半欠けの二人連れ達

相良武有

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第四章 愛と友情の間に

第12話 茉莉、介護老人医療施設の夏祭りに誘われる 

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 子供達の夏休みが終わりに近づいた町内の地蔵盆で、茉莉は謙一の母親に誘われた。
「今度、うちの病院の介護老人医療施設で夏祭りの催しをするんだけど、手伝ってくれない?」
「土・日で無ければ別に構いませんけど、でも、何をするんですか?」
「お年寄り達が集まって歌を唄ったり踊ったりするんだけど、ピアノでその伴奏をしたり、懐かしい歌を弾いて聞かせたりして貰えないかと思って・・・」
「謙一さんからお聞きの通り私は耳が・・・」
謙一の母親が軽く手で遮った。
「ええ、承知しているわ。そりゃ、あなたは耳が聞こえ難いんだから、あなたが演奏して耳で聞く音と、あなたが頭で思い描いている音とは違うかも知れないし、大きな違和感が有るかも知れない。でも、これはプロの本職に聞かせる訳じゃなく、日頃独り淋しく暮らしていたり、家族から疎んじられて侘しい思いをしているお年寄りの人たちに、仮令一時ではあっても、元気を取り戻して貰って明日への生きる力を甦らせて貰う、その為の催しの一つなんだから、心をオープンにして気楽にやって貰えば良いのよ、ね」
 
 夏祭りには近くの高校生達もボランティアで慰問活動に参加していた。
彼等は前日から折り紙や色紙で鶴や飛行機や船などを作り、当日は朝から賑やかに会場の飾り付けをしていた。そして、茉莉は三々五々集まった三十名弱のお年寄達と懐かしの小学唱歌や叙情歌を一緒に唄い、施設の給食ではあったが、昼食を共にして、パーティは和やかに愉しく進行した。
 昼食を一緒に摂った同じテーブルのお婆さん達が、茉莉たちの手を取らんばかりにして言った。
「こんなに皆が明るい顔で笑っているのを見るのは久し振りや。みんなあんた達のお陰や、ほんとうに有難うさん、ね」
「そうや、そうや、ほんまや!」
お婆さんたちの眼にはうっすらと涙が滲んでいるようであった。
「いえ、そんな・・・」
お婆さん達の泣き笑いの顔を見て、茉莉は目頭が熱くなり、その後の言葉が継げなかった。
スナップ写真を撮り全員で記念撮影をしてパーティは終焉し、最後に介護士や看護師さん達とミーティングをして一日が終わった。
 高校生たちが当日覚えた感動を口にすると、彼女達は言った。
「私たちも一生懸命に介護や看護を続けているけれど、これが仕事になっていると毎日の日常生活に感情が埋没してしまって、患者さんも此方も、喜びを顔に表したり、態度で示したりすることが無くなってしまうんです。でも、私たちは、きっと解って貰えている、そう信じて毎日やっているんです」
「私はこの病院の訪問看護ステーションで働いていますが、訪問看護師として、その人の住み慣れた家で、その人のペースに合わせた療養生活を支えることで、病院や施設とは一味違ったケアやアプローチを学びましたの。自宅で最後を迎える人やその家族のケアに携わる機会も増えて来て、私自身も多くの生命に見守られ助けられて暮らしていることを感じられるようになったんです。疾患や障害を持ちながらも逞しく暮らしている人達から多くのことを学び、励まされているんです」
「私の祖父はもう八十五歳になりますが、未だ元気に生きています。でも昔はとても身体が弱くて、長い間ずうっと入院していたんです。その時、父や母や家族の者が誰一人病院に行けない時でも、病院の人達が一生懸命祖父を護ってくれました。祖父が今元気に生きていられるのもその人達のお陰だと私は感謝していますし、今その恩返しをする心算でこの仕事をしているんです。今とっても重い病気の人でも、いつかきっと、家族の人達と一緒に楽しく笑って話が出来るようになると信じてやっているんです。私達も頑張りますからお若い皆さんも頑張って下さいね」
 茉莉はその時、心身の不自由な患者さんだけでなく、その家族を初め色んな他者から信頼されるのが看護師の本分なんだ、と学んだ。音楽が身体の悪い人、不自由な人の支えになるものなら自分も少しでも役に立ちたい、茉莉は他者を思い遣ることの大事さを実感したのだった。
 
 介護老人医療施設の夏祭りに参加し、児童養護施設の子供達にピアノやギターを教えながら茉莉の心は少しずつ癒されていった。
 私にとって音楽って何なのだろう?と茉莉は考えた。
それはひょっとして「希望」なのではないか?希望への私の「祈り」なのではないだろうか?
自分の中に閉じ籠った内向きの思いだけで今を生きている私が、心を外に開いて、もう一度、明日に向って前を向いて歩きたいという思いを、自身の中で確認出来るのが音楽なのではないのか?壮大で神々しいクラシックとまでは言わないにしても、やはり音楽は「希望」であり「祈り」なのだ、と茉莉は思った。それが音楽の音楽たる所以なのかも知れない・・・茉莉は一つの啓示を受けた気がした。
頭で音を拾うのは絶対音感が有ればそう難しいことではない、まして不自由なのは片耳だけだ。だが、それを音楽として紡ぎ出すのは心の在り様ではないか?
そう思ってこれまで創った幾つかの曲を総ざらいしてみた茉莉には、それらの曲の全てが、今の心を映してか、何れも是もが重く暗く打ち沈んでいるように感じられた。この楽曲の何処に希望や祈りが有るだろうか?
妬んだり怨んだり、憎んだり嘆いたり、憤怒や情けなさに打ちひしがれることはこれからも間々あるだろう、だが、自分は片耳が聞こえないというハンディがあるのだから、それは仕方無い。在るが儘を受け入れて、其処から自分なりの新しい楽曲を紡ぎ出して行こう、
茉莉は心を外に開いて、感じるまま、思うままを音に託そうと心に決めた。もう一度、曲作りを一からやり直してみよう・・・
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