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第六章 三十路の婚活相談
第1話 一人の男性が結婚相談所にやって来た
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結婚や家庭や家族が話題になると、三十代、四十代、五十代の独身男性はよくこう口にする。
「結婚?興味無いですよ。自分の周りで、結婚して幸せ、って言っている夫婦は居ませんから」
今の時代、コンビニでお一人様用の食事が二十四時間いつでも調達出来るし、家事労働の負担を軽減出来る家電も充実している。
更に、非正規雇用者が増え、又、正規雇用者であったとしても終身雇用や年功序列が成立しなくなって来ている今の社会では、家族と言う運命共同体を作るよりも一人で生きて行く方が気楽だと考える風潮が強くなっている。一昔前の「結婚して家庭を持ってこそ一人前」という社会風潮は既に無くなり、個人が自らの人生を自由に選択出来る時代になっている。
加えて、成熟した社会ほど個人の価値観や人権を大事にする。会社で上司が部下の男性に対して「君もそろそろ所帯を持ったらどうだ」と言えばパワハラになり、女性に「結婚しないのか?」と聞けばセクハラになる。「結婚しなくてもよい時代」になっているのは確かである。
然し、そんな時代にも「結婚したい」と思って結婚相談所に登録し、真剣に婚活している男女が居るのもまた事実である。
早春と言うには未だ肌寒い三月上旬の日曜日に、一人の男性が幸結婚相談所の受付カウンターにやって来た。四人居る婚活相談員の一人である芦川聡美が自席から立ち上がって笑顔で応対した。
「いらっしゃいませ」
「十一時から予約の榮倉宏一(えいくらこういち)と言いますが」
「はい、お待ち居しておりました。どうぞ此方へ」
案内されたのは受付室に隣接した相談用の小部屋だった。
直ぐにパソコン画面に、登録時に送信してあった宏一の経歴書や家族調書などのデータがアップされて面談が始まった。
「榮倉宏一さん・・・」
「はい」
「榮倉(えいくら)さんって珍しい名字ですね。そんなに数多くは無いんじゃないですか?」
「ええ、そうですね。先祖が鹿児島県の出身で鹿児島には少し在るんですが、その他には埼玉や大阪、東京にほんの僅か存在するようです。蔵が栄える、という意味が由来だと聞いています。子どもの頃から親父に、この名字を途絶えさせたらご先祖様に申し訳ない、お前が結婚したら男の子をつくって、この名字を受け継がせるんだぞ、そう言われて育ちました」
「なるほど、そうですか」
年齢は三四歳、職業はエンジニア、一八〇センチを超える長身、両サイドを短く刈り込んだヘアスタイルには清潔感があり、服の趣味も悪くない。少し硬い感じがしないでもないが、女性からは好感をもたれるタイプに見える。なのに何故、今まで結婚せずに、今頃になって婚活を始めたのだろうか?
