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第六話 三十路の女ともだち
③細川、早希の喫茶店へ顔を出す
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やがて、一週間が経って、隣家のソメイヨシノは満開になった。そんな時、細川崇が早希の喫茶店へ顔を出した。
丁度店に出て居た早希が、慌てて先日の礼を言うと、彼は照れ臭そうに微笑った。
「旨いコーヒーを一杯、飲ませて貰おうと思って・・・」
店の客の何人かが細川の顔を知っていて、小声で彼の名前を囁き合った。そんな雰囲気の中で居心地が悪かったのか、細川はコーヒーを飲むと、早々に、店を出て行った。
「お知合いですか?」
彼が帰って行くと、マスターの佐倉が訊ね、早希は成田から帰りのことを掻い摘んで話した。
「和泉さんとご昵懇でしたか・・・」
雑誌の女編集者と新劇俳優が何処で結び付いたのか?・・・
佐倉は首を捻った。
「理恵は顔が広いから・・・」
「歳下でしょう?」
早希はどきりとした。
「別に男と女の関係じゃ無いと思うの・・・」
佐倉が苦笑した。
「そうですね、和泉さんは、お若くは見えますが、もう三十を超えて居られますからね」
早希は何となく自分のことを言われているようで苦い思いが込み上げた。三十歳と言う自分の年齢にハイミスを意識するのはこういう時で、普段はファッションもメークも取り立てて二十代とそう変わってはいない。彼女は色白の滑らかな肌をしていて、あまり手入れに金をかけていないのに、シミやそばかすと縁は無く、薄化粧で十分であった。着る物は若い頃から比較的地味だったが、この年齢になると、専らチャコールグレイかベージュ系統の物を愛用していた。店の若い娘も、それで良い、と言ってくれている。ベージュのブラウスに紺のスラックスなどと言う服装は二十代の娘でもよく着用しているので、三十代と言う意識は早希から希薄になり易かった。
その翌日、理恵が店へあたふたとやって来た。
「細川さんが来たでしょう?」
マンション三階の早希の部屋へ上がるなり、いきなり言った。
「此処へ通したの?」
「とんでもない。お店でコーヒーを飲まれただけよ」
「何か、言っていた?」
「別に何も。お店のお客が細川さんを知っていて、振り返って見たりするから、不愉快だったのか、直ぐお帰りになったわ」
理恵の訊き方が、いつもより剣が在るようだった。畳み込んだ喋り方をするのは彼女の癖であるが、語気に嫌なものが感じられた。普段の理恵には無いことであった。
「ねえ、お隣の桜が綺麗でしょう、今日あたりが満開よ。此処で、二人でお花見でもしない?」
早希は友人の気を変えるように言ったが、彼女は何の反応も示さなかった。
「あなた、細川さんとどういう仲なの?」
早希は突っ込んで聞いてみた。流石に理恵も友人の気を悪くしたのを察したらしい。
「別に・・・映画関係者の紹介で知り合って、何となく気が合って、時々、呑んだり食べたりする程度よ」
「テレビで観るより小柄ね」
「小柄だって良いじゃない!」
「えっ?」
「・・・・・」
「幾つくらい?・・・」
「二十九かな」
「独り?」
「さあ・・・」
所謂、主役級の俳優ではない。バイプレイヤーにしては年齢的に難しいところに来ているようである。
「実力が有るから、これからが良いんじゃないかな」
俳優としての細川に理恵はそんな評価をした。
「好きなの?細川さんのこと」
早希が冗談めかして聞くと、理恵は顔色を変えた。
「止してよ!そんな付き合いじゃないわ」
「だって・・・」
「恋くらいしたって良いじゃない、私だって」
そして、理恵は続けた。
「でも、歳下は嫌なの、真剣な愛には」
「私たちに丁度良い年齢と言ったら、もうみんな妻帯者よ。奥さんも子供も居る人ばかりよ」
ふっと、理恵が笑い出した。連られて早希も苦笑した。
