檸檬色に染まる泉

鈴懸 嶺

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怖い顔

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 合計100人の予選が終わるのにどれくらいの時間が掛かるのかと思ったが、驚くほどのスピードでオーデションは進んでいった。

 私は予選審査が始まって30分ほどしたころに呼ばれた。

「檸檬、落ちついて!」

 そういう維澄さんこそ落ちついていない。

 まったくベタ過ぎる反応。

 でもさすがに”自分が上條さんと会う”という問題は一旦忘れてしまったようで私のことで頭をいっぱいにしてくれているように見えるのは嬉しい。

「維澄さんこそなに”そわそわ”してるんですか?私は全然落ちついてますよ?……いや正確には落ちついてないかも」

「え?そうなの?」

「そうよ、だって……維澄さん、さっきYUKINA見てどう思った?」

「あれ?もしかして檸檬までYUKINAさん見て自信なくしてしまったの?」

「いえ、それはないですけど」

「え!?……大丈夫なんだ。凄いね、檸檬の自信は」

「そ、そうじゃないわよ!?自信なんてはなからないから。そうじゃなくてさ……やっぱ維澄さんから見てもYUKINAって綺麗に見えるのか気になってさ」

「それは綺麗に見えるわよ?檸檬だって思ったでしょ?」

 私はまた嫉妬で胸がチクリとしてしまった。

「確かに綺麗だと思ったけどさ。なんか維澄さんに雰囲気似てると思った」

「え!?そ、そう!?」

「うん。YUKINAがポストIZUMIって呼ばれる理由が分かったよ」

「そ、そうなんだ……」

「あれ?どうしたの?浮かない顔して?」

「いや、だったらYUKINAさんも檸檬のタイプだったりするのかなって……」

「は?タイプ?……タイプって?」

 ああ、そうか。維澄さんも……

 ハハハなんだ。

「いや、ぜんぜんタイプじゃないよ」

「え?ぜんぜん?」

「うん。メチャ綺麗だと思うよ?でも、私は維澄さん以外にタイプな人は一生現れないと思うから」

 私がそう言うと、維澄さんは私を見つめたまま真っ赤になって黙ってしまった。

「そ、そんな分らないでしょ……一生とか」

 そう言い返したものの結構顔が嬉しそう。

 ホントこの人のこういうリアクションずるいな。

 でも笑える。

 私と維澄さん二人してYUKINAのこと意識して焼きもちやいて。




 単純な私はたったこれだけのやりとりで気持ちが急にポジティブになって自信満々で審査会場に入ることが出来た。


 私が審査室の扉から中に入ると……上條社長が長テーブルの真ん中に〝どん〝と座っていた。審査員は上條社長入れて5人。その中にはYUKINAもいる。

 なんなんでしょう?上條社長の想像通りの態度は。

 きっとはじめて上條社長を見る参加者はこれだけでビビりまくるだろうな。恐すぎるよこの人の顔。

「神沼檸檬です……よろしくお願いします」

 私がそう挨拶すると、まず反応したのは上條社長ではなく隣に座ったいたYUKINAだった。

「あ!さっきIZUMIさんの隣にいた娘だ!凄い!IZUMIさんっぽい」

 へ?!……い、維澄さんっぽいって、なに言ってんのよYUKINAは。

 私はそれを聞いて思わずニヤけてしまった。

「随分嬉しそうだな?」

 すかさず上條社長に揶揄されてしまった。

 私は恥ずかしくて耳まで熱くなって俯いてしまった。

「YUKINAは待合会場に入ったのか?」

 上條社長は横目でYUKINAを見ながらそう問いかけた。

「ええ、ちょっと入口間違えて……そうしたらビックリよ!だってIZUMIさんがいるんだもの。上條さん知ってたんですか?IZUMIさんが今日来るって」

「知ってたはずですよ?」

 私はまたヘタに会話を上條社長にコントロールされないように自分から敢えて口をはさんだ。

「神沼檸檬、あんたは審査のためにここにいるんだから余計な口をはさむな」

 上條社長はそれはそれは恐ろしい眼光を放ちながらピシャリとそう言った。

「あれ?神沼さんって上條さんとも知り合いなの?」

「そうです」

「ほら、檸檬!!あんたが答えるな!」

 また怒鳴られた。でも”檸檬”だって。

 初めて上條社長から名前で呼ばれたかも。

 それがなんだか嬉しくてつい微笑んでしまった。

 嬉しい?

 なんか自分のこんな感情が不思議だった。

「なんだ?何がおかしい?」

「いえ、なんか”まんま”上條社長らしい言動なんで思わず」

「フン!……ところで説得はできたんでしょうね?」

「余計な話しするなって言っておいてその話を今しますか?」

「もういいだろ、審査なんて」

「な、なんてこと言うんですか?これでもちゃんと準備してきてるんだから」

「そんなことは百も承知だ」

「そう!凄いよ神沼さん。」

「YUKINA、今は余計なジャッジを口にするな」

「檸檬?あんたには言っておくけど一人の審査なんか数秒で終わってるんだよ」

「え?どういうことですか?」

「私がモデルの才能を見抜くのにいちいち時間をかける必要がないってことだ。一目見れば終わり。だから前に会ってるあんたを審査する必要なんてはなからないってことだ」

「そ、それを言ったら元も子もないじゃないですか?だって上條社長一人で決める訳でもないでしょう?」

 私は長テーブルに座っているYUKINAを含めた数名の審査員に視線を送った。

 すると皆、一様に目を泳がせてしまった。

「いいや、私が一人で決める。なあYUKINA」

 そう言ってYUKINAの方に視線を送るとYUKINAは苦笑いして言った。

「まあ大きい声ではいけないけど、そうなんだよね」

「YUKINAを呼んだのは審査をさせるためじゃない。客寄せだ」

 まあ、よくもそこまで言い切ったものだ。

 それを私に言ってしまっていいのだろうか?

 なんかそれを聞いてバカらしくなってきた。

 あんなに維澄さんと努力したことが全く意味がなかったってことじゃない?

 さすがに私は腹立たしくなってきた。

「じゃあ、もう出てもいいですか?」

「おい、まだ答えを聞いていないぞ?」

「ご安心ください。私が維澄さんを説得でいないはずないでしょ?」

 私は腹立たしさもあってそう投げ捨てるように言った。

「そうか。ならいい。」

 全く偉そうに!

「どうもありがとうございました」

 私はなんとか作った歪んだ作り笑顔でそう言ってとっとと審査室を出てしまった。

 ああ、ホント腹立つ!!

 ホント性格悪いよあの社長は。

 なんであんな人に維澄さんは惚れたのかな。


 なんなのよ?あの傲慢でキツイ性格は!

 それに……

 恐すぎでしょ?あの人の顔!?

 そうブツブツ言いながら私は維澄さんの前まで戻った。



「どうしたの檸檬?そんな顔して?」

「そんな顔って?」

「だからそんな”恐い顔”して」

怖い顔ですって?上條社長じゃあるまいし!

「そ、それだけは今言わないで!!」
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