5分間の短編集

相良武有

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第20話 誠実な真の男

59 「チャンスが有れば、夫の就職をお世話願えないかと思って・・・」

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「まあ、いらっしゃい!」
由紀江はドアを全開にして友を中へ招じ入れ、応接室へ通した後、友の顔を懐かしく眺めた。が、今、四年振りに逢う麗子は以前とはかなり様子が違っていた。美貌の面影は痩せが目立って生気が無く、自信に満ちていた立ち居振る舞いも影を潜めて伏眼勝ちになっている。
あの華麗だった花が無残に萎れてしまっている・・・
由紀江は麗子の顔を正視出来ない思いに駆られた。
「彼は私が思っていたような人ではなかったの。娘の見る眼なんて危ういものなのね。イケメンだとか格好良いだとか、秀才っぽいとか話が上手いとか、そんな上辺だけしか見ていなかった。真実のところなんか何も見えていなかったのよね。父が私たちの結婚を猛烈に反対した訳がやっと解った気がしているの」
麗子はハンカチを取り出してそっと眼にあてた。
 麗子の夫、中条秀一は国立大学を卒業後、日本を代表する大手上場企業に勤めたが、給料や賞与の多いことをいいことに、夫婦二人で派手な生活を続けた挙句、世間知らずのぼんぼん育ちにつけこまれて加工業者と金銭トラブルを起し、一年前に失職してしまった。
出身大学やこれまでの履歴から見て、再就職の口は次々と有りはしたが、面接で悉く不採用となった。知識と能力は群を抜いていたが、人物としての器を否定されたようだった。
「実は今日、あなたにお願いがあってお邪魔したのだけど、聞いて貰えるかしら」
「ええ、私でお役に立つことであれば何なりと・・・」
「あなたのご主人は確か有名な大企業へお勤めだったわよね。それで、チャンスが有れば是非、彼の就職をお世話願えないかと思って・・・」
麗子は懇願するように再就職の世話を繰り返し依頼した。
それほど親しくも無かった自分の所まで、夫の再就職の依頼に訪れるくらいだから、よほど切羽詰っているのだわ、何とか力になってあげなければ・・・由紀江は心を痛めた。

 リビングでは、夫の佐藤隆史と友人の沢本耕治とが熱心に碁盤を前に対峙していた。
二人は大学の囲碁研究会で知り合って気持を通わせ、それ以来、卒業後もずっと親しい交際を続けていた。月に一、二度、休日にどちらかの家を訪問し合って何局か碁を打ち、その後は有り合わせの材料を見繕った肴で酒を酌み交わして、お互いの仕事のこと、会社のこと、人生のこと、将来の展望等々を、胸襟を開いて語り合う、そんな交際であった。
 由紀江は、沢本がこの前やって来た時に言っていた言葉を思い出して、麗子の依頼事を隆史に頼んでみようと考えた。
「何処かにゼネラルマネージャ候補になるような有能な人材は居ないだろうか?うちの会社はここ十数年で、M&Aを繰り返して急成長したものだから、開発者や技術者は大勢居るんだが、どうも皆、専門馬鹿みたいなところが有って経営のマネジメントが上手く行かない。知識と能力が有って、その上に、将来は経営管理の中枢を担えるような人材は居ないだろうか?」
確か沢本はそう言っていたと、由紀江は記憶している。
「由紀江、酒の用意を頼むよ」
隆史がダイニング・キッチンへ声をかけたのは、それから一時間余りが過ぎた頃だった。
彼女は予め準備をしておいたオードブルとウイスキーボトル、それにウォーターポットとグラスをワゴンに載せてリビングへ運んだ。
 夫とその親友はにこやかかに和やかに歓談していた。二人とも如何にも楽しそうであった。
二年前に結婚した夫・隆史は誠実で暖かい人柄であった。有名私大の卒業であれば頭脳明晰、知能レベルも高い筈であるのに、そんなことはこれっぽっちも感じさせない率直で泰然とした人物であった。結婚生活は極めて平穏であり、何の奇も無く衒いも無く、信頼し合った落ち着いた日々が続いている。
 更に一時間余りが経った時、又、夫の声がかかった。
「沢本が帰るって」
玄関へ見送りに出た由紀江に、沢本は何度も礼を言い、丁重に頭を下げて帰って行った。

 客を送り出した後、隆史は少し疲れた様子で、由紀江が出した番茶を旨そうに口に含みながら雑談を始めた。由紀江の労を労う気遣いがありありと見て取れた。
麗子の話をするなら今がチャンスだ・・・
「わたし一寸、お願いが有るのだけれど」
「先ほど来た、客のことか?」
「ええ。わたしの女子大時代の友達なんだけど、今、とっても困っているみたいなの」
由紀江は麗子のことを詳しく話した。
隆史は黙って聞いていたが、麗子が親の反対を押し切って中条秀一と結婚したという辺りに来ると、不快そうに眉を顰めて顔を由紀江から背けてしまった。
「そういう訳で、二人はこれから生まれ変わった心算で再出発しようとしているらしいんだけど、何処か良い就職口が有ったらと思って・・・」
「それで、俺に、その世話をしろと言うのか?」
隆史の口調は由紀江が吃驚するほど厳しかった。
「男が再就職するのに、妻に縁故を頼らせるなどとは男の風上にもおけない、情けないことだろう。誇りも矜持も無くしたというのか?本当に就職の世話を頼みたいのなら本人が自分で頼みに来るべきだろう。そんなこと簡単に引き受けるものではない!」
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