檸檬色に染まる泉

鈴懸 嶺

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時が止まる

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 維澄さんはようやく私がモデルになるためのアドバイスをしてくれるようになってきた。

「維澄さんから見て私の容姿ってモデル的に見るとどんな評価になるんですか?」

 私はそもそも、自分がモデルとしてどのレベルにいるかすら把握していいないのでまずは”そこのところ”を聞いてみた。

 すると維澄さんは例によって私の身体をしばらくジ~ッと見つめてから答えてくれてた。

 もちろん私はその視線で汗だくになってしまったのは言うまでもないんだけど……

「檸檬は身長が平均より高いのが強いと思う。でも普通の女子高生よりも十分痩せ気味だけどモデルやるならもう少し絞ってもいいかも。」

 モデルの話しになるといつもの頼りない口調から急に説得力のある口調に変わるので未だに面喰う。

「あと姿勢がいいのが凄いプラスだね」

「え?姿勢ですか?私そんな姿勢いいですか?」

「檸檬は空手……だっけ?武道経験があるからか、姿勢がとってもいいと思う」

「そんなもんですかね?」

「あら、姿勢ってすごく大事なんだよ?肉のつき方がかわってくるんだから」

「え?肉?なんで肉の話し?」

「肉って筋肉の話し。姿勢が違うと全身の筋肉の付き方が全然違うんだから」

「へえ~」

 と言ってみたものの、全くピンとこない。

「日ごろから意識しないとダメだよ?歩き方とかポージングはいくら誤魔化そうにも普段から姿勢が良くないと見る人が見れば一発でバレるから」

「そうなんだ……」

「それにもっと言うとその人の肉のつき方見れば、その人が普段から綺麗な姿勢が取れてるかどうかまで分る人だっている」

 はは~ん、なるほど。

「例えば上條社長とかね」

 そう返すと維澄さんは一瞬だけキョトンとしたが、なぜか微笑んで答えた。

「そう、あの人は凄いよ」

 ほらね。やっぱり。今の話し全部、上條さんからの受け売りだな。

「ヘイヘイ、良く知ってますよ」

 私は急に微笑んだ維澄さんに嫉妬してそんな生返事をしてしまった。

「なによ、さっきから人の話ちゃんと聞いてる?」

「聞いてますよ。上條さんのこと思い出すとそうやってすぐ嬉しそうな顔するのにムカついただけです。」

「なによそれ?」

「嫉妬にきまってるでしょ!」

 そう私が言うと、また維澄さんは少し照れた顔をしたもののいつものようにソッポを向いてしまった。

 あ~あ、また逃げた。

 維澄さんに言わせると、まあ実際には上條さんからの受け売りなんだろうけど……人間は本能的に”一番身体にいい姿勢”をとっている人を”綺麗と感じる”らしいのだ。

 つくべきところにしっかり筋肉がついていて無駄な脂肪はない。そんなプロポーション。これは食事を制限したり筋肉トレで簡単にどうにかはならないらしい。日常の姿勢が一番大事だとか。

 さすがだな上條さんって人は。

 でもそうか。

 維澄さんは十代で上條さんに会って以来ずっと、そしてモデルを辞めた後も”その姿勢”が身体に染みついているんだ。

 だから今だにこんなにも隙のないプロポーションを保っていられるんだ。

 年季が違うよね。私とは。

 このセンスないドラッグストアーの制服だって維澄さんが着ると凄いセンスのいいファッションに見えてしまうってのはそんなところに秘密があったんだ。

 着るものとか、その人の骨格とか体形ではどうにもならない領域がきっとあるに違いないと思った。

 いやもっと色々ノウハウはあるんだろうが、とりあえず今日のところの感想としては。

 この後、維澄さんは実地で私の姿勢を手取り足とりまではいかないが、色々見てくれた。

 私が維澄さんの指示通りの姿勢をとると維澄さんは遠慮がちに私の肩とか腰を触りながら微妙に姿勢を修正してくれたりした。

 やっぱりこの辺はブランクが長いとはいえさすがだと思う。

 でも急にやれと言われても素人の私が簡単に出来る訳もない。

 だから思い切って維澄さんに言ってみた。

「ちょっとお手本見せてくださいよ?」

「え?私が?」

「そうですよ。まずは元スーパーモデルのIZUMIのポージングを見せてよ」

「スーパーモデルにはなってないから」

「なに謙遜してるんですか?じゃあスーパーモデルになり損ねたIZUMIでもいいですよ?」

「また、そんな意地悪な言い方して……」

 維澄さんはそんなこと言いながらも、渋々簡単なポーズをとって見せてくれた。







 そして……



 止まった。


 時が。




「れ、檸檬?どうしたの?」

 私は維澄さんに、そう声を掛けられてようやく意識を取り戻すことが出来た。

 なに?今の?

 私はほんとに簡単なポーズをとっただけの維澄さんを見た瞬間、あまりに美しすぎて異世界に意識が飛んでいってしまったかのような錯覚を起こした。

 維澄さん本人だけが美しいのではない。その周りにある全ての風景まで、そう目の前にある世界が変わってしまった。

 そうか、こ、これがカリスマモデルのIZUMIか……

 違う。

 私も実際のモデルになんか維澄さん以外に会ったことはないが、きっと違う。

 次元が違う。

 なるほど、上條さん程の人が維澄さんで世界を夢見たしまった訳だ。


 私は”現実世界”にようやく戻ることができたのだが、その後はあまりに意識がフワフワしてしまって全てが上の空になってしまった。

 維澄さんのポーズはそれぐらいのインパクトがあった。




 …… …… ……




 私はその日、家に着いてから洗面所にある少し大きめの鏡の前で早速姿勢のチェックをしてみた。

 あ~あ、残酷なまでに維澄さんとは大違い。

 まあ、あたりまえなんだけど。

 でもその鏡に映る自分の姿を見ていると、今日維澄さんが同じポーズでやってくれた姿が思いだされてまた気持が高揚する。

 今、ほとんど半裸でいる自分の姿がそのまま維澄さんの半裸の姿で思いだされてしまい……ショック死するかと思った。

 最近ちょっとエロすぎだなわたし……自重しよう。

 その時、ガチャリと洗面所のドアが開いて弟の翔が入ってきてしまった。

「檸檬?何やってんの?」

 私はいくら弟の前だとは言え半裸で妙なポーズをとってニヤニヤしている自分が恥ずかしくなり、既に維澄さんの想像で真っ赤になっていた顔をさらに赤らめてしまった。

「ノックぐらいしなよ!いやらしい!」

「え?いまさら?」

「将来のモデルなんだから、これからは気易く姉の裸を見れると思うな!」

「バッカ!今だって気楽に見ようなんて思わないから。それぐらいのデリカシーはあるから」

「だったらいきなり入ってこないでよ?」

「まあ、悪かったよ……で、本気でモデルになる気なの?」

「ええ、そうよ。今度オーディションも受けるし」

「マジで?……」

「なによ?無理だと思ってる?」

「いや、いけるんじゃないの?」

「そ、そう?……わかってるじゃない」

 翔はそんな耳触りのいいセリフを吐きつつも、私の半裸にまったく関心もないかのように私の横で全裸になって浴室に入ってしまった。

 まったくどうせ私なんか半裸でいたってなんの魅力なんかないわよ……

 あ~あ、維澄さんに敵うわけないのは分ってるけどさ……


 さすがにいろいろ落ち込むよ。
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