愛の讃歌

相良武有

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第九話 晩生の恋~夕晴れの青い空は遅い青春の色~

③「旅は道連れ、袖すり合うも他生の縁。どうか宜しく」

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 出発直前にアクシデントが起きた。
圭子が自宅マンションのベランダで転び、手摺りで胸を強打した。怪我そのものは大したことは無かったが、旅行はとても無理であった。
「ごめん!自分で誘っておきながらこんなことになってしまって、真実にご免なさい!」
「良いわよ、仕方ないじゃないの。そんなに気にしないで」
紗由美は一人でツアーに参加することになった。今から中止するのではキャンセル料が高くて勿体無かった。
 出発の日、紗由美は少し燥ぎ気味だった。初めての外国旅行で気分が昂っていた。
一向は十九人程で、夫婦が五組ほど加わって老若男女が入り混じっていた。
 ゲートを潜って搭乗口から機内へ入ると、隣の席に三十代半ばの男性が座った。長身で細身の童顔、前髪を少し垂らして相対的に若々しい感じがした。
飛行機が離陸し水平飛行に移って安全ベルトを外した頃に、その男性が紗由美に話し掛けて来た。
「旅は道連れ、袖すり合うも他生の縁。私、武田健一と言います。どうか宜しく」
そう言って胸ポケットから名刺を取り出して紗由美に手渡した。
「K大学文学部史学科 助教授 武田健一」
「大学の先生なんですか?」
「ええ、まあ、一応・・・」
学者というイメージにはちょっと遠いな、という印象を紗由美は受けた。
「此方こそ宜しくお願い致します」
大学の住所は京都市左京区だった。
「わたしも京都の北白川に住んでいるんです」
「そうなんですか、奇遇ですね、僕は下鴨に住まっています」
話の穂がその辺りからすんなりと解けた。
武田にも連れは居ないようだった。
「このご旅行はお一人で?」
ちょっと不躾な質問だったかな、と紗由美は思ったが、武田は悪びれずに答えを返して来た。
「実を言うと、二年前に妻が亡くなりまして・・・僕自身は別にしょんぼりしている心算はもう無いんですが、周りから見ると哀れな男寡に見えるのでしょうか、好きな中国へでも行って来いよ、って言われて、こうして・・・」
中国近代史が専攻で、中国訪問はプライベートでももう数回に及ぶと言う。
「西安郊外の、秦の始皇帝の兵馬陵を見学するのを楽しみにしているんですよ、今回は」
西安の東約三十キロの驪山の麓に、中国を統一した秦の始皇帝が築いた巨大な陵が有ると言う。
「地下には巨大な宮殿があると言われているんです」
世界遺産にも登録されているとのことだった。
「その始皇帝陵から一キロ余り東へ行った処の地下から発見された大量の兵士や馬などの俑坑が博物館として公開されているんです。整然と並ぶ俑の群は圧巻だと聞いています」
そんな話をする武田は気さくな人柄のようだった。
最初は硬くなって座っていた紗由美も、機内食が運ばれて来る頃には、自然に肩から力が抜けて寛いだ気分になっていた。
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