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第七話 背信
④龍二、郁子と通勤バスの時間を合せて親しくなる
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郁子と初めて食事をした翌週から、龍二は朝の通勤バスの時間を変え始めた。郁子の乗り込んで来るバスを確かめる為に、十五分早めたり十五分遅らせたりした。だが、郁子は乗って来なかった。
ひょっとして、マイカー通勤かも・・・?
ある朝、三十分も早めたバスにやっと郁子が乗り込んで来た。大勢が乗り込む南座前のバス停に郁子の姿を見た時、龍二は、やっと逢えた、と思った。
ラッシュアワーのバスの中は混み合っていたが、龍二は乗車口の近くに立っていたので郁子は直ぐに彼に気付いた。乗客の間を、身を捩りながら龍二に近づいた郁子は丁寧に挨拶をした。
「おはようございます。先日は有難うございました」
「おはよう。此方こそ有難う。でも、朝、早いんだね、いつもこんなに早いの?」
「はい。バタバタと慌てふためいて事務所に駆け込んでも、仕事の準備も心の準備も整いませんから。尤も、早いと言っても三十分程ですけどね」
郁子はそう言って、初めて、クスッと笑いその笑顔を龍二に向けた。
「田沼さんはどうして今日はこの時間に?お仕事の都合でも有るんですか?」
「そりゃ決っているよ。君と逢う為だよ」
「あらっ、お上手なんですね」
龍二が軽いキャラの乗りで言った言葉を郁子は軽く受け流した。
バスは、広い敷地の中に京都製作所と隣接して建っている本社ビル前のバス停へと一路西進した。
木屋町を過ぎ、河原町を過ぎ、烏丸を過ぎ、堀川を過ぎ、大宮を過ぎ、西大路を過ぎ、天神川を過ぎて、バスは漸く本社ビル前の梅津段町に到着した。龍二と郁子が乗車してから凡そ三十分の時間が経っていた。龍二の狙い通りであった。二人切りで話す三十分の時間があれば色んなことが話し合えた。
翌日から二人は同じ時刻のバスに乗り合わせて通勤し、朝の会話を繰り返して親密の度を深めて行った。
やがて、二人は、お茶を喫んだり、食事をしたり、お酒を飲んだり、ダンスをしたりして、通勤バス以外のところで逢うようになった。
龍二はダンスが踊れなかったが、郁子が上手くリードして何とか恰好は付いていた。龍二はムーディーなブルースの曲に合わせて郁子に導かれる侭に足を前後左右に動かしているだけでよかった。
「結構、お上手じゃないですか」
「いやぁ、君のリードのお蔭だよ」
そう言えば、龍二は学生の頃に友人たちに誘われて、ほんの一週間ばかりダンス教室に通ったことがあった。これは俺の性に合わない、と直ぐに止めてしまいはしたが・・・。
龍二が無様だったのはカラオケだった。龍二の音痴は酷かった。音程もメロディーもリズムもまるで合っていなかった。郁子は必死に笑いを堪えたが、ついつい哄笑が漏れた。
「ご免なさい、悪かったわ」
龍二は苦笑するしかなかった。
数日後の或る日、昼休みに営業アシスタントの中村祥子が龍二に忠告した。
「あなた、近頃、人事部の中崎さんとちょくちょく逢っているようだけど、気を付けた方が良いわよ、とかく噂の在る人だから」
「うん?」
「学生時代にはかなり遊んでいたと言う評判よ。人事の斎藤さんとは凄く親しいって聞くしね」
「斎藤と親しいのは、そりゃ仕事の同僚だから当然だろう」
「さあ、どうだかね。ミイラにならないように気を付けなさいよ」
郁子が斎藤と親しいと聞いて、龍二の胸には斎藤を妬む気持ちが少し湧き上がった。
斎藤は龍二と一緒に入社した同期の仲間だった。新人の現場研修で同じ班に編成され、一緒に酒を飲むようになって親しくなった。富山支店へ赴任した小田靖彦と併せて三人は今も親交が有る。
だが、龍二は思った。
郁子が誰とどうしようと俺には関係無い。俺は彼女を手に入れて俺のものにするだけだ・・・
ひょっとして、マイカー通勤かも・・・?
