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第五章 宮大工と二人連れ
第4話 亮介は月に二度ほどのペースで良美の店にやって来た
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亮介は月に二度ほどのペースで良美の店にやって来た。
初めの頃は棟梁に指示されたり兄弟子に言い遣ったりして道具類の物色に来ていたが、やがて自分一人の用事の為に時々やって来るようになった。来ると必ず良美を名指しで、彼女に新しい商品や改良した品物が無いかを確認した。
「俺たち宮大工は使う道具も自分で造るんだよ。だから常に使い勝手の良い道具を捜しているし、何かヒントになるようなものが無いかと考えている。目新しいものが入ったら是非教えて欲しい、頼みますよ」
そして、帰りがけにはいつも何か一言、良美を励ます言葉をかけた。
「良い材料と良い腕が良い建物を造るんだが、使い勝手の悪い道具だとなかなか思うように良いものが造れない。プロの俺たちに道具を勧めたり売ったりする君の仕事は真実に大変だと思うが、君も道具専門店のプロの店員だ。レベルの高い技量を持つ俺たち宮大工を納得させることが出来るように、道具に精通することは君のやり甲斐にもなると思うよ、しっかり頑張れよ、な」
又、こんなことを言ったこともあった。
「此処に在る全ての道具に精通することは極めて難しい。だから道具の種類ごとにマスターして行くんだよ。例えば、鉋だけでも、大鉋、二寸、寸八、小鉋、面取鉋、台直し鉋、反り台、南京鉋、溝鉋、脇鉋、際鉋、豆鉋、丸鉋、五徳鉋など様々なものが有る訳だから、先ずは鉋だけを用途、性能、材質、値段などについてマスターすることだな。それから次の道具、例えば、鑿などに移って行く、と言う具合にね。鑿だって、追入鑿、中叩き鑿、叩き鑿、向待鑿、薄突き鑿、本突き鑿、鏝鑿、丸鑿、彫刻鑿、バイオリン鑿、モリ鑿、底浚え鑿、カマ鑿、イスカ鑿、バチ鑿、脇差鑿などと数え切れないくらいの種類が在るのだから」
「はい・・・」
「昔から言うだろう、一芸に秀でる者は多芸に通ず、って。一つ一つマスターして行けば自ずと先は見えて来るよ。急がば回れ、だな」
余り気乗りしない顔で聞く良美を見やりながら彼は更に続けた。
「何も君独りで全てに精通しなくて良いんだよ。何人かの店員さんで分担し合えば良いんだ。鉋は君、鑿は誰々さん、玄翁は誰々、鋸は誰々、釘抜や釘締めは誰々、小刀や彫刻刀は誰々と言う具合にそれぞれが専門家になれば、店全体としては専門集団を作ることが出来る。君たちはプロの職人を相手にする道具店のプロだからな」
良美は、会社も社員も、店も店員も、仕事は常に最高のレベルを目指すものだと言われているように思った。言われていることは至極尤もなことだった。
この人は一本筋金の入ったしっかりした人かも知れないわ・・・
初めの頃は棟梁に指示されたり兄弟子に言い遣ったりして道具類の物色に来ていたが、やがて自分一人の用事の為に時々やって来るようになった。来ると必ず良美を名指しで、彼女に新しい商品や改良した品物が無いかを確認した。
「俺たち宮大工は使う道具も自分で造るんだよ。だから常に使い勝手の良い道具を捜しているし、何かヒントになるようなものが無いかと考えている。目新しいものが入ったら是非教えて欲しい、頼みますよ」
そして、帰りがけにはいつも何か一言、良美を励ます言葉をかけた。
「良い材料と良い腕が良い建物を造るんだが、使い勝手の悪い道具だとなかなか思うように良いものが造れない。プロの俺たちに道具を勧めたり売ったりする君の仕事は真実に大変だと思うが、君も道具専門店のプロの店員だ。レベルの高い技量を持つ俺たち宮大工を納得させることが出来るように、道具に精通することは君のやり甲斐にもなると思うよ、しっかり頑張れよ、な」
又、こんなことを言ったこともあった。
「此処に在る全ての道具に精通することは極めて難しい。だから道具の種類ごとにマスターして行くんだよ。例えば、鉋だけでも、大鉋、二寸、寸八、小鉋、面取鉋、台直し鉋、反り台、南京鉋、溝鉋、脇鉋、際鉋、豆鉋、丸鉋、五徳鉋など様々なものが有る訳だから、先ずは鉋だけを用途、性能、材質、値段などについてマスターすることだな。それから次の道具、例えば、鑿などに移って行く、と言う具合にね。鑿だって、追入鑿、中叩き鑿、叩き鑿、向待鑿、薄突き鑿、本突き鑿、鏝鑿、丸鑿、彫刻鑿、バイオリン鑿、モリ鑿、底浚え鑿、カマ鑿、イスカ鑿、バチ鑿、脇差鑿などと数え切れないくらいの種類が在るのだから」
「はい・・・」
「昔から言うだろう、一芸に秀でる者は多芸に通ず、って。一つ一つマスターして行けば自ずと先は見えて来るよ。急がば回れ、だな」
余り気乗りしない顔で聞く良美を見やりながら彼は更に続けた。
「何も君独りで全てに精通しなくて良いんだよ。何人かの店員さんで分担し合えば良いんだ。鉋は君、鑿は誰々さん、玄翁は誰々、鋸は誰々、釘抜や釘締めは誰々、小刀や彫刻刀は誰々と言う具合にそれぞれが専門家になれば、店全体としては専門集団を作ることが出来る。君たちはプロの職人を相手にする道具店のプロだからな」
良美は、会社も社員も、店も店員も、仕事は常に最高のレベルを目指すものだと言われているように思った。言われていることは至極尤もなことだった。
この人は一本筋金の入ったしっかりした人かも知れないわ・・・
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