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第四章 愛と友情の間に
第2話 茉莉、突然、左耳が聞こえなくなる
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だが、禍福は糾える縄の如し、人生一寸先は闇だった。
或る朝、目覚めた茉莉は強い眩暈に襲われてベッドに蹲った。数秒、否、数分経って眩暈は治まったが、今度は耳鳴りがして耳が閉ざされた感じがやって来た。同時に吐き気を催して茉莉は慌ててトイレに駆け込み、其処で激しく嘔吐した。
漸く、耳鳴りや耳閉感や吐き気が治まってトイレから出て来た茉莉は、一寸疲れたのかな、と思いつつテレビのスウィッチを押した。が、いつもと違って音声が聞き取り難い。
あれっ、テレビの故障かな、と茉莉は思った。
最初は状況が良く解からなかった。やけに聞き取り難いのは何故だ?然し、次第に落ち着きを取り戻した茉莉は、左耳が良く聞こえないことに気付いた。右耳は普通に聞こえたので、右耳を抑えて左耳だけで聞いてみた。茉莉は驚愕した。まるで聞こえなかった。
茉莉の身体に戦慄が走った。耳が聞こえない!
茉莉の顔が蒼白になった。ピアニストになろうというのに耳が聞こえない。茉莉の心は動顚した。
茉莉は取るものも取りあえず慌てて近くの耳鼻咽喉科の医院へ駆け込んだ。
問診した医師が言った。
「うちでは良く解からないので、総合病院の耳鼻咽喉科へ行って下さい。今、紹介状を書きますから」
医院を出た茉莉はその足で地域の総合病院へ走った。
耳鼻科は混んでいた。診察待ちの二時間弱が一日のように長く感じられた。茉莉は、未だか、未だか、といらつきながら順番を待った。
漸く通された診察室で若い医師が症状を確認した。
「どうしました?」
「朝起きたら眩暈がして、それが治まると耳鳴りと一緒に吐き気がして、嘔吐しました。それから左耳が聞こえなくなったんです」
「右耳はちゃんと聞こえるのですね」
「ハイ」
「眩暈は一度だけですか?」
「ハイ、一度だけです」
「耳閉感もありますか?耳が閉さがる感じです」
「ハイ、少し有ります」
「耳鳴りや吐き気は今回が初めてですか?」
耳鳴りは意識したことは無かったが、大学のレッスン中に気分が悪くなったり、レジの前で立ち眩んだり、喫茶店のトイレで吐いたりしたことはあった。然し、その程度のことは疲れやストレス等で誰にだって有ることだろう、と茉莉は気にしていなかった。
「それは何日頃のことですか?」
「二ヶ月くらい前だと思います」
「と言うことは、二ヶ月に三度、と言うことですか?」
「そうですね」
一通り症状を確認した医師は、直ぐに検査をしましょう、と言って、純音聴力検査という検査の説明を始めた。それは最も基本的な聴力検査法で、難聴や耳鳴り、眩暈など耳の症状を訴える患者に、聴力障害の程度と障害部位を判定する為の検査だ、ということだった。
「この検査は貴女の自覚的な応答をもとに行う検査ですので、貴女の正しい反応が有ることが条件になります、良いですね」
「ハイ」
「先ず、普通に聞こえる右耳から行います。音が聞こえたらボタンを押して下さい。小さくても聞こえたら直ぐに押して下さいね。そして、音が消えたらボタンを離して下さい。右耳が終わったら左耳の検査をします。要領は同じです。では始めましょう」
医師はそう言って、茉莉の頭からヘッドフォンを執り着けた。
茉莉は、小さな音も聞き逃すまいと集中して少し緊張した。最初は何も聞こえなかったが、次第に微かな音から聞こえ始め、二秒間隔くらいで音の大きさが変わって行くのが良く解かった。
次に左耳の検査が行われた。
いつまで経っても音は聞こえなかった。
医師が周波数を上げ、デジベルを上げる動作をしたようだった。突然、大きな音が異常に耳に響いて、苦痛を伴うような刺激感に茉莉は思わず、わあっ!と声を上げた。
医師は徐に音量と周波数を徐々に下げていって、検査は終了した。
「左耳で低い音が聞こえ難いことはありましたか?」
「いいえ、特別には」
「音が籠もって聞こえたことは?」
「いいえ、ありません」
「例えば騒音のような、大きな音を聞くような環境に居たことはありませんか?」
「いいえ、無いです」
それから医師は、レントゲン撮影とMRIを受けるよう茉莉に指示した。
「考えられるのは、メニエール病、外リンパ損傷、聴神経腫瘍、音響外傷性難聴、突発性難聴、ウィルス感染症、内耳梅毒、前下小脳動脈梗塞等ですが、良く調べてみないと確かな診断は出来ません」
茉莉は指示書を持ってレントゲン室とMRI室に赴き夫々の検査を受けた後、もう一度耳鼻科の待合室に戻った。此処でもまた小一時間待たねばならなかった。
呼び入れられた診察室で医師は、レントゲン写真とMRI画像を見ながら、言った。
「レントゲンでもMRIでも異常はありませんから、聴神経腫瘍の心配は無いですね。症状を特定する為に、もう少し検査を受けて下さい」
茉莉は三日後に、ABLBテスト、SISIテスト、自記オージオメトリー、血液検査の予約をし、一週間後に再診の予定を決めて貰って、病院を後にした。薬は感染症に対して抗炎症作用を持つステロイド剤が二週間分投与された。
或る朝、目覚めた茉莉は強い眩暈に襲われてベッドに蹲った。数秒、否、数分経って眩暈は治まったが、今度は耳鳴りがして耳が閉ざされた感じがやって来た。同時に吐き気を催して茉莉は慌ててトイレに駆け込み、其処で激しく嘔吐した。
漸く、耳鳴りや耳閉感や吐き気が治まってトイレから出て来た茉莉は、一寸疲れたのかな、と思いつつテレビのスウィッチを押した。が、いつもと違って音声が聞き取り難い。
あれっ、テレビの故障かな、と茉莉は思った。
最初は状況が良く解からなかった。やけに聞き取り難いのは何故だ?然し、次第に落ち着きを取り戻した茉莉は、左耳が良く聞こえないことに気付いた。右耳は普通に聞こえたので、右耳を抑えて左耳だけで聞いてみた。茉莉は驚愕した。まるで聞こえなかった。
茉莉の身体に戦慄が走った。耳が聞こえない!
