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第三章 野球の神様に祈る
第3話 日本女子硬式野球リーグが発足する
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程無く、その年の夏の終わりに日本女子硬式野球リーグが発足した。
第一回のトライアウトは晩秋の二日ずつをかけて、スタジアム京都と埼玉ドームの二球場でそれぞれ行われ、百五十九名が参加した。
リーグの職員がテストの説明を行った。
「一日目の一次テストでは五十メートル走と遠投、それに、投手はピッチングを、打者は打撃と守備をテストされます」
一次テストの合格者は二日目の二次テストに進み、シートノックとシートバッティング及び紅白試合でふるいにかけられ、合否が判定される、ということだった。
テストに参加した由香は眼を見張った。わぁ~凄い、と思う選手が目白押しだったが、その中でも取り分け目立つ選手が二人居た。
一人はとても背が高かった。が、凡そその高い身長に似つかわしくない柔軟な身体でスピードとパワー溢れる打撃をしていたし、もう一人は華奢な身体つき乍ら鞭の如くしなやかでシャープなバッティングをしていた。
前者は小学三年生から地元のリトルリーグで野球を始めたが、中学生になって女子が野球をやれる環境が無く、止む無くソフトボールに転向していた。中学時代から五輪代表の強化合宿に招待されるほどの実力を発揮した彼女は、高校へ進学してからも大活躍をして実業団に入った。だが、ソフトボールが五輪競技から外されてしまったのを機に夢を無くして、失意のどん底に落ち込んでしまった。今回のトライアウトを知って又また野球への情熱が再燃したということだった。
後者も小学校時代から野球を始め、エースとして市の大会で優勝したりもしたが、中学校では野球が出来なくてソフトボールに転向した。だが、ソフトボールにそれほどの魅力を感じなかった彼女は高校ではテニスに再転向して主将としてチームを引っ張り、インターハイの団体でベスト四位に輝いたという経歴の持ち主だった。然し、その間もずうっと、男子野球部の練習を見る度に羨ましくて仕方が無かったとのことだった。
二人とも長らく野球から遠ざかっていたのに、あれ程の実力を蓄えていたなんて、きっと日本全国にはあの二人のように全く無名でも、底知れない実力を持った女子野球選手が星の数ほど居るに違いない・・・
由香はそう思って身と心を引き締めた。
トライアウトから三週間後に日本女子プロ野球機構から四十名の入団者が発表された。
球団は京都を本拠地にする「京都フロンティアズ」と埼玉に本拠を置く「埼玉ヒロインズ」の二球団だった。
それから凡そ一カ月を経た十二月中旬に、第一回ドラフト会議が京都のホテルで開催された。会議には四十名の選手が全員出席したうえで、本人たちの眼の前で二球団からの指名が行われた。
「京都フロンティアズ、内野手一巡目、河本奈津美、二十歳」
「ハイ」
「おう、やっぱりあの子が一位指名か」
関係者の席から納得の声が漏れた。
指名は順次進んで、愈々、投手の指名となった。
「埼玉ヒロインズ、投手一巡目、小宮由香、二十三歳」
「ハイ」
「京都フロンティアズ、投手一巡目、小宮由香、二十三歳」
「おう、重複じゃないか!」
会場がざわめいた。
「抽選箱の中にはチーム名を記したボールが入っています。選手自らが掴んだボールが所属チームとなります。小宮選手、ボールを掴んで下さい」
また会場がざわついた。
「ほう、面白いな、これ」
「見ている此方までがドキドキ、ワクワクしちゃうね」
由香は、これから自分の運命を自分の手で決めるのだ、どちらにしても最良の運命であればそれで良い、そう思って箱の中へ手を差し入れた。
掴んだ球団名は「京都フロンティアズ」だった。
此処から始まるんだ、この瞬間から私はプロ野球選手になったんだ!・・・
由香の胸に熱い万感の思いが込み上げて来た。
京都の社長応接室で女子プロ野球リーグの話を聞いたあの日のことが鮮明に蘇えった。
だが、あの日一緒だった大野コーチはこの場には居なかった。
彼は京都の高校に初めて誕生したばかりの女子硬式野球部の監督に招かれて赴任し、そのグラウンドに立っていた。
「監督、キャッチボール、終わりました。ノックをお願いします」
カキーン、
バシッ、
「よっしゃ」
「腰が高い、ボールを下から見るんだ!」
「はい!」
「もう一丁、同じボール行くぞ」
カキーン、
「もう一丁」
「ボールは正面で捕えろ!」
「はい!」
「グラブは下から上へ!」
「はい!」
大野徹はドラフト会議に臨んだ由香のことを考えていた。
お前が追い続けて来た幻のような夢は、今、現実のものとなったんだ。もうお前一人の夢ではないんだ。これからは全国の沢山の野球少女がお前の背中を追いかける。プロリーグを彼女たちの夢を支える場として恥ずかしくない舞台にしてくれよ。俺もこの学校の女子硬式野球部を野球がしたくても出来ない全国の女の子たちの希望の星にするからな。それを証明する為にもこのチームを必ず高校日本一にするからな・・・
因みにこの年、硬式野球部を持つ高校は、当初は全国に五校しかなかったものが、既に二十数校にまで増えていた。女子野球の裾野は確実に拡がっていた。
第一回のトライアウトは晩秋の二日ずつをかけて、スタジアム京都と埼玉ドームの二球場でそれぞれ行われ、百五十九名が参加した。
リーグの職員がテストの説明を行った。
「一日目の一次テストでは五十メートル走と遠投、それに、投手はピッチングを、打者は打撃と守備をテストされます」
一次テストの合格者は二日目の二次テストに進み、シートノックとシートバッティング及び紅白試合でふるいにかけられ、合否が判定される、ということだった。
テストに参加した由香は眼を見張った。わぁ~凄い、と思う選手が目白押しだったが、その中でも取り分け目立つ選手が二人居た。
一人はとても背が高かった。が、凡そその高い身長に似つかわしくない柔軟な身体でスピードとパワー溢れる打撃をしていたし、もう一人は華奢な身体つき乍ら鞭の如くしなやかでシャープなバッティングをしていた。
前者は小学三年生から地元のリトルリーグで野球を始めたが、中学生になって女子が野球をやれる環境が無く、止む無くソフトボールに転向していた。中学時代から五輪代表の強化合宿に招待されるほどの実力を発揮した彼女は、高校へ進学してからも大活躍をして実業団に入った。だが、ソフトボールが五輪競技から外されてしまったのを機に夢を無くして、失意のどん底に落ち込んでしまった。今回のトライアウトを知って又また野球への情熱が再燃したということだった。
後者も小学校時代から野球を始め、エースとして市の大会で優勝したりもしたが、中学校では野球が出来なくてソフトボールに転向した。だが、ソフトボールにそれほどの魅力を感じなかった彼女は高校ではテニスに再転向して主将としてチームを引っ張り、インターハイの団体でベスト四位に輝いたという経歴の持ち主だった。然し、その間もずうっと、男子野球部の練習を見る度に羨ましくて仕方が無かったとのことだった。
二人とも長らく野球から遠ざかっていたのに、あれ程の実力を蓄えていたなんて、きっと日本全国にはあの二人のように全く無名でも、底知れない実力を持った女子野球選手が星の数ほど居るに違いない・・・
由香はそう思って身と心を引き締めた。
トライアウトから三週間後に日本女子プロ野球機構から四十名の入団者が発表された。
球団は京都を本拠地にする「京都フロンティアズ」と埼玉に本拠を置く「埼玉ヒロインズ」の二球団だった。
それから凡そ一カ月を経た十二月中旬に、第一回ドラフト会議が京都のホテルで開催された。会議には四十名の選手が全員出席したうえで、本人たちの眼の前で二球団からの指名が行われた。
「京都フロンティアズ、内野手一巡目、河本奈津美、二十歳」
「ハイ」
「おう、やっぱりあの子が一位指名か」
関係者の席から納得の声が漏れた。
指名は順次進んで、愈々、投手の指名となった。
「埼玉ヒロインズ、投手一巡目、小宮由香、二十三歳」
「ハイ」
「京都フロンティアズ、投手一巡目、小宮由香、二十三歳」
「おう、重複じゃないか!」
会場がざわめいた。
「抽選箱の中にはチーム名を記したボールが入っています。選手自らが掴んだボールが所属チームとなります。小宮選手、ボールを掴んで下さい」
また会場がざわついた。
「ほう、面白いな、これ」
「見ている此方までがドキドキ、ワクワクしちゃうね」
由香は、これから自分の運命を自分の手で決めるのだ、どちらにしても最良の運命であればそれで良い、そう思って箱の中へ手を差し入れた。
掴んだ球団名は「京都フロンティアズ」だった。
此処から始まるんだ、この瞬間から私はプロ野球選手になったんだ!・・・
由香の胸に熱い万感の思いが込み上げて来た。
京都の社長応接室で女子プロ野球リーグの話を聞いたあの日のことが鮮明に蘇えった。
だが、あの日一緒だった大野コーチはこの場には居なかった。
彼は京都の高校に初めて誕生したばかりの女子硬式野球部の監督に招かれて赴任し、そのグラウンドに立っていた。
「監督、キャッチボール、終わりました。ノックをお願いします」
カキーン、
バシッ、
「よっしゃ」
「腰が高い、ボールを下から見るんだ!」
「はい!」
「もう一丁、同じボール行くぞ」
カキーン、
「もう一丁」
「ボールは正面で捕えろ!」
「はい!」
「グラブは下から上へ!」
「はい!」
大野徹はドラフト会議に臨んだ由香のことを考えていた。
お前が追い続けて来た幻のような夢は、今、現実のものとなったんだ。もうお前一人の夢ではないんだ。これからは全国の沢山の野球少女がお前の背中を追いかける。プロリーグを彼女たちの夢を支える場として恥ずかしくない舞台にしてくれよ。俺もこの学校の女子硬式野球部を野球がしたくても出来ない全国の女の子たちの希望の星にするからな。それを証明する為にもこのチームを必ず高校日本一にするからな・・・
因みにこの年、硬式野球部を持つ高校は、当初は全国に五校しかなかったものが、既に二十数校にまで増えていた。女子野球の裾野は確実に拡がっていた。
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