聡美はその疑問を率直に宏一にぶつけて試た。
「最初に当相談所のシステムを簡単に説明させて頂きます。私どもでは、婚活パーティを開いて各自が自由に相手の方を選んで戴く、という方法は採っておりません。私どもの方でその人に似つかわしいと思われる方を三人ほど選ばせて頂いてオファーをお出しします。ご紹介した方がお気に召せばお会い頂いてご交際を始めて頂いて構いません。もし、今一つどうも・・・、ということでしたらお断り頂いて次の候補者を捜させて頂きます。それで宜しいでしょうか?」
「解かりました。宜しくお願い致します」
「それでは面談に入らせて頂きます。少々プライベートなことも突っ込んでお尋ねしますがご了承下さい。不都合なことがあればお答え頂かなくて構いません」
それから聡美は先ず、宏一の恋愛履歴について問い質した。
「初めて彼女が出来たのは大学二年生の時です。恋愛は、まあ遅咲きデビューですね」
「なるほど、それで、その人とは?」
「僕は大学を卒業してメーカーに就職。お互いに仕事を持つようになると、地味で固い技術屋の僕と華やかなアパレル業界の宣伝部に勤めた彼女とは次第に時間と気持のすれ違いが生じて来て、別れてしまいました」
「そうですか・・・」
「でも、それからも人並みに恋愛はして来たと思います」
宏一は友人や知人から誘われれば合コンや飲み会に出向いた。そこで知り合った女性と連絡先の交換をしては、二度三度と食事をしたりもした。しかし、そこから先へ真剣な交際に進展することは誰とも無かった。
その後、二七歳になるまでの三年間、真面目に付き合っていた二歳年下の女性が居たが、そろそろ結婚を言い出そうかと思った矢先に振られてしまった。
「別に好きな人が出来たの。ご免なさい、真実に・・・」
彼女はそう言って別れて行った。
「彼女の二五歳の誕生日にプロポーズしようとダイヤのネックレスまで買っていたので、あの時はかなりショックでした」
宏一は当時を思い出したのか、俯いて暫く言葉を切った。
「おかしな兆候はあったんです。振られる二ヶ月くらい前からドタキャンが続くようになっていたので。デートの約束をすると直前で、急な仕事が入った、とか、母の具合が悪いから今日は早めに帰宅しないといけない、とか・・・」
失恋による傷は大きく、しばらくは女性と交際する気持ちにはなれなかった、と言う。
「さらに、会社では中堅扱い。責任ある仕事を任されるようになって、日々猛烈に忙しくなりました。月曜から金曜まで毎晩十時近くにクタクタになって帰宅し、土曜日は一日死んだように眠る。日曜日は午前中ダラダラして、午後にぶらっと近所のホームセンターやショッピングモールに買物に行く。そんな生活に埋没して行ったんです」
「恋愛からどんどん遠のいて行ったのですね」
「そうですね」
宏一は就職してから会社の近くにマンションを借りてずうっと独り暮らしをしていたが、三〇歳の時に実家に戻った。これもまた、宏一を恋愛や結婚から遠ざける要因になった。
「結婚?興味無いですよ。自分の周りで、結婚して幸せ、って言っている夫婦は居ませんから」
今の時代、コンビニでお一人様用の食事が二十四時間いつでも調達出来るし、家事労働の負担を軽減出来る家電も充実している。
更に、非正規雇用者が増え、又、正規雇用者であったとしても終身雇用や年功序列が成立しなくなって来ている今の社会では、家族と言う運命共同体を作るよりも一人で生きて行く方が気楽だと考える風潮が強くなっている。一昔前の「結婚して家庭を持ってこそ一人前」という社会風潮は既に無くなり、個人が自らの人生を自由に選択出来る時代になっている。
加えて、成熟した社会ほど個人の価値観や人権を大事にする。会社で上司が部下の男性に対して「君もそろそろ所帯を持ったらどうだ」と言えばパワハラになり、女性に「結婚しないのか?」と聞けばセクハラになる。「結婚しなくてもよい時代」になっているのは確かである。
然し、そんな時代にも「結婚したい」と思って結婚相談所に登録し、真剣に婚活している男女が居るのもまた事実である。
早春と言うには未だ肌寒い三月上旬の日曜日に、一人の男性が幸結婚相談所の受付カウンターにやって来た。四人居る婚活相談員の一人である芦川聡美が自席から立ち上がって笑顔で応対した。
「いらっしゃいませ」
「十一時から予約の榮倉宏一(えいくらこういち)と言いますが」
「はい、お待ち居しておりました。どうぞ此方へ」
案内されたのは受付室に隣接した相談用の小部屋だった。
直ぐにパソコン画面に、登録時に送信してあった宏一の経歴書や家族調書などのデータがアップされて面談が始まった。
「榮倉宏一さん・・・」
「はい」
「榮倉(えいくら)さんって珍しい名字ですね。そんなに数多くは無いんじゃないですか?」
「ええ、そうですね。先祖が鹿児島県の出身で鹿児島には少し在るんですが、その他には埼玉や大阪、東京にほんの僅か存在するようです。蔵が栄える、という意味が由来だと聞いています。子どもの頃から親父に、この名字を途絶えさせたらご先祖様に申し訳ない、お前が結婚したら男の子をつくって、この名字を受け継がせるんだぞ、そう言われて育ちました」
「なるほど、そうですか」
年齢は三四歳、職業はエンジニア、一八〇センチを超える長身、両サイドを短く刈り込んだヘアスタイルには清潔感があり、服の趣味も悪くない。少し硬い感じがしないでもないが、女性からは好感をもたれるタイプに見える。なのに何故、今まで結婚せずに、今頃になって婚活を始めたのだろうか?
聡美はその疑問を率直に宏一にぶつけて試た。
「最初に当相談所のシステムを簡単に説明させて頂きます。私どもでは、婚活パーティを開いて各自が自由に相手の方を選んで戴く、という方法は採っておりません。私どもの方でその人に似つかわしいと思われる方を三人ほど選ばせて頂いてオファーをお出しします。ご紹介した方がお気に召せばお会い頂いてご交際を始めて頂いて構いません。もし、今一つどうも・・・、ということでしたらお断り頂いて次の候補者を捜させて頂きます。それで宜しいでしょうか?」
「解かりました。宜しくお願い致します」
「それでは面談に入らせて頂きます。少々プライベートなことも突っ込んでお尋ねしますがご了承下さい。不都合なことがあればお答え頂かなくて構いません」
それから聡美は先ず、宏一の恋愛履歴について問い質した。
「初めて彼女が出来たのは大学二年生の時です。恋愛は、まあ遅咲きデビューですね」
「なるほど、それで、その人とは?」
「僕は大学を卒業してメーカーに就職。お互いに仕事を持つようになると、地味で固い技術屋の僕と華やかなアパレル業界の宣伝部に勤めた彼女とは次第に時間と気持のすれ違いが生じて来て、別れてしまいました」
「そうですか・・・」
「でも、それからも人並みに恋愛はして来たと思います」
宏一は友人や知人から誘われれば合コンや飲み会に出向いた。そこで知り合った女性と連絡先の交換をしては、二度三度と食事をしたりもした。しかし、そこから先へ真剣な交際に進展することは誰とも無かった。
その後、二七歳になるまでの三年間、真面目に付き合っていた二歳年下の女性が居たが、そろそろ結婚を言い出そうかと思った矢先に振られてしまった。
「別に好きな人が出来たの。ご免なさい、真実に・・・」
彼女はそう言って別れて行った。
「彼女の二五歳の誕生日にプロポーズしようとダイヤのネックレスまで買っていたので、あの時はかなりショックでした」
宏一は当時を思い出したのか、俯いて暫く言葉を切った。
「おかしな兆候はあったんです。振られる二ヶ月くらい前からドタキャンが続くようになっていたので。デートの約束をすると直前で、急な仕事が入った、とか、母の具合が悪いから今日は早めに帰宅しないといけない、とか・・・」
失恋による傷は大きく、しばらくは女性と交際する気持ちにはなれなかった、と言う。
「さらに、会社では中堅扱い。責任ある仕事を任されるようになって、日々猛烈に忙しくなりました。月曜から金曜まで毎晩十時近くにクタクタになって帰宅し、土曜日は一日死んだように眠る。日曜日は午前中ダラダラして、午後にぶらっと近所のホームセンターやショッピングモールに買物に行く。そんな生活に埋没して行ったんです」
「恋愛からどんどん遠のいて行ったのですね」
「そうですね」
宏一は就職してから会社の近くにマンションを借りてずうっと独り暮らしをしていたが、三〇歳の時に実家に戻った。これもまた、宏一を恋愛や結婚から遠ざける要因になった。
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