ある朝、三十分も早めたバスにやっと郁子が乗り込んで来た。大勢が乗り込む南座前のバス停に郁子の姿を見た時、龍二は、やっと逢えた、と思った。
ラッシュアワーのバスの中は混み合っていたが、龍二は乗車口の近くに立っていたので郁子は直ぐに彼に気付いた。乗客の間を、身を捩りながら龍二に近づいた郁子は丁寧に挨拶をした。
「おはようございます。先日は有難うございました」
「おはよう。此方こそ有難う。でも、朝、早いんだね、いつもこんなに早いの?」
「はい。バタバタと慌てふためいて事務所に駆け込んでも、仕事の準備も心の準備も整いませんから。尤も、早いと言っても三十分程ですけどね」
郁子はそう言って、初めて、クスッと笑いその笑顔を龍二に向けた。
「田沼さんはどうして今日はこの時間に?お仕事の都合でも有るんですか?」
「そりゃ決っているよ。君と逢う為だよ」
「あらっ、お上手なんですね」
龍二が軽いキャラの乗りで言った言葉を郁子は軽く受け流した。
バスは、広い敷地の中に京都製作所と隣接して建っている本社ビル前のバス停へと一路西進した。
木屋町を過ぎ、河原町を過ぎ、烏丸を過ぎ、堀川を過ぎ、大宮を過ぎ、西大路を過ぎ、天神川を過ぎて、バスは漸く本社ビル前の梅津段町に到着した。龍二と郁子が乗車してから凡そ三十分の時間が経っていた。龍二の狙い通りであった。二人切りで話す三十分の時間があれば色んなことが話し合えた。
翌日から二人は同じ時刻のバスに乗り合わせて通勤し、朝の会話を繰り返して親密の度を深めて行った。
やがて、二人は、お茶を喫んだり、食事をしたり、お酒を飲んだり、ダンスをしたりして、通勤バス以外のところで逢うようになった。
龍二はダンスが踊れなかったが、郁子が上手くリードして何とか恰好は付いていた。龍二はムーディーなブルースの曲に合わせて郁子に導かれる侭に足を前後左右に動かしているだけでよかった。
「結構、お上手じゃないですか」
「いやぁ、君のリードのお蔭だよ」
そう言えば、龍二は学生の頃に友人たちに誘われて、ほんの一週間ばかりダンス教室に通ったことがあった。これは俺の性に合わない、と直ぐに止めてしまいはしたが・・・。
龍二が無様だったのはカラオケだった。龍二の音痴は酷かった。音程もメロディーもリズムもまるで合っていなかった。郁子は必死に笑いを堪えたが、ついつい哄笑が漏れた。
「ご免なさい、悪かったわ」
龍二は苦笑するしかなかった。
数日後の或る日、昼休みに営業アシスタントの中村祥子が龍二に忠告した。
「あなた、近頃、人事部の中崎さんとちょくちょく逢っているようだけど、気を付けた方が良いわよ、とかく噂の在る人だから」
「うん?」
「学生時代にはかなり遊んでいたと言う評判よ。人事の斎藤さんとは凄く親しいって聞くしね」
「斎藤と親しいのは、そりゃ仕事の同僚だから当然だろう」
「さあ、どうだかね。ミイラにならないように気を付けなさいよ」
郁子が斎藤と親しいと聞いて、龍二の胸には斎藤を妬む気持ちが少し湧き上がった。
斎藤は龍二と一緒に入社した同期の仲間だった。新人の現場研修で同じ班に編成され、一緒に酒を飲むようになって親しくなった。富山支店へ赴任した小田靖彦と併せて三人は今も親交が有る。
だが、龍二は思った。
郁子が誰とどうしようと俺には関係無い。俺は彼女を手に入れて俺のものにするだけだ・・・
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