茉莉の顔が蒼白になった。ピアニストになろうというのに耳が聞こえない。茉莉の心は動顚した。
茉莉は取るものも取りあえず慌てて近くの耳鼻咽喉科の医院へ駆け込んだ。
問診した医師が言った。
「うちでは良く解からないので、総合病院の耳鼻咽喉科へ行って下さい。今、紹介状を書きますから」
医院を出た茉莉はその足で地域の総合病院へ走った。
耳鼻科は混んでいた。診察待ちの二時間弱が一日のように長く感じられた。茉莉は、未だか、未だか、といらつきながら順番を待った。
漸く通された診察室で若い医師が症状を確認した。
「どうしました?」
「朝起きたら眩暈がして、それが治まると耳鳴りと一緒に吐き気がして、嘔吐しました。それから左耳が聞こえなくなったんです」
「右耳はちゃんと聞こえるのですね」
「ハイ」
「眩暈は一度だけですか?」
「ハイ、一度だけです」
「耳閉感もありますか?耳が閉さがる感じです」
「ハイ、少し有ります」
「耳鳴りや吐き気は今回が初めてですか?」
耳鳴りは意識したことは無かったが、大学のレッスン中に気分が悪くなったり、レジの前で立ち眩んだり、喫茶店のトイレで吐いたりしたことはあった。然し、その程度のことは疲れやストレス等で誰にだって有ることだろう、と茉莉は気にしていなかった。
「それは何日頃のことですか?」
「二ヶ月くらい前だと思います」
「と言うことは、二ヶ月に三度、と言うことですか?」
「そうですね」
一通り症状を確認した医師は、直ぐに検査をしましょう、と言って、純音聴力検査という検査の説明を始めた。それは最も基本的な聴力検査法で、難聴や耳鳴り、眩暈など耳の症状を訴える患者に、聴力障害の程度と障害部位を判定する為の検査だ、ということだった。
「この検査は貴女の自覚的な応答をもとに行う検査ですので、貴女の正しい反応が有ることが条件になります、良いですね」
「ハイ」
「先ず、普通に聞こえる右耳から行います。音が聞こえたらボタンを押して下さい。小さくても聞こえたら直ぐに押して下さいね。そして、音が消えたらボタンを離して下さい。右耳が終わったら左耳の検査をします。要領は同じです。では始めましょう」
医師はそう言って、茉莉の頭からヘッドフォンを執り着けた。
茉莉は、小さな音も聞き逃すまいと集中して少し緊張した。最初は何も聞こえなかったが、次第に微かな音から聞こえ始め、二秒間隔くらいで音の大きさが変わって行くのが良く解かった。
次に左耳の検査が行われた。
いつまで経っても音は聞こえなかった。
医師が周波数を上げ、デジベルを上げる動作をしたようだった。突然、大きな音が異常に耳に響いて、苦痛を伴うような刺激感に茉莉は思わず、わあっ!と声を上げた。
医師は徐に音量と周波数を徐々に下げていって、検査は終了した。
「左耳で低い音が聞こえ難いことはありましたか?」
「いいえ、特別には」
「音が籠もって聞こえたことは?」
「いいえ、ありません」
「例えば騒音のような、大きな音を聞くような環境に居たことはありませんか?」
「いいえ、無いです」
それから医師は、レントゲン撮影とMRIを受けるよう茉莉に指示した。
「考えられるのは、メニエール病、外リンパ損傷、聴神経腫瘍、音響外傷性難聴、突発性難聴、ウィルス感染症、内耳梅毒、前下小脳動脈梗塞等ですが、良く調べてみないと確かな診断は出来ません」
茉莉は指示書を持ってレントゲン室とMRI室に赴き夫々の検査を受けた後、もう一度耳鼻科の待合室に戻った。此処でもまた小一時間待たねばならなかった。
呼び入れられた診察室で医師は、レントゲン写真とMRI画像を見ながら、言った。
「レントゲンでもMRIでも異常はありませんから、聴神経腫瘍の心配は無いですね。症状を特定する為に、もう少し検査を受けて下さい」
茉莉は三日後に、ABLBテスト、SISIテスト、自記オージオメトリー、血液検査の予約をし、一週間後に再診の予定を決めて貰って、病院を後にした。薬は感染症に対して抗炎症作用を持つステロイド剤が二週間分投与された。
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