愛の裏切り

相良武有

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第五話 恋未練

②スタイリストを目指すバイトホステスの亜紀

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 当時、江藤亜紀は、昼は四条烏丸の服飾専門学校に通いながら、夜は「純」にアルバイトとして働きに来ていた。
慎一と亜紀の二人が知り合ったのは今から三年前である。慎一が二十四歳で亜紀は未だ二十一歳の学生だった。彼女は三年制の専門学校で、スタイリストになる為にファッション全般についての知識やスキルを学んでいる最中だった。
 亜紀が履修していたのは、色についての知識や技能を身につける「色彩講座」、似合う色とは何かについて理論的に学び、目的別の色彩効果を理解した上で色を見分ける実力をつける「色彩技能パーソナルカラー講座」、色の性質や特性と言った実践的な色彩の知識を身に着ける「カラーコーディネート講座」、マーケティングやアパレル企業の流通戦略、マネジメント知識などファッションビジネスに関わる幅広い知識を学ぶ「ファッションビジネス能力講座」、色彩の理論や体系、配色、ファッション産業での色彩計画などについて学ぶ「ファッション色彩能力講座」などであったが、それらはいずれも、コーディネートする際に配色を考える上で役立ったり、顧客に似合う色を提案するのに必要だったり、或は、色の持つ様々な効果を学ぶことによって接客販売や商品開発に役立てたりするものであった。
 そして、ファッションの分野に限らず、映画や音楽、絵画などの知識も身に着けないと、その分野の仕事を手掛けるクライアントの要望に応えられないということで、芸術に触れて感性を磨き、スタイリストになる為の幅を広げることも重要なのであった。
「わたしの望みは、将来、スタイリストとして独り立ちすることなんです」
或る夜に亜紀が言った一言に、直ぐに、慎一が反応を示した。
「スタイリストってどんな仕事をするの?」
「一言で言いますと、テレビやCMや雑誌などの映像、或は、出版関係の撮影現場で、出演する俳優さんやモデルさんの衣装をコーディネートするのが仕事です」
「へえ~、恰好良いんだ」
「場合によっては、衣装だけでなく身に着ける小物や髪型、メイクまでトータルでコーディネートすることもあります。又、撮影のカットごとに、衣装に乱れが無いかチェックしたり、違う衣装に替えたりと、臨機応変に動くのも仕事ですね」
「なかなか大変そうだね」
「メインとなるスタイリングの仕事以外に、打ち合わせや撮影の為の衣装集め或はその管理など地味な作業も多い仕事です」
 スタイリストの仕事は、依頼を受けて打ち合わせをするところから始まる。次に衣装協力してくれるアパレルメーカーと交渉して衣装や小物を借りる。場合によっては、スタイリストが制作した小物や自分の私物を使用することもある。そして、モデルや俳優に衣装をコーディネートし終わったら、撮影本番となる。撮影が終わると、カメラマンや担当者と一緒に画像や映像をチェックし、問題が無ければ撮影終了となる。使用した衣装を整え、借りたアパレルメーカーに返却する。撮影が一日で終わらない場合は、衣装を保管し、メンテナンスをするのもスタイリストの役割である。撮影がスタートしてから衣装を変更したり、アイテムを追加したりすることもある。急な要求にも対応出来る柔軟さが必要とされる仕事である。
「絶えず流行に気を配りながら、オリジナルなセンスも要求される訳だね」
「はい。若い女性には人気のある仕事で、それだけに競争も激しく、一人前になって食べて行くのは容易ではないんです」
「でも、どうしたら、そのスタイリストになれるのかな?」
「ざっくり言うと、二つに分かれるんです。スタイリストの事務所に所属して働く場合とフリーランスで活躍する場合とです。事務所で働く場合は、事務所が請け負った仕事を振り分けられるので、モデルのスタイリングからメーカーのカタログ作りまで、数多くの依頼を熟して幅広く経験することが出来ます。フリーランスの場合は自分で営業をして仕事を取って来ます。業界的にはフリーランスで働く人の方が多いと聞いています」
「へえ~、フリーランスの人の方が多いの?そりゃ大変な世界だね」
「事務所でアシスタントとして働きながら経験を積んで、十分に実力をつけてからフリーランスに転向するんです」
「そうだろうね、いきなりフリーじゃ食っていけないもんね」
「はい。私の通う学校でも卒業後はスタイリスト事務所に所属する人が多数派です。中には、服飾専門学校を卒業又は在籍中であることを採用条件にしている事務所も在るくらいですから」
亜紀は更に熱く語り続けた。
「アパレルメーカーからスタイリストを目指す人も居るんですよ」
販売員のアルバイトでスキルアップしながらアパレル関連の知識を身に着け、その後、スタイリストの募集に応募すると言う流れらしい。その場合もアシスタントとして下積みをし、業界で人脈を作ったり、スタイリストとしてのスキルを身に着けなければならないことに変わりはないとのことだった。
スタイリストの仕事は大勢の人間が一つのチームとなって企画に取り組むことが多いので、気持良く仕事が出来る雰囲気作りの為にも周囲への気配りは欠かせない。
「ですから、ファッションセンスや能力だけでなく協調性も重要なんです」
また、展示会へ足を運んでトレンドをチェックしたり衣装の貸し出しショップを廻ったりしなければならないし、撮影中はずっと立ったままスタジオを動き回ったり、衣装や小物などを運んだりする必要もある。体力も気力も求められる仕事である。
「でも、何よりも大切なのは、センスを磨く為にあらゆる方面で努力し続けられる向上心と、スタイリストになりたい、という熱い情熱なんです」
将に、若いが頑張り屋で良く働く亜紀だからこそやる気になったと言えるものであった。
「慎ちゃん、やけに熱心に話を聴いているじゃない?」
先程から二人の話している様子をちらちら眺めて居た純子ママが傍へやって来て慎一を揶揄した。
「うん、彼女の話、夢が在って何だか愉しいんだよ。俺の心まで温かくなって来る感じだよ」
「亜紀ちゃん、気を付けなさいよ。男はこうやって女を口説くんだからね」
「止めてくれよ、ママ。俺、そんなんじゃないよ。もう、まったく・・・」
 その後、慎一と亜紀は急速に親しくなった。
そして、その後、年が明けた春になって亜紀は「純」の店のアルバイトを辞めてしまった。
「通っていた専門学校を修了して、何とか、スタイリスト事務所に入れたんです」
亜紀はそう言ったが、実のところは親しくなった慎一が辞めるように勧めたのが真実らしかった。
「俺、君を酔客の好色な眼に晒したくないんだ」
そう言って慎一が辞めさせたようだった。
 それからは二人でときどき「純」にやって来た。  
何方かと言えば、二十七歳の慎一の方が苦労知らずでおっとりしているのに対して、三つ歳下の亜紀は、目鼻立ちもはっきりとして、言うこともはきはきしている。弱気な男と勝気な女の、バランスの取れた組合せであった。因みに、慎一は商事会社と言っても営業や開発などの成果や金額を云々される部署ではなく、ノルマや数字とは直結しない総務部門の仕事に就いていた。
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