檸檬色に染まる泉

鈴懸 嶺

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衝撃の出遇い

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「な、なにやってんですかっ!?」

 岩手県の田舎にある小さなドラッグストアーに”どなり声”が響いた。

 どなり声の主は17歳の女子高生……そう私、神沼檸檬れもん

 私はレジに立つ女性をいきなり大声で怒鳴りつけた。

 そればかりか、”バンッ!”と両手をレジ台に叩きつけたものだから、その音が店内中に響き渡ってしまった。

    私の上半身はそのレジ台を叩きつけた勢いで、レジ台を乗り越え”その女性”に挑みかかる様に接近した。

 すると175cmもある背が高い私の顔は、自分の予想を超えてその女性の顔に近づきすぎてしまった。

 至近距離で私の瞳に〝その女性″の顔が映り込む。

 その瞬間、荒ぶっていた私の感情は”一瞬で”『別のもの』に変わってしまった。

 私は耳が赤くなるまで赤面し……

 ”ヤ、ヤバイ……”

 ”ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ……”

 という焦りの言葉が頭の中をリフレインした。

 ”その女性”は、一瞬、驚きの表情を見せた後、まるで汚物でも見るかの様に眉間に皺を寄せ、近づき過ぎた私の顔を振り払うように横を向いた。

 その仕草を見た私は、自分の浅はかな行動を心底悔いた。

 やってしまった……

「その女性」は、追い打ちとばかりに不快な表情を強めつつ、下がり気味だったマスクを目の下ギリギリまで上げてしまった。

 それは”顔を隠した”ともとれる仕草に見えた。

 ”その女性”は、私に怒鳴られるほどレジのミスをしたわけではない。いきなり女子高生に怒鳴られる言われなんてそもそも全くないのだ。

 傍から見れば、ただただ「頭のおかしい女子高生の奇行」にしか映らなかったに違いない。

 彼女の不快な表情は、至極まっとうなリアクションである。

 私がただ一方的に勝手に興奮して……

 我を忘れて……

 〝こんな暴挙”にでてしまった。

 でもそれは……仕方がないのだ。

 だって……

 …… …… ……

 おそらく人生でここまでの衝撃を受ける経験などそうあるものではない。

 十七歳の女子高生が”人生”なんて言葉を使ったところで説得力はないとは思うが。

 でも、この先にある長い人生を勘定に入れても間違いなくこの衝撃は私の人生において最大級だという自信がある。

 …… …… ……

 私が今いる周りの状況を見渡せば……

 ここは田舎街の小さなドラッグストアーの店内。女子高生がいきなりレジの女性に”食ってかかる”様はとても日常の風景ではない。

 だから、店内が小さい分、私の大声が店中に響いてしまい〝異常事態〝という風景が完全に出来あがってしまっていた。

 私の外見は決まって〝ガラの悪い女子高生〝というレッテルを貼られる。

 〝そんな睨まないでよ〝

 友だちから、そう言われることが多い。

 私の目はいわるゆ”アーモンドアイ”なのだ。

 切れ長でツリ目のサイズが大き過ぎて、目つきが悪い。

 さらに決定的なのは髪の色は全くの地毛なのに栗色を通り越して、光の当たりによっては……

 ”え?金髪?”

 なんて言われる程に黄色い。

「檸檬」って名前はその髪の色から?

 なんて言わることもよくある。

 そして、このルックスは見る人によっては品行方正な女子高生には見えないらしい。

 ごくごく、普通の真面目な平均的な女子高生にすぎないのに。

 だからきっと……

 この私の一連の行動は、小さなドラックストアーのレジに〝因縁をつける〝不良少女に見えた人も多くいたに違いない。


 驚いた顔で私を見つめるお客さんの視線が痛い。

 ついには……

 〝何事か?”と言う顔で男性店員が近づいてきた。

 私はとっくに”素”に戻っている。

 ”しまった”と思ったがもう遅い。

「お客様?……なにかございましたか?」

 怪訝な顔でその男性店員が私に話しかけてきた。

 そう言いながら私の外見を舐めるように見てから顔の表情がみるみる険しくなった。

 私の外見から判断したのだろう。

 事実を確認する前から〝お前が悪い〝ときめてかかる表情にうんざりした。

 まぁ、今回は確かに悪いのは私だから何も反論はできないが、この先入観による色眼鏡は不愉快だった。

「すいません大声出して……この女性が知り合いかと思って」

 今回ばかりは素直に頭を下げた。しかし……

 我ながら苦しいいい訳と思う。

 だって知り合いと言うだけで怒鳴りつける人なんていたら大変なことだ。

「”あおはら”さん?……知り合い?」

 視線をレジの女性に移した男性店員は、”その女性”に声をかけた。

 私もつられてその女性の方を見る。

 いや、むしろ……

 最大限の興味で彼女の顔を覗き込んでしまった。

 私の視線に気付いたのか、彼女は露骨に顔を背けた。

 その仕草は私に顔を見られることを極端に避けているように見えた。



「いえ……人違いだと思います」

 ”その女性”は蚊の鳴くような小さな声でそう答えた。

 私はその声を聞いた瞬間、動揺のあまり手足に震えた。

 心拍数がみるみる上がるのが自分でも分った。

 聴き取れないほど小さいけど、低くて……なんか透き通った綺麗な声だった。

 私は咄嗟にネームプレートを見た。

 するとプレートには漢字で”碧原”と名字だけが書かれていた。

 ”……そ、そんな声だったんだ””碧原?碧原さんて言うの?”

 私は今、自分が置かれている危機的な状況をすっかり忘れて……

 場違いなそんな感想に心を支配されてしまった。

 彼女の声が聴けた……

 私はただその事実に、たったそれだけの事実で震えるほどに興奮した。

「お騒がせして申し訳ありませんでした。ひと違いのようでした」

 私は動揺した自分を何とか諫めて、かろうじてそこまでのセリフを絞り出した。

 それから深く頭を下げて大袈裟に詫びた。

 不信感丸出しだったその男性店員も私の芝居がかった慇懃なお辞儀に一瞬だけキョトンとしてしまった。

 私は相手がこれで納得するはずもない苦しい嘘だと分かっていても、この一瞬のすきをついて逃げるようにそのドラックストアーを後にした。

 別に万引きをしたわけでもないわけだからこれ以上おとがめはないからこれでいいのだ。

 …… …… ……

 ほんと、私としたことが興奮したにしてもちょっとやりすぎた。

 あれではどう考えても相当にヤバイ不審者だ。

 それにしても……

 驚いた。

 まだ震えが止まらない。

 私はがくがくと震えた両脚をペダルに乗せて自転車をよろよろと漕ぎはじめた。

 日が短くなって、店を出るとすっかり暗くなってしまっている。

 ここ岩手は、10月に入ると夕方の気温は一気に下がる。うっかり衣替えを横着して夏服なんて着てれば大変なことになる。

 ただ、今の私にとってこの夕方のの涼しさは有難い。すっかり頭に血が上ってしまったのを冷ましてくれるから。

 時間も遅いので早く帰りたいのはやまやまだが、足が震えて満足にペダルを漕げないから私はついに自転車を降り、自転車を押しながら歩道を歩き始めた。

 そして、何度も何度も同じ質問を自分に投げかけていた。

 どうして”彼女”がこんな田舎のドラッグストアーにいるの?

 よりによってなんで……

 なんで……

 ”私の前に”姿を表してしまったの?
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