愛の裏切り

相良武有

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第十話 行違った愛の思い

⑤二人の間に葛藤が秘かに立ち現れて来た

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 そうして東京に帰った後も信吾は美沙の心を支配し、彼女を魅了して止まなかった。が、同時に彼女を不安で満たしもした。堅実と放埓とが交じり合い、優しい感情と意地悪い理知とを併せ持った信吾とういう人間・・・生真面目な彼女の頭では理解に苦しむ矛盾の塊のような男・・・美沙は考えると頭が混乱して来て、結局のところ、彼には人格が二つあって、それが別々に現れるのだと考えるようになった。彼の堂々とした包容力の大きい家父長的な精神態度に美沙は堪らない誇りを覚えたが、反面、それまでは形の上だけの礼節を歯牙にもかけない小気味良さと思えたものが、その裏の一面を表すところを見せつけられて不安にもなるのであった。
信吾には、放縦な生活に耽溺する面と美沙を強い力で庇護する面、即ち、悦楽の徒と盤石の如くに牢固たるものとの二つの性格が最高の形で揃って居るのを美沙は見たのだった。
美紗は当惑のあまり、暫く信吾から離れ、以前に親しかった男友達と秘かに逢ったりしたが、それは全く何の効果も無く、二年に及んだ信吾の包み込むような逞しい生命力に接した後では、他の男たちは皆、青白く血の気が失せているように見えるのだった。
 こうして二人は結婚の機会を取り戻し、全ては気持次第で具体的な障害は何一つ無いと言う状態になった時、二人の間に、それぞれの気質の違いから生まれる考え方の葛藤が秘かに立ち表れて来た。
「あなたって、凄く、個性の強い人なのね」
「君だってとても個性的だよ」
「あなたのは、特異だわ」
「個性なんてものは生まれつきのものだよ。強い人間、弱い奴、人それぞれに違って当り前だ。同じ個性の人間なんて二人と居やしないよ。尤も、没個性の奴はわんさかと居るがね」
「でも・・・」
「人は生活スタイルや行動は変えられるが、性格や性質は変えられないよ。生れ落ちる前からのものだからな」
「だったら、もう少し行動を慎ましく変えて欲しいわ」
「行動は価値観と心情で決まるよ。面白くも愉しくも無い、する意味の見出せない事柄に挑んで行くことなんて出来ないさ。快く楽しくなきゃ魅せられないよ、僕は」
「・・・・・」
美沙はもう何も言わなかった。
 それから後の二人は、接吻も涙もそれまでのような切実さを失い、互いに相手に語り掛ける口調にも力が欠けて、胸の内を伝える愛の言葉は含み声になってくぐもった。そして、例の真剣な会話もいつの間にか長々とした言い合いに変質して、二人の関係は終盤に近付いて行った。
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