32 / 104
第十話 行違った愛の思い
⑤二人の間に葛藤が秘かに立ち現れて来た
しおりを挟む
そうして東京に帰った後も信吾は美沙の心を支配し、彼女を魅了して止まなかった。が、同時に彼女を不安で満たしもした。堅実と放埓とが交じり合い、優しい感情と意地悪い理知とを併せ持った信吾とういう人間・・・生真面目な彼女の頭では理解に苦しむ矛盾の塊のような男・・・美沙は考えると頭が混乱して来て、結局のところ、彼には人格が二つあって、それが別々に現れるのだと考えるようになった。彼の堂々とした包容力の大きい家父長的な精神態度に美沙は堪らない誇りを覚えたが、反面、それまでは形の上だけの礼節を歯牙にもかけない小気味良さと思えたものが、その裏の一面を表すところを見せつけられて不安にもなるのであった。
信吾には、放縦な生活に耽溺する面と美沙を強い力で庇護する面、即ち、悦楽の徒と盤石の如くに牢固たるものとの二つの性格が最高の形で揃って居るのを美沙は見たのだった。
美紗は当惑のあまり、暫く信吾から離れ、以前に親しかった男友達と秘かに逢ったりしたが、それは全く何の効果も無く、二年に及んだ信吾の包み込むような逞しい生命力に接した後では、他の男たちは皆、青白く血の気が失せているように見えるのだった。
こうして二人は結婚の機会を取り戻し、全ては気持次第で具体的な障害は何一つ無いと言う状態になった時、二人の間に、それぞれの気質の違いから生まれる考え方の葛藤が秘かに立ち表れて来た。
「あなたって、凄く、個性の強い人なのね」
「君だってとても個性的だよ」
「あなたのは、特異だわ」
「個性なんてものは生まれつきのものだよ。強い人間、弱い奴、人それぞれに違って当り前だ。同じ個性の人間なんて二人と居やしないよ。尤も、没個性の奴はわんさかと居るがね」
「でも・・・」
「人は生活スタイルや行動は変えられるが、性格や性質は変えられないよ。生れ落ちる前からのものだからな」
「だったら、もう少し行動を慎ましく変えて欲しいわ」
「行動は価値観と心情で決まるよ。面白くも愉しくも無い、する意味の見出せない事柄に挑んで行くことなんて出来ないさ。快く楽しくなきゃ魅せられないよ、僕は」
「・・・・・」
美沙はもう何も言わなかった。
それから後の二人は、接吻も涙もそれまでのような切実さを失い、互いに相手に語り掛ける口調にも力が欠けて、胸の内を伝える愛の言葉は含み声になってくぐもった。そして、例の真剣な会話もいつの間にか長々とした言い合いに変質して、二人の関係は終盤に近付いて行った。
信吾には、放縦な生活に耽溺する面と美沙を強い力で庇護する面、即ち、悦楽の徒と盤石の如くに牢固たるものとの二つの性格が最高の形で揃って居るのを美沙は見たのだった。
美紗は当惑のあまり、暫く信吾から離れ、以前に親しかった男友達と秘かに逢ったりしたが、それは全く何の効果も無く、二年に及んだ信吾の包み込むような逞しい生命力に接した後では、他の男たちは皆、青白く血の気が失せているように見えるのだった。
こうして二人は結婚の機会を取り戻し、全ては気持次第で具体的な障害は何一つ無いと言う状態になった時、二人の間に、それぞれの気質の違いから生まれる考え方の葛藤が秘かに立ち表れて来た。
「あなたって、凄く、個性の強い人なのね」
「君だってとても個性的だよ」
「あなたのは、特異だわ」
「個性なんてものは生まれつきのものだよ。強い人間、弱い奴、人それぞれに違って当り前だ。同じ個性の人間なんて二人と居やしないよ。尤も、没個性の奴はわんさかと居るがね」
「でも・・・」
「人は生活スタイルや行動は変えられるが、性格や性質は変えられないよ。生れ落ちる前からのものだからな」
「だったら、もう少し行動を慎ましく変えて欲しいわ」
「行動は価値観と心情で決まるよ。面白くも愉しくも無い、する意味の見出せない事柄に挑んで行くことなんて出来ないさ。快く楽しくなきゃ魅せられないよ、僕は」
「・・・・・」
美沙はもう何も言わなかった。
それから後の二人は、接吻も涙もそれまでのような切実さを失い、互いに相手に語り掛ける口調にも力が欠けて、胸の内を伝える愛の言葉は含み声になってくぐもった。そして、例の真剣な会話もいつの間にか長々とした言い合いに変質して、二人の関係は終盤に近付いて行った。
1
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
片オモイ〜兵士になった、元皇女様へ〜
みかん坊や
恋愛
約30年前。かつて、世界最強と謳われた民族 桂の一族の亡命を受け入れた東国は、「盗賊の国」と呼称されるほどに治安は最悪を極めた。
そんな退廃国家の衛兵隊には、東国の元第三皇女という特殊な遍歴を持った、香月と言う女性兵士がいた。
ある日、来国した隣国の皇帝 来儀の専属護衛に、とある理由で選出された香月は、不服ながらも彼と行動を共にすることとなる。
しかし、その采配には、いくつもの思惑が複雑に絡んでいることを香月は知る由もなく、無駄に距離感が近い皇帝をいなす日々が続く。
『積年の恋心』『行き場のない家族愛』『一方的な友情』に、『託された願い』……それぞれの片オモイを紡いだ時、秘められた一つの真実に辿り着く、中華風ファンタジーなお話。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
いけめんほいほい
はらぺこおねこ。
恋愛
僕の周りはイケメンだらけ。
イケメンパラダイスって漫画があったけど。
そんなの比じゃないくらい僕の周りはイケメンが多い。
なんていうか。
なんていうか。
なんていうんだ。
ちっぽけすぎる僕がどうあがいてもそんな人達には追いつけない。
追いついたところですぐに追い抜かされる。
なにをやってもうまく行かない。
これはそんな僕の小さな物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる