半欠けの二人連れ達

相良武有

文字の大きさ
上 下
50 / 65
第三章 野球の神様に祈る

第1話 由香は十歳の時に野球を始めた

しおりを挟む
 小さい頃から男の子以上に身体が大きく力も強かった小宮由香は、十歳になった時、少年野球のクラブチームに入って野球を始めた。それまで父親とよくドーム球場へプロ野球のナイターを見に行っていた彼女は、野球には強い親近感を持っていた。
 放課後、学校から帰った由香は近所の友達と遊ぶことはせず、まっしぐらにグランドへ駆けつけて野球の練習に汗を流した。練習後はビデオを見て打撃や投球のフォームをチェックするという毎日を過ごした。
「由香ちゃんって変わった子ね」
「そうね、女の子なのに野球に熱中するなんて、ねえ」
周りからは、変な子、と白い目で見られることもあったが、由香は全く気に掛けもせず頓着もしなかった。
 由香が最初にやらされたのはグラウンドの整備と、ベースやノックバットやボールなど共用品の後片付けだった。
 練習前後の挨拶は特に大きな声を出すことを求められた。
「宜しくお願いします!」
「有難うございました!」
 グラウンドではいつも駆け足だった。だらだら歩いていると大声で叱責された。
「こらっ!小宮!駆け足で走れ!」
 先ずは上手くなければ話にならない、子供心にそう思った由香はとことん野球の練習に打ち込んだ。そして、六年生になった時、気が付けば、女の子でありながらチームの中心選手になっていた。
 
 だが、中学に上がる頃になって、由香は男子との体力差に気付かされることになった。
技術で勝って居た相手に体力で追い抜かれることに直面したのである。先ず、ランニングで勝てなくなった。それから、遠投でも及ばなくなったし、打球の飛距離でも敵わなくなった。握力や筋力などの基礎体力で既に差がついているのが明白だった。由香は一日三キロのランニングと二百球の投球とを日課として自分に課した。足腰の筋力を強化し肩を強くすることが狙いだった。ピッチング練習ではただ漫然と投げるのではなく、アウトロウやインハイなどのコースを丹念に狙って投球したし、変化球は一顧だにせず、直球の威力を上げそのコントロールの精度を高めることだけに集中した。だが、男子との体力差は由香の努力で容易く補えるものではなかった。
由香は歯ぎしりした。
「何故なのよ、不公平じゃないのよ!」
彼女は悩んだ。 
女子だけでやるソフトボールに変わろうか・・・でも、ソフトボールと野球じゃ全然違うしなぁ・・・
由香は未だ中学生になる前から苦悩し始めた。
 
 由香は高校に進学した時にソフトボールに転向した。
希望した高校の野球部から、女だから、と言う理由だけで門前払いを食わされ、それを契機に思い切ってソフトボールへ転身した。ソフトボール部の監督から入部を強く働きかけられたことも大きな要因だった。
「君の野球のレベルは相当に高いと僕は思っている。是非、うちのソフトボール部でその力量を存分に発揮してくれないか」
 入部直後から頭角を現した由香は、中心選手として国体に出場するなどソフトボールの世界でも活躍し始めた。ソフトボールの投法は下手投げだったので、野球のオーバースローしか知らなかった由香は、打撃のセンスを買われて一塁手として活躍した。
「地元の高校に凄い選手が居るよ!」
 
 高校三年間での活躍が認知されて大学にスカウトされた由香は短期大学部に入ってソフトボールを続けた。此処でも直ぐにレギュラーとして定着し、その年の大学ソフトボール選手権で三位に入賞する大きな原動力となった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

大人への門

相良武有
現代文学
 思春期から大人へと向かう青春の一時期、それは驟雨の如くに激しく、強く、そして、短い。 が、男であれ女であれ、人はその時期に大人への確たる何かを、成熟した人生を送るのに無くてはならないものを掴む為に、喪失をも含めて、獲ち得るのである。人は人生の新しい局面を切り拓いて行くチャレンジャブルな大人への階段を、時には激しく、時には沈静して、昇降する。それは、驟雨の如く、強烈で、然も短く、将に人生の時の瞬なのである。  

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【新作】読切超短編集 1分で読める!!!

Grisly
現代文学
⭐︎登録お願いします。 1分で読める!読切超短編小説 新作短編小説は全てこちらに投稿。 ⭐︎登録忘れずに!コメントお待ちしております。

ルビコンを渡る

相良武有
現代文学
 人生の重大な「決断」をテーマにした作品集。 人生には後戻りの出来ない覚悟や行動が在る。独立、転身、転生、再生、再出発などなど、それは将に人生の時の瞬なのである。  ルビコン川は古代ローマ時代にガリアとイタリアの境に在った川で、カエサルが法を犯してこの川を渡り、ローマに進軍した故事に由来している。

我ら同級生たち

相良武有
現代文学
 この物語は高校の同級生である男女五人が、卒業後に様々な形で挫折に直面し、挫折を乗り越えたり、挫折に押し潰されたりする姿を描いた青春群像小説である。   人間は生きている時間の長短ではなく、何を思い何をしたか、が重要なのである。如何に納得した充実感を持ち乍ら生きるかが重要なのである。自分の信じるものに向かって闘い続けることが生きるということである・・・

人生の時の瞬

相良武有
現代文学
 人生における危機の瞬間や愛とその不在、都会の孤独や忍び寄る過去の重みなど、人生の時の瞬を鮮やかに描いた孤独と喪失に彩られた物語。  この物語には、細やかなドラマを生きている人間、歴史と切り離されて生きている人々、現在においても尚その過去を生きている人たち等が居る。彼等は皆、優しさと畏怖の感覚を持った郷愁の捉われ人なのである。

バーチャル女子高生

廣瀬純一
大衆娯楽
バーチャルの世界で女子高生になるサラリーマンの話

処理中です...