テラスに立って、理恵が隣家の桜を眺めた。
「三十女って嫌ね」
あなたは三十二歳よ、と言おうとして、早希はギョッとした。理恵の表情が泣き出しそうだった。
丁度店に出て居た早希が、慌てて先日の礼を言うと、彼は照れ臭そうに微笑った。
「旨いコーヒーを一杯、飲ませて貰おうと思って・・・」
店の客の何人かが細川の顔を知っていて、小声で彼の名前を囁き合った。そんな雰囲気の中で居心地が悪かったのか、細川はコーヒーを飲むと、早々に、店を出て行った。
「お知合いですか?」
彼が帰って行くと、マスターの佐倉が訊ね、早希は成田から帰りのことを掻い摘んで話した。
「和泉さんとご昵懇でしたか・・・」
雑誌の女編集者と新劇俳優が何処で結び付いたのか?・・・
佐倉は首を捻った。
「理恵は顔が広いから・・・」
「歳下でしょう?」
早希はどきりとした。
「別に男と女の関係じゃ無いと思うの・・・」
佐倉が苦笑した。
「そうですね、和泉さんは、お若くは見えますが、もう三十を超えて居られますからね」
早希は何となく自分のことを言われているようで苦い思いが込み上げた。三十歳と言う自分の年齢にハイミスを意識するのはこういう時で、普段はファッションもメークも取り立てて二十代とそう変わってはいない。彼女は色白の滑らかな肌をしていて、あまり手入れに金をかけていないのに、シミやそばかすと縁は無く、薄化粧で十分であった。着る物は若い頃から比較的地味だったが、この年齢になると、専らチャコールグレイかベージュ系統の物を愛用していた。店の若い娘も、それで良い、と言ってくれている。ベージュのブラウスに紺のスラックスなどと言う服装は二十代の娘でもよく着用しているので、三十代と言う意識は早希から希薄になり易かった。
その翌日、理恵が店へあたふたとやって来た。
「細川さんが来たでしょう?」
マンション三階の早希の部屋へ上がるなり、いきなり言った。
「此処へ通したの?」
「とんでもない。お店でコーヒーを飲まれただけよ」
「何か、言っていた?」
「別に何も。お店のお客が細川さんを知っていて、振り返って見たりするから、不愉快だったのか、直ぐお帰りになったわ」
理恵の訊き方が、いつもより剣が在るようだった。畳み込んだ喋り方をするのは彼女の癖であるが、語気に嫌なものが感じられた。普段の理恵には無いことであった。
「ねえ、お隣の桜が綺麗でしょう、今日あたりが満開よ。此処で、二人でお花見でもしない?」
早希は友人の気を変えるように言ったが、彼女は何の反応も示さなかった。
「あなた、細川さんとどういう仲なの?」
早希は突っ込んで聞いてみた。流石に理恵も友人の気を悪くしたのを察したらしい。
「別に・・・映画関係者の紹介で知り合って、何となく気が合って、時々、呑んだり食べたりする程度よ」
「テレビで観るより小柄ね」
「小柄だって良いじゃない!」
「えっ?」
「・・・・・」
「幾つくらい?・・・」
「二十九かな」
「独り?」
「さあ・・・」
所謂、主役級の俳優ではない。バイプレイヤーにしては年齢的に難しいところに来ているようである。
「実力が有るから、これからが良いんじゃないかな」
俳優としての細川に理恵はそんな評価をした。
「好きなの?細川さんのこと」
早希が冗談めかして聞くと、理恵は顔色を変えた。
「止してよ!そんな付き合いじゃないわ」
「だって・・・」
「恋くらいしたって良いじゃない、私だって」
そして、理恵は続けた。
「でも、歳下は嫌なの、真剣な愛には」
「私たちに丁度良い年齢と言ったら、もうみんな妻帯者よ。奥さんも子供も居る人ばかりよ」
ふっと、理恵が笑い出した。連られて早希も苦笑した。
テラスに立って、理恵が隣家の桜を眺めた。
「三十女って嫌ね」
あなたは三十二歳よ、と言おうとして、早希はギョッとした。理恵の表情が泣き出しそうだった。
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