愛の讃歌

相良武有

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第三話 愛の覚悟~叶わなければ死ぬって言うまでの覚悟が大事なのね~

⑦聡と由美、大阪「お初天神」へ出かける

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 漸く鬱としい梅雨が明けて夏の陽光がカッと照り始めた七月中半過ぎの週末、聡と由美は会社の帰途に直ぐ近くに在る、良縁や縁結び、恋愛成就のパワースポットである「お初天神」へ連れ立って出かけた。丁度、七月の第三金曜日でお初天神夏祭りの宵宮の日だった。曽根崎警察署の前を通って「うめだ花月シアター」の辺りに来ると既に夥しい人の群だった。二人は「曽根崎お初天神通り」のアーケードを潜って「お初天神商店街」へ入って行った。うめだ花月への観客やお初神社への参拝客或は梅田界隈で働くビジネスマンやOLなどの食事処として昼夜賑わうスポットだけに数多くの飲食店が通りの左右に並んでいた。和食の店、洋食店、居酒屋、バー、焼肉店、ラーメン店、お好み焼・タコ焼き店、串カツ店、寿司屋、カジュアルダイニングにイタリア料理、餃子専門店に焼鳥屋、うどん・蕎麦屋に牛丼チェーン、その他に化粧品店、和菓子店、コンビニ、パチンコ、カラオケ、ゲームセンター、美容室、旅行代理店等々、その総数は百三十店にも及んでいた。
 二人は噎せ返る人の群に揉まれながら商店街の先に在るお初天神へと歩を進めた。遅々として進まない道行きの中で由美が聡に訊ねた。
「何で“お初天神“と言う名前が付いたのかしら?」
「正式には“露天神社”と言うんだが、江戸の元禄時代に恋仲のお初と徳兵衛が神社の境内で心中をしたんだ。実際に在った話だ。で、それを題材にして浄瑠璃作者の近松門左衛門が“曽根崎心中”という芝居を書いた。これが当時の大衆に大受けして、悲劇のヒロインであるお初の名が広く知れ渡り、神社もその名で呼ばれるようになった、と言うことだ」
「二人は何故、心中なんかしたの?」
「それはだ、な・・・」
聡が語った話の大筋はこうだった。
 醤油屋の手代徳兵衛と遊女のお初は恋し合う仲だったが、二人は生玉の社で久し振りに偶然に出会った。便りの無いことを責めるお初に、徳兵衛は逢えなかった間に自分の身に起こった大変な出来事を彼女に語った。
 徳兵衛は実の叔父の家で丁稚奉公をしていたが、誠実に良く働くことから叔父の信頼を得て、店主の姪と結婚させて店を持たせようと言う話が持ち上がった。徳兵衛は、お初が居るから、と断ったが、叔父は徳兵衛が知らない内に継母に結納まで済ませてしまった。固辞する徳兵衛に叔父は怒り、とうとう勘当を言い渡した。
「商売はもうさせない、大阪から出て行け!付け払いで買った被服の代金は七日以内に返せ!」
徳兵衛はやっとの思いで継母から結納金を取り返したが、途中、どうしても金が要るんだ、と言う友達の九平次に出逢って、三日限りの約束でその金を貸してしまった。
 期日が着て徳兵衛は九平次に返済を迫ったが、九平次は証文まで在るにも拘らず「借金など知らぬ」と言って、逆に徳兵衛を大衆の面前で詐欺師呼ばわりし、散々に殴りつけて面目を失わせた。兄弟と呼ぶほどに信じていた男の手酷い裏切りに、徳兵衛は、死んで身の証を立てるより他に潔白を証明し名誉を回復する手段は無い、と考えた。
 覚悟を決めて秘かにお初の元を訪れた徳兵衛を、お初は、他人に見つかっては大変、と縁の下に匿った。其処へ九平次が客としてやって来たが、お初に素っ気無く扱われ、散々徳兵衛の悪口を言って帰って行った。縁の下で怒りに拳を震わせつつ徳兵衛はお初に死ぬ覚悟を伝えた。真夜中、二人は手を取り合って露天神の森へ行き、互いを連理の松の木に縛って覚悟を確かめ合うと、徳兵衛は脇差でお初の喉を突き自らも首を切って命を絶った。
由美は感動に胸を震わせながら聡の話を聞いていた。
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