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第十三話 二人が帰れる幸せな場所
③良彦はスマホを取り出して有希の番号をタップした
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良彦はスマホを取り出して、電話帳から有希の番号をタップした。
「もしもし・・・」
受話器に返って来たのは有希の屈託無い声だった。
「僕だよ」
「あっ、良彦さん」
彼女は、意識して、明るく弾んだ調子をたっぷりと声に籠めて応答した。
良彦の眼に、有希を家まで送った時にその門前から見上げた瓦屋根と奥の方に見通せた裏庭の菜園が、不意に、浮かんだ。
「どうして居るの?」
「ああ、まあまあだ、変わりは無いよ。其方はどうなんだ?」
彼女は言葉がメロディを奏でるように明るく生き生きと早口で話し出した。
「今年ね、庭にライラックと水仙とチューリップの種を蒔いたの。来年、花開くのがとっても楽しみなの」
彩り豊かに弾ける有希の言葉を聴く良彦の頭に、彼女が嘗て良彦の部屋の花瓶に活けてくれた水仙の花が思い浮かんだ。
「先日の茨城沖地震でこの辺りにも被害が出たの」
「それで、君ン家は大丈夫だったのか?」
「ええ、我が家は何とも無かったから、ご心配無く」
「そうか、なら、一安心だな」
「今、村上春樹を読んでいるの」
話が飛んで、彼女の声は興奮気味になった。
招かれた友人の誕生パーティについて驚くほど細部に亘って詳しい描写をしたし、少し暑くなって来て朝のジョギングが大変になって来た、と話した。
「あのね、同じ小説を十年間も書き続けている作家が居るんだって」
「へえ~」
「我が家へ出入りしている大工さんは禅に凝っているのよ」
「禅に?」
「ええ。それから、先日、足の裏が痛くなって病院へ行ったら、診察してくれた整形外科の先生は五回も結婚と離婚を繰り返しているそうなの」
「五回って言うのは、また、凄いね」
明るく話す有希は、待って居ました、と言わんばかりに饒舌だった。良彦にも彼女の思いは十分に伝わって来た。何もかもを暖かく包んでやりたい、と彼は思った。
その時、有希の声の調子が変わり、急に、しゅんと花が萎んだようになった。
「あなたが居なくなって、毎日の仕事が退屈でつまらなくなったわ」
少しの間、沈黙が流れて、二人の間に横たわる距離の大きさが良彦の胸に拡がった。
「あなたが居なくて寂しい・・・」
有希が言った。
「僕も、君が恋しいよ」
「いつも、このことを考えるの」
有希の声は悲しみを帯び、メランコリックな調子になった。
「それで、この頃、思うんだけど、わたし、間違ったのかしら、って・・・わたしがあなたに寄り添って、あなたの元に引っ越して、結婚したら・・・」
会話が途切れた。
「わたし、もう滅茶苦茶に淋しくなることがあるの」
「・・・・・」
「やっぱり、あなたが恋しい」
良彦も有希に伝えたいことは山ほどあった。
「東京の映像が映るテレビを観る度に、東京を唄った歌を聴く度に、東京のことを書いた本を開く度に、君の姿が見えて来るんだ」
「あなた・・・」
「二人で行った上野の美術館、赤坂のレストランのあのテーブル、渋谷の街のあの一角、代々木公園の花壇、そして、新宿の夜の大半を未だに僕は君と共有しているよ」
「あなた・・・」
「ティー・ルームでチョコレート・パフェを注文する女性を見かけると、或は、喫茶店で女性の顧客と逢ったりする時には、君を想い出しているし、雷鳴が轟き夕立が降ると、やっぱり君に想い焦がれている」
「わたしの胸にも、あなたと歩いた東京の街の風景が鮮やかにくっきりと刻み込まれているわ」
「もしもし・・・」
受話器に返って来たのは有希の屈託無い声だった。
「僕だよ」
「あっ、良彦さん」
彼女は、意識して、明るく弾んだ調子をたっぷりと声に籠めて応答した。
良彦の眼に、有希を家まで送った時にその門前から見上げた瓦屋根と奥の方に見通せた裏庭の菜園が、不意に、浮かんだ。
「どうして居るの?」
「ああ、まあまあだ、変わりは無いよ。其方はどうなんだ?」
彼女は言葉がメロディを奏でるように明るく生き生きと早口で話し出した。
「今年ね、庭にライラックと水仙とチューリップの種を蒔いたの。来年、花開くのがとっても楽しみなの」
彩り豊かに弾ける有希の言葉を聴く良彦の頭に、彼女が嘗て良彦の部屋の花瓶に活けてくれた水仙の花が思い浮かんだ。
「先日の茨城沖地震でこの辺りにも被害が出たの」
「それで、君ン家は大丈夫だったのか?」
「ええ、我が家は何とも無かったから、ご心配無く」
「そうか、なら、一安心だな」
「今、村上春樹を読んでいるの」
話が飛んで、彼女の声は興奮気味になった。
招かれた友人の誕生パーティについて驚くほど細部に亘って詳しい描写をしたし、少し暑くなって来て朝のジョギングが大変になって来た、と話した。
「あのね、同じ小説を十年間も書き続けている作家が居るんだって」
「へえ~」
「我が家へ出入りしている大工さんは禅に凝っているのよ」
「禅に?」
「ええ。それから、先日、足の裏が痛くなって病院へ行ったら、診察してくれた整形外科の先生は五回も結婚と離婚を繰り返しているそうなの」
「五回って言うのは、また、凄いね」
明るく話す有希は、待って居ました、と言わんばかりに饒舌だった。良彦にも彼女の思いは十分に伝わって来た。何もかもを暖かく包んでやりたい、と彼は思った。
その時、有希の声の調子が変わり、急に、しゅんと花が萎んだようになった。
「あなたが居なくなって、毎日の仕事が退屈でつまらなくなったわ」
少しの間、沈黙が流れて、二人の間に横たわる距離の大きさが良彦の胸に拡がった。
「あなたが居なくて寂しい・・・」
有希が言った。
「僕も、君が恋しいよ」
「いつも、このことを考えるの」
有希の声は悲しみを帯び、メランコリックな調子になった。
「それで、この頃、思うんだけど、わたし、間違ったのかしら、って・・・わたしがあなたに寄り添って、あなたの元に引っ越して、結婚したら・・・」
会話が途切れた。
「わたし、もう滅茶苦茶に淋しくなることがあるの」
「・・・・・」
「やっぱり、あなたが恋しい」
良彦も有希に伝えたいことは山ほどあった。
「東京の映像が映るテレビを観る度に、東京を唄った歌を聴く度に、東京のことを書いた本を開く度に、君の姿が見えて来るんだ」
「あなた・・・」
「二人で行った上野の美術館、赤坂のレストランのあのテーブル、渋谷の街のあの一角、代々木公園の花壇、そして、新宿の夜の大半を未だに僕は君と共有しているよ」
「あなた・・・」
「ティー・ルームでチョコレート・パフェを注文する女性を見かけると、或は、喫茶店で女性の顧客と逢ったりする時には、君を想い出しているし、雷鳴が轟き夕立が降ると、やっぱり君に想い焦がれている」
「わたしの胸にも、あなたと歩いた東京の街の風景が鮮やかにくっきりと刻み込まれているわ」
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