させていると、上條社長が急に真面目な顔になって切りだした。

「神沼檸檬?」

「な、なんですか?あらまたって?」

「いいだろう。その条件呑んでやる。IZUMIともどもKスタジオに来い。ただその後のポジションの件はIZUMIも含めて慎重に考える」

「分りました。ご留意いただき感謝致します」

 私はことさら丁寧にそう返答した。

 やった。これで土台はすべてそろった。

 後は、最後の仕上げだ。


「維澄さん?私はすぐに東京の高校へ転入する」

「え?すぐに?卒業まで待たないの?」

「だってモデルの賞味期限って短いんでしょ?特にこの十代の1年は大きいでしょ?」

「たしかにそうだけど……だってもう2月だよ?間に合わないんじゃないの?」

「それは何とかするから、心配しないで。それよりさ……」


「え?それより?」


 さあ、ここからが本番。


「4月になったらさ……東京で一緒に暮らそうよ」
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