愛の讃歌

相良武有

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第九話 晩生の恋~夕晴れの青い空は遅い青春の色~

④上海に着いたその日から、紗由美は見るもの聞くものに仰天した

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 ツアーは先ず租界時代の歴史建築が並ぶ外灘から南京東路へ赴き、上海きっての繁華街でショピングを愉しむことになった。壮大な歴史建築の建ち並ぶ外灘の夜景は、魔都と呼ばれる隆盛を極めた租界時代の上海を彷彿とさせた。
流行に敏感なツアー客達は、旧フランス租界の面影が漂う街並みに高感度なショップが集まる新天地へ足を向けた。新天地はレンガ造りの建築が軒を並べる空間で、グルメやショッピングやショーが楽しめる人気の観光スポットだった。
 オールド上海を観てみたいと思った紗由美は、中国らしさを色濃く残すと言われる庶民的な雰囲気の豫園商城へ向かった。武田が一緒に付き合ってくれた。
市街は、何処へ行っても街路樹が綺麗だったが、道路を自転車が群がるように走り、その自転車を夥しい数の自動車がクラクションを鳴らして掻き分けながら走るのに紗由美は驚いた。道路に信号が少なく、有っても街路樹などで酷く見難くかったし、道の真中に老人が座り込んでタバコを吸って居たりしても交通巡査が咎めると言うことも無かった。
表通りから一歩奥へ足を踏み入れると、建物は皆古く厳めしかった。特に遥か昔のイギリス租界やフランス租界の名残のビルはそう見えた。中国人の住む市内の家も古色蒼然たるものだった。新しいのは郊外に出来たマンションや団地くらいのものである。
「どうです?少しは昔の記憶通りの処は有りますか?」
黄浦江の畔を散歩しながら武田が訊いてくれたが、紗由美は返事が出来なかった。折角、上海へ来たと言うのに、幼い頃の思い出は霧が架かったようにぼやけてしまっていた。
「確かに憶えていた筈のものが、無理に想い出そうとすると次々に消えてしまうような気がするわ」
魯迅公園を歩きながら紗由美は吐息をついた。
 魯迅公園は、中国近代文学の父である魯迅の墓と魯迅記念館が有る緑豊かな公園で、公園の南には魯迅が晩年を過ごした魯迅故居もあった。
「それで良いんじゃないですか。嘗て君が暮らしたことのある異国の土地を、再び訪れたというだけで十分じゃないですかね」
二十五年といえば四半世紀だと武田は紗由美を慰めてくれた。
「変わって当たり前ですよ。その間に急激に経済や軍備が拡大成長し、今や世界第二の大国になったんですから、中国は」
 長江の河口に開けた上海からちょっと足を延ばした杭州へ出て、紗由美は西湖をバスから眺めて、思わず声を挙げた。西湖は中国随一の景勝地で杭州はその畔に位置していた。
武田が教えてくれた。
「西湖は中国古代の美女・西施に喩えられ、古来より多くの詩人に詠まれて来た美しい湖なんです」
四季折々、朝な夕なに異なる佇まいを見せると言う。
上海では思い出せなかったものが、此処では鮮やかに二十五年前に駆け戻ることが出来た。白居易の名を取った白堤と、それに続く断橋の辺りは父や母や兄たちと旅行に来た時の儘だった。
「そう言えば、確かに舟に乗ってあの中の島のような処へ上陸したわ」
ツアーは紗由美の幼時の思い出通りに湖上を遊覧し、長々と続く堤やその向こうに見える山容を眺めて紗由美は満足